溶けない109号室
TaKU.K
溶けない109号室
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#今鍋公式 Color-less
溶けない109号室
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銀河を進む列車で出会った三人は“最果て”行きの快速に乗り換えていった。
ほんとうのさいわいとは一体なんだろう。彼らのいた座席を見やると黒宇宙の広がる車窓に薄らと迷子のような自分が映っていた。自分だから当然のはずなのに目が合ってため息が溢れてしまう。
トンネルへと入った列車は無機質なアナウンスを告げた。
「次は常冬、常冬です。寒くなりますので窓を開けているお客様は閉めてください──」
不思議なことにトンネルの向こうからは雪解けの──春の──匂いがした。
カシャン、自分の座席のすぐ側の窓を閉めた。仄暗いトンネルが映る窓、鏡のように後ろの車窓も映る。
──そこに誰かがいる。
いや、そんなはずはない。
だって今自分は独りなのだから。
緊張しながら振り向いたが、やはりそこには誰もいない。しかし再び窓の反射を見ると、確かに誰かがぼんやりと立っている。しかもいつの間にか一人から二人に増えて。
遭遇したことのないオカルティックな現象に心臓が早鐘を打っていたが、トンネルを抜けたことにより窓の反射は曖昧になった。そこは青霞のかかる静かな田舎、住宅街と寂れた商店街、色のない公園が身を寄せ合うように建ち並んでいる。山に囲まれるこの地は列車内でも少し肌寒く感じるだけあって春の芽吹きがまだ来ていない。
刹那、トンネルの黒が視界を塗りつぶす。
立ち尽くしていた二人は互いを抱きしめると手を繋いで座席へと腰を下ろした。やはり振り返っても姿はなく、座席も人の重さで沈まない。窓越しにしか確認できない事実は恐ろしいけれど、仲の良さそうな雰囲気から危害は感じられないのでこのまま様子を見ることにする。
「──あなた、顔色が悪いわ」
「ちょっと寒いだけだ、平気さ」
窓の端が白く曇ってきた。
トンネルを抜ける。山々の木々は枝と幹ばかりで皆頼りない。冷たい風が吹いているのか、山間の落ち葉が踊り、枝が細かく震える。雪解けは間もなくだがその様子では住民はさぞ寒かろうと街並みへ視線を降ろす。ふと、街と山の境い目の、古いアパートメントに何か──
トンネルが景色を喰らう。
二人も寒いのか、背の高い方が身を寄せて包むように抱きしめている。自分も何かで暖をとろう。ブランケットがどこかにないだろうか。車内を探そうと振り向いた。
二人のいるはずの座席、そこを中心に近くの窓がパキリパキリと凍りはじめている。気が付けば自分の息は白く、指は悴みはじめていた。
「ねぇ本当に大丈夫?」
「もちろん。きみは寒くない?」
「えぇ、私は平気」
「きみが寒くないならそれでいい」
トンネルを抜ける。
霜の走る窓や車内を満たす冷気、まさしく極寒。まさしく常冬だ。真白に染められた窓からは外は見えず、何も分からない。
目を瞑り、じっと寒さに耐える。
そういえばと、雪女の伝説を思い出す。
深く雪の降る日に狩人が色白の女に頼まれて籠へ女を背負って家まで連れてゆく。しかしそれは雪女で凍えて動けなくなった狩人を喰らうのが目的であった。……はずだった。
狩人は問う。「寒くないか」「籠の中で辛くないか」
狩人は声をかける。「もう少しの辛抱だ」
雪女は狩人の心の暖かさに溶かされ、消えてしまい、籠の中には真白の雪だけが残され──
パキン
大きな、硬い音が響く。
「ああ……!」
「わたしの、わたし、どうして」
もう一人の声は無い。
列車は止まる。どうやらここが常冬らしい。
狩人の心の暖かさよりも、雪女の寒さの方が強かった。それだけのこと。
だが、狩人は途中で分かっていたはずだ。このままでは凍りついてしまうと。どこにも辿り着けずに歩けなくなってしまうと。
列車の扉が開く。窓に貼り付いていた氷がペキペキと割れ落ちてゆく。溢れる涙のように、雪の花弁のように。
狩人はそれでも雪女を愛していたのだ。凍えても、辿り着けなくとも、彼女の側に居たかった。口付けて、抱きしめて、一秒でもながく笑いたかった。雪女は何も気が付けなかった。
それは罪か。不幸か。
列車の扉が閉まる。
閉まりきる直前、何かが舞い込んできた。
それは氷漬けの桜の花弁。
雪解けと春の匂いは雪女のものだったのだ。
車窓の霜が少しずつ溶けてゆく。
街並みにあったアパートメント、その後ろには氷漬けの大きな枝垂れ桜の木。
愛が溶けてしまわぬように、いつか彼と同じ温度になれるように、彼女は常冬で今日も春を待つ。
凍った花弁をそっとしまって、目を閉じる。
旅はまだ終わらない。
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🌳🌫
🌫街路灯に灯りが点く
グレイの空、溶けてゆく
外れの公園で冷めた瞳の君と出逢う
🌳降り積もる雪のように出逢いの刻は重なる
その瞳が熱を帯びた気がした
🌳🌫手と手を重ね合わせて、
🌫営みを交わして、
🌳口付けして、
🌳🌫何処か血の味がして
🌳🌫たとえば、
🌳(🌳)あの日に見た一幕が
幻ではなかったとして
🌳それが君を遠ざける理由にはならない
🌳(🌳)だから、僕は君を欺くよ
その瞳を曇らせはしないよ
🌳震え、止まれ、止まれ
🌳(🌳)罪を看過する僕にその資格
🌳などない
🌳穏やかなる朝食 🌫途絶えてゆく消息
🌳君の首に赫い跡、滲んでいた
🌫ささやかなる微笑みを、
🌳硝子のような声を、
🌫守る為に秤を傾けるよ
🌫(🌳)絡まり合う糸を強く引き合う
それは僕が選んだ運命
🌫解くことのできない硬く、脆い意図だ
🌫(🌳)だから世界よ、あと少しだけ
僕らのことを見逃してくれ
🌫なんて、愚かなのか
🌫(🌳)神の御許に還れはしないな
🌳(🌳)悴む手でなぞった紙に秘めた想い
🌳前触れなく開くドアに落ち尽きた秘事を
🌫手に取った君は僕を見てた
🌫(🌳)瞳は揺らいでいた
🌫凍えていく、爪先も
🌳冷めていく、血の管も
🌫些事なことだよ
🌳騙しきれず、🌫🌳ごめんね
🌫彼女は
🌫🌳(🌳)凍結した彼を前に
初めてその身を忌み嫌う
🌳(🌳)罪を知らぬ怪物への罰なのだろうか
🌳🌫(🌳)せめて最初で最期の贖罪は
彼に捧げようと彼女は
その身、共に氷に
🌫🌳(🌳)或るアパートメントの一つの部屋、
溶けない氷で閉ざされている
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歌唱:🌳黑生 檀・🌫泉 白霧
執筆:🌳黑生 檀
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