第一話「時を駆ける珈琲屋」(エピローグ)
秘密結社 路地裏珈琲
第一話「時を駆ける珈琲屋」(エピローグ)
- 62
- 16
- 0
「蜜蜂ちゃん、そのおじさん、逃さずしっかり捕まえといてね。僕、ちょっとイイこと思いついちゃったから」
事が終わった直後、元に戻って早々にサトウの悪知恵が働いた。こそ泥を自分達が雇った腕利きの民間時計技師だと紹介すると言い出したのだ。そして、今回の事件に懲りて、職員の働かせ方には気をつけるように、と、彼を管理職補佐に推薦するという。こちらの仕事は丸く収まるし、大時計を修理した功績を称え、こそ泥は間違いなく正式な時計技師となり、新しい人生を歩きはじめる。何もかもがうまく噛み合って、円滑にハッピーエンドがやって来た。
それから数日、すっかり見違えた彼は、意気揚々と鬼灯にお礼を伝えにやってくるのだが......少しだけズルをして、未来の事をお話しするなら、店があったところはもぬけの殻となっていた。そして一緒にワッフルを食べたあのカウンターでは、彼の来店を予見した置き手紙が一枚、彼女の代わりに待っていた。厚手のクラフトガミでできたビンセンの裏には、秘密結社 路地裏珈琲の焼印と、手書きのメッセージ。
”次に会う時は、もっとゆっくり時計塔を案内してくださいね。”
はっきりした連絡先はないものの、便りを届けてくれるならば、路地裏につっ立った、四葉の彫られた青いポストへと、文末にはそう記してある。きっと、嘘なんかじゃないと、サイトウは手紙を大事に大事に、何度も読み返して、少しずつ目に涙を溜めてゆく。風の便りに、きっとそのメッセージは届くはずだ。
あの時もう少しだけ、足を止めておしゃべりに興じればよかったと悔やむ。あのワッフルだって、食べたいだけ食べて良いと言われたのに、なぜ一枚切りしか口にしなかったのか。何より、後1日早く訪れていたら、きっとこの口でありがとうと言えたのに。全ては、タイミングなのだ。一度逃したらそれっきり帰らない事は、身を以て知ったばかりだったのに...。
だけど、彼は今度こそ振り返らない。鬼灯の手紙をカバンへ仕舞い込み、ひとり静かな店内を見渡して、穏やかに目を閉じ、息を吸う。
「そうだなぁ、ちゃんと案内しなくっちゃいけないからな、次に会う時は、副所長くらいにはなってなけりゃあね」
吐き出した、優しい声色に同意するよう、また今朝も、6時がやってくる。いつかもう一度、彼女が未来の彼女にちゃんと成長した頃に、追いついて見せようじゃないか。
大時計は、今日も高らかに、“ごうん”と鳴って朝を告げた。
ーーーーーーーーーーーーーー
第一話”時をかける珈琲屋”完
Comment
No Comments Yet.