第二話「戦え、バリスタ戦線!」(はこまて/ダンデ)
秘密結社 路地裏珈琲
第二話「戦え、バリスタ戦線!」(はこまて/ダンデ)
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フリードの握った舵が勢いよく切られて、上空、夕焼けに染まった雲の隙間から、小型飛空挺青い鳥が姿を現した。
この国夕暮れは、焼けた鉄のような赤だ。石造りの街には、今日もミニチュアの兵隊が規則正しく巡回している。整然とした規律を重んじることを受け入れた民族が住む、時計の国と軍事の国は、こんなにもよく似た姿をしているのに、この街の人の血はなんだか生温く冷めている。甲板で風に背を預け、漆黒のケープを身に纏った影の群れが、物々しい眼下の要塞を睨みつけて、降下用パラグライダーの手綱を握り締めていた。
「こんなの相手に、たったこれだけの人数で挑むって、やっぱり私たちどうかしてるわ」
姐さんの台詞が、自信たっぷりの皮肉でないことは、曇った声色で十二分に伝わっていた。実際誰もがそう認識しているし、口にすることを良しとしない空気は一切ない。“根拠の無い過信は恐ろしい病で死にすら至る、だから身の程を知らない人間でない事を幸とし、身の丈を理想により近付ける必要がある。”これは、作戦を発表した際に、星干し、いや、スカーレット総帥が提言したひとつ目の訓示で、いつもの彼女らしく要約すれば“自分に厳しく、ストイックにがんばりましょうー!”くらいの言葉なのだろうが、全く持って紅いドレスは恐ろしい。これからしろとフリードを船に残し、戦場に身を投じる4人の士気を上げるには最適であったに違いない。
「......私たちが闘う敵と言うのは、一体誰だと思う?果たしてそれは、この国全てかしら」
「それは」
「敵というのは、確固たる己の意思を持ってこちらへ刃を突きつけてくる人間。ただ自らの平穏を願い生きるため、見えてもいない的に向かって銃を撃つこの国の民は、敵にすらならない。張りぼての要塞に騙されてはダメよ。言ったでしょう、私たちの敵はたった2人」
ミーティングルームで貼り出されたターゲットの写真、それはこの国のトップでも、政治家でも、軍の総帥でもない。大将の肩書を保持してきた、一人の男性だった。彼は長らくの間諜報部をうまく操って、人と人の対立を煽っては影から国を動かしてきたが、いよいよ武力行使でクーデターを起こそうとしている。独裁者になることを夢見た彼が、ついにそのタイミングを得たきっかけはなんだったのか?そう、それが路地裏珈琲の船だ。
「旅立つまでに少し時間があるわ、おさらいしておきましょう」
スカーレットはそう告げて、目蓋の下に会議の夜を思い描いた。
あの夜、超大作を携えて現れた星干しに、一体なんの情報を頼りにそんなものを作り上げることができたのかと、フリードが尋ねたところ、彼女から返ってきた答えは余りに手短だった。
「立ち聞きと、噂話」
「......は?」
「ダンデちゃんと銀ちゃんに、リンゴ売りに化けてもらったんです。軍服を見たら、さりげなく話を立ち聞きすること。そして、徹底的に町中の下世話なおばちゃん達から、出来るだけ下世話な話を集めて来るように頼んでまとめました。あと、紛れ込んでみんなで住民登録してきたので、国内IDで使えるネットのエゴサも」
そもそも、あの船の正体はまだよく分かっていない。ただ、どうやら掻き集めた情報を整理すると、通常運搬船が積めないような装備があちこちに搭載されており、そのラインナップだけを見れば、旧式飛空挺を代表する戦闘機と酷似しているようなのだ。外装を変えてまで姿を隠したあの船の事だ、きっと設計図は正体を悟られないためにわざわざ葬られていたのだろう。タナカはそれを知らず、隅まで手入れを行なっては独学で設計図など書き上げてしまった。それで、軍部の大将は気が付いた。勉強熱心なタナカごとあの船を奪えば、手駒は自分の部下のみでも、人知れず何十、何百もの部隊を手に入れたも同然だ。この国を乗っ取れると確信し、実行に移そうとする大将、ああ、なんて小賢しい男!それだけではない、敵は二人である。りんご売りとして文化財達が集めてきた街の噂話から、軍部の人間関係や力関係を割り出し、浮かび上がってきたもう一人こそが、諜報部のスパイである一人の女性......この一蓮の推理と小説を組み上げることができる人材として、読書と空想をこよなく愛する星干し以外に、誰も適役を思いつかなかった。
不意に風向きが変わって、一斉に黒ケープ達が風下を見遣った。大きく方向転換した船は、ついに、戦場となる市街地を捉えて、スカーレット総帥が立ち上がる。
「時間ね......ダンデ!」
「はいっ、スカーレット総帥!!」
それは、たんぽぽの綿毛のようによく風を受け、まるで平和を願う白い鳩の群れのようだった。総員の腕で、飛空挺から大きな紙飛行機が大量に投下されてゆく。開戦の合図ともいえる奇怪な風景に、撹乱作戦かと身構えた軍部が威嚇射撃で一斉に応え、飛空挺を追い払おうとするが、的が小さく小回りの効く旅客艇に当てられる程の者は、ほとんどが国民で結成されたその小隊には、どうやら居ないらしかった。
紙に刷られた、ダンデのレプリカ、妹であり彼女達。いってらっしゃいと、宙に指先で描いたハートにフリードが優しく吐息を吹き掛ければ、投げキスの魔法で1日のみの命を得た即席ダンデが、これから街中に振り注ぐ。そして烏を模した大きな翼を背に、四人はそのまま躊躇いもなく、甲板の縁に足をかけて、後を追うように飛び出すのだ。
「行くわよ、みんな生きて帰りましょう!」
遠ざかる黒い影へと、ちぎれるほどに手を振って見送るしろの目に、うっすらと涙が滲み、もう片手には、託されたあの作戦書が大事に大事に抱かれている。これから始まる短期決戦が、どうか、いつか、無事笑い話になりますように。そう心配そうに胸のうちで祈りながら、彼女は恐る恐る絶許ノートのページをめくって、これから実行される恐怖の作戦名を、目にしたのだった。
「奇襲作戦......増える、わかめの術......」
数秒の間が空いて、そっとノートを閉じる音がした。
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二話end
三話へ続く
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