§夢幻ノ箱庭§ 第八話~七ノ国の大罪人・前編~
§幻想舞踏会§
§夢幻ノ箱庭§ 第八話~七ノ国の大罪人・前編~
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§夢幻ノ箱庭§
第八話~七ノ国の大罪人・前編~
祭典が終わった次の晩。
満天の星空には満月が光り輝いていた。
昨日行われた祭典の締め括りの後夜祭が嘘のように静まり返る国内のうち、青々とした芝生の敷地を歩く人影があった。
青ノ大学には生徒の宿舎がある。
消灯時間も過ぎたその宿舎では夜風が草を撫でる音のみが、子守唄の様に奏でられていた。
いくつもある小窓のうち、窓辺に置かれた花瓶に青い薔薇が活けられている一室があった。
その部屋には沢山の本と、手入れの行き届いた植物が所狭しと置かれている。
部屋角にあるシングルベッドでは、部屋主であるボブが寝息をたてていた。
部屋の床へと差し込む月明かりに人影が写り込む。
古い蝶番が小さく音をたてると、窓が開かれ風が部屋に舞い込んだ。
窓から物音を立てないように室内へ入り込む小柄な女性は、室内をまじまじと眺める。
「…ボブらしい部屋というか…なんというか…」
寝息を立てているボブへと視線を移す。
その視線は愛しみに満ち溢れた暖かな眼差しだった。
ゆっくりと傍へ行き、ベッドに腰掛ける。
暗い室内に柔らかい声だけが小さく聞こえる。
「こうなるなら…仕事ばかりしてないで、もっとあなたに会っておけば良かったですね。」
言葉と共に溜息が漏れる。
「…ごめんなさい…
…愛してます。
貴方も…この世界も…。」
ボブの顔を優しく撫で、そのまま身体を倒していく。
長い髪が邪魔にならないよう耳に駆けながら、優しくキスを落とした。
惜しむようにゆっくりと離れていく顔は、じんわりと赤らんでいる。
ふと窓辺の青い薔薇に気が付き、ゆっくりと立ち上がり花瓶へと近づく。
そこには、女性の頭部の装飾に使われている青い薔薇と同じ品種が、『24本』活けられていた。
「…可愛い事してるんだから。」
小さく笑いながら、花弁を傷つけないように優しく『9本』引き抜く。
「これ、もらっていきますね。」
そのまま窓から静かに出ていく。
薔薇を優しく手で包みながら、花形の台地へと歩いて行く。
「…これから見る夢はうつつか幻か。
ハコブネノニワへと参りましょう。
<未来>を信じて…。」
誰に聞かれる事も無いその声は、風の音で掻き消えて行った。
窓辺に残された『15本』の薔薇は夜の帳の如く、去り行く人影を隠さんとしているかのようだった。
~~~
真暗な空間でゆっくりと目を開けると、ボブはそれが自分の見ている夢なのだと感じた。
上も下も、どちらが前で後ろなのかもわからない虚無の空間。
視界の端で白い光を感じ取った。
ゆっくりと起き上がり光を感じた方向を見る。
そこには、長髪をなびかせ、青い薔薇と金の装飾品、そして自身の魔力を制御する水色に透き通った珠をあしらった髪飾りを付けた
何度も見た後ろ姿があった。
…未久さん?
声をかけようとした。
しかし声が出ない。
後ろ姿はだんだん遠くなっていくように感じた。
未久さんっ
何度試しても声が出ない。
白い光が怪しく揺れた。
見ると黒髪の色が毛先から少しずつ淡くなっていく。
そして硝子が砕けるかのような衝撃音が響いた。
白くなった髪に美しくあしらわれていた装飾品たちが砕け散った。
未久さん!!
尚も声が出ない。
手を伸ばし歩み寄ろうとする。
足がまるで鉛の様に重く動かせない。
砕け散った装飾品の破片が黒い空間にヒビを入れていく。
真暗だったはずの空間はいつの間にか白く光るヒビに覆われ、まるで割れた硝子の様に崩れていった。
待って!ダメだ!!
俺に気づいて!
崩れ去る空間の向こうで、僅かに見えた横顔は笑顔だった。
口元が微かに動くがボブの耳には何も届かない。
一滴の涙が落ちる音だけが、耳に響いた気がした。
~~~
「起きろボブッ!!」
さきが頭から水をかける。
「!?ゲホッ!?ゲホッ…おま…いきなり!」
水をかけられ鼻から水を見事に吸い込んだボブは咳き込みながら飛び起きる。
適当に掴んだタオルで顔を吹きながら眼鏡をかけつつ、怒りを抑えながら状況を把握する。
「さき…お前もっとまともな起こし方が…!
…って、お前達どうしたんだこんな朝から。」
眼鏡をかけて鮮明になった視界には
さきの他にもそうま、ハンペン、夢羽、翠がいた。
そうまがいつになく真面目な顔でボブへと声をかける。
「ボブ、落ち着いて聞いてくれる?」
「改まってどうしたんだ一体…」
「………。
姫様がいなくなった。」
「………は?」
寝起きで頭が回っていない訳ではなかった。
突然の台詞にボブの思考は完全に停止していた。
そうまは、ボブの様子を伺いつつ言葉を続ける。
「…今朝、黄ノ神官である朱さんが七色ノ華広場で倒れている所を巡回兵が発見した。
容体は現在確認中。
神官と保安組織が徴集されたが、白ノ神官である姫様の姿がどこにも見当たらないんだ。
そして全都市の隊士に今徴集がかかってる。広場へ全員即時に集まれと。」
「…な…。」
「頼むから質問はしてこないでね。僕も今わかってるのは今話した情報と…
………眠井ちゃんが容疑者候補として先に連れて行かれた事だけなんだ。」
そうまが胸ポケットを強く握りしめる。
冷静を必死に保とうとしている事だけは理解できた。
「…未久さん…!」
ボブは制服を乱暴に掴み、部屋から飛び出した。
「ちょっ…!ボブ!置いてかないでよ!?」
慌ててさきやそうま達も部屋を後にする。
花瓶に活けられた薔薇の本数が減っている事には誰も気づかなかった。
~~~
全速力で走り抜けるボブを後ろから全員が追いかける。
「ボブ先輩!落ち着いて下さい!」
「落ち着けるか!!」
運動の苦手な夢羽や翠はそうまの風によってアシストしてもらってはいたが、尚も距離は離れていくばかりだった。
息の上がった夢羽も涙目になりながら必死に走る。
(光姫様…!)
いつもだったらその場所に行けば必ず会えるのが、七色ノ宝石の元だった。
しかし今はこんなにも向かうのが苦しい。
空へと浮かぶ宝石に視線を向けて、夢羽は違和感を覚えた。
「…あれ?」
「どうしたの夢羽ちゃん?」
立ち止まった夢羽に気が付いたそうまが同じく足を止め声をかける。
夢羽は瞳にたまった涙をそでで拭いつつもう一度空を見上げた。
「先輩………。加護が…。」
「加護?」
夢羽につられてそうまも宝石の浮かぶ空を見上げる。
そして脳内にまたひとつ答えの出ない問題が現れた。
「加護が…消えた…?」
空に浮かんでいた筈の加護は、ひとつ残らず姿を消していた。
…つづく。
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