霊と現の小径
Zektbach
霊と現の小径
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暖かな冬着に身を包み大きな籠を背負い、世界樹の麓へと踏み入れた。すると、途端に木々がざわめき、ケタケタと笑い声がひびき出す。異様な状況にも全くその微笑を崩さずにウルは佇む。次第に笑い声はすぐ前まで迫っていた。
「なんだ、なんだ、なんだ?いつからお前等の眷属は人真似をするようになった?いつから四季はその神聖さを失ったと?疎かなるかな」
誰もいなかったはずの空間にいつの間にか、お互いの鼻が付かんばかりに顔を近づけた老人のような男が立っていた。白くシワシワの顔に何色ともつかない暗い色の、木の幹の様な髪を地面に付くまで伸ばしていた。
「アールキング…榛の王。悪いけれど君の問いに答える義理は無いよ。森の闇、不安の権化。君は僕らと同じ世界は見れない。闇にお帰り」
「受肉した精霊崩れの分際で!お前は世界の摂理から外されたのだ。」
「君の言う通りなら、君お得意の心の煤を闇に育てるその話術も僕に届いたかもね?残念だけれども、僕の受肉は主のご意志だ」
ウルはどんな氷よりも冷たい色の瞳でアールキングを見た。するとブルブルと震え、イショサンゲ、イショサンゲと唱えながら消え去った。
高台に向けて足を進めていると、今度は足元から声が聞こえる。見渡せば霜柱があちらこちら土からキラキラと顔を出していた。
「ウル様?そんなお姿で来られるとは。僕は世界樹の実りを求めた人が登ってきたのかと…」
霜柱でめくりあがった苔から顔を出した氷の妖精がキョトンとした顔でウルに声をかけた。
「間違ってはいないさ。指示はあったけれど、本当の目的は雪林檎を拝借しに来たからね」
嬉しそうに籠を見せて笑うウルを、複雑な表現で妖精は見詰めた。
「まるで現の成でございますウル様。実りを喜び求めるなんて…我等は実りを拾う側ではなく、世界の歩みを進め感謝と祈りを受ける側です」
「主と主方の目覚めと眠りの輪廻の歯車。もはや、主すらも、歯車なのかもしれないね。廻る僕等は…いや、僕は…この寒さの厳しさも、温かさを求め祈るあの呪詛の真の意味すらも…知らずに久遠を生きたかもと思うと…」
そう言いかけると、ウルは全く意味を解せないといった顔の妖精の為に、話を止めた。
「光り輝いて美しい大地だ。霜柱が溶ければ、豊かな苔が産すだろう。じゃあ僕はもう行くね」
優しく微笑んでウルは先を進んだ。
キリエの街が見渡せる高さまで来た。もう冬だというのに、そこはまだ色鮮やかな落ち葉が舞っていた。凛とした風が落ち葉を巻き上げると、鹿の大角を生やし、紅葉した葉のような色を湛える髪を垂らした秋の精霊が立っていた。
「君は相変わらず変わり者だ。我が主が臥所につく時にその姿で現れたら、一興だったろう」
呆れた顔の精霊に、ウルは笑って答えた。
「君は相変わらず面白いことを言うね。でも、これはハロウィンの仮装じゃないよ」
「…私で秋の眷属は最後になる。最後に冬を見てみたかった。そして、何より」
赤や黄色に色を変える髪がふわりと踊る。
「何より受肉の径を受けた冬の精霊と話してみたかったのだ…ウル。なぜ君が誰もやりたがらない現世の観察役なんかに…受ければ向こう500年は精霊に戻れない。中には情と業に心を蝕まれて精霊である事を放棄する者すらいる。人にも霊にもなれぬ身で何を想う?」
悟りに通ずる問答を求められてもウルは穏やかに微笑んでいた。
「いつから違ったのだろう?我等…そして、僕等は。世界を回す側、そこに生きる側なんて壁もない境。何故、観察役になるこの期間を受肉の『径』と呼ぶだろう?僕はどちらでもあり、どちらでもない。僕は見えない道…」
「……到底理解できそうにない」
首を傾げた精霊は秋の神の元へ帰っていった。
「…僕だって、分からないのさ…」
冬の主の定めに従って、雪虫を呼び寄せる咆哮を上げ、無事にキリエに雪をふらせた。けれど…以前の冬の精霊だった自分は招集を一時破ったあの雪虫をどう思っただろう…。泣きそうな顔で羽の耳飾りを受け取った彼女の手の温かさに、心が痛んだのは…情に心蝕まれたのか、小径を進む痛みなのか。
「…何故僕はあの時、彼女にありがとうと言ったのだろう…」
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梟からの伝達を無事達成しました。
「自問の心」
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