リ・ユーク
缶缶 & すりぃ
リ・ユーク
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🎡 泣いてる様にただちょっと笑顔の様な 🎠
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第13幕『まっしろ』
その日、ロミルダ・ライヘンバッハは薪を拾いに林へ踏み入り、雪の中に倒れている少女を見つけた。少女は人形のように美しい顔立ちをしていたが、降り積もる雪に同化するほど生気のない青白い表情だった。ロミルダは咄嗟に薪を取り落とし、我を忘れて少女に駆け寄った。
「大変! ねえ、あなた大丈夫!?」
「……うぅ」
何度か頬を叩いていると、少女は苦しそうに、けれど確かに声を上げた。ロミルダは息を撫で下ろすと、少女の体から雪をはらい落とし、その腕を持ち上げて背におぶる。
年頃の女の子とは思えぬほどに、細くて小さな体だった。
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凍えた手がぬるい湯につけられる感覚がして、突然痺れと痛みが襲った。じわりと広がる苦しさにゾディアックがゆっくり瞼を開くと、そこにはくすんだ金髪に深緑色の目をした十八ほどの娘がいた。娘は、ゾディアックの視線に気づくや否や、申し訳なさそうに眉をひそめて僅かに微笑んだ。
「目が覚めたのね。良かった。今、手の消毒をしているから、痛くても少し我慢してね」
少女の優しい声音と手つきは、何処となく兄に似ているような気がした。ゾディアックは安心しきったように頷くと、再び目を閉じた。
次に目を開けた時、ゾディアックは初めてその部屋を見た。こじんまりとした木製の家具が並ぶ室内は、組織の男たちと暮らした簡素な家や、両親と過ごしたボロボロの家とは違い、ひと目で分かるほど愛に溢れていた。
ゾディアックが寝かされている長いソファの傍には娘が座っており、その奥の深い椅子には娘と同じ髪色の老人が静かにこちらを見つめている。ゾディアックは、娘に支えられながら少しづつ体を起こすと、二人に向かって小さく頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとう」
「良いのよ。怪我が軽くてよかったわ。ねえ、おじいちゃん」
「……ああ」
老人は口下手なのか、深く頷いただけであとには何も言わなかったが、その優しそうな目つきは明らかにゾディアックを心配していた。娘は不器用な祖父とゾディアックとを交互に見て、取り仕切るのは自分だと言わんばかりに口を開く。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったわね。私はロミルダ。ロミルダ・ライヘンバッハ。向こうにいるのが曽祖父のグスタフよ。もし良ければ、あなたの名前も聞かせてくれない?」
「……ゾディアック・グランディア。お兄ちゃんからは、ゾーイって呼ばれてた」
ロミルダと名乗る娘の空気に誘われ、ゾディアックの口からは自然と言葉が零れた。しかし、お兄ちゃんと口にした瞬間、目が覚める前の凄惨な出来事が一瞬にしてフラッシュバックした。雪崩のように強く深い闇が、彼女の心を飲み込んだ。
突如口元を押さえ涙を流すゾディアックを、ロミルダは咄嗟に抱きしめた。この子に何があったのか、きっと聞いてはいけないのだろう。けれどせめて、その傷が癒えるまで傍にいてあげたい。ロミルダは、腕の中の小さな温もりを守ろうと誓ったのだった。
翌日から、ゾディアックはライヘンバッハ家に世話になることとなった。もう人を殺める必要は無くなり、代わりにやってきた仕事は、家の掃除と洗濯だった。両親と暮らしていたころ母親から少しばかり手解きを受けてはいたが、それでも最初のうちはロミルダを頼ってばかりだった。ゾディアックが一人で仕事をこなすことが出来るのようになったのは、雪が解け花の蕾が見え始めた春先のことであった。
「まあ、完璧ね。これで明日から全部任せられるわ」
「えへへ、ねえグスタフ、アタシすごい?」
「ああ。たったひと月で随分手際が良くなった」
長椅子に腰掛けるグスタフは、相も変わらず無口だったが、こうして問いかけるといつも嬉しそうに笑ってくれる。ゾディアックはその度に飛び上がらんばかりに喜んだ。
ロミルダは妹のように、グスタフはもう一人の孫娘のようにゾディアックを扱った。二人と暮らすうち、ゾディアックの傷ついた心は次第に癒え、幼い頃のような笑顔も戻ってきた。けれど、ロミルダたちがどんなにあたたかな腕を伸ばしても、兄の幻影だけは心の底に残り続けていた。
(お兄ちゃんはアタシを助けてくれたけど、でも本当に、アタシだけが幸せになってもいいのかな)
今頃、兄はどこにいるのだろう。もし死後の世界があるのなら、辛い思いも寂しい思いもしてないといいな。夜になるとゾディアックはきまってそんなことを考えた。考えながら目を閉じて、見る夢はいつも同じ。野山を駆け回って夢中で遊んだ、あのころの景色だ。
ライヘンバッハ家に来てから初めての夏がやってきた。夏になると、ロミルダは一ヶ月間、都にある両親の家に里帰りをするのだそうだ。
「おじいちゃん、ゾーイをよろしくね。ゾーイ、お土産買って帰ってくるから、楽しみにしててね」
ロミルダは笑顔で手を振ると、まるで小さな女の子のようにスキップをしながら森を駆けていった。彼女の姿が見えなくなると、ゾディアックはグスタフの隣に腰掛けて、以前から気になっていたことを聞いてみることにした。
「ねえグスタフ。どうしてグスタフとロミルダは、都の家族と暮らさないの? その、言いたくなかったら言わなくていいけど」
「……聞いてはいけないと思っていたのかね?」
「うん」
ゾディアックが少し気まずそうに返事をすると、グスタフは顔の皺を深めて微笑み、ゾディアックの頭を撫でた。
「お前は優しい子だね。けれど、遠慮しなくていいんだよ。……そうだな、俺がこの地で暮らしているのは、元々俺が自分に課した罰なんだ。家族の誰にも言っていないがね。ロミルダは、俺が一人でいるのを心配して、一緒に住もうと言ってくれた」
「……罰?」
慎ましやかに暮らすグスタフには似つかわない言葉だと思った。ゾディアックが恐る恐る聞き返すと、グスタフは切なそうに眉を寄せて、ゆっくりと立ち上がった。
「おいで。地下室を見せてあげよう」
グスタフに誘われるがまま、今まで足を踏み入れたことのなかった地下への階段を降りていく。埃っぽい空気が鼻をぬけ、ゾディアックは小さなくしゃみをした。慌てて袖で顔を拭い、顔を上げたその時、ゾディアックの視界いっぱいに幾つもの美しい設計図が飛び込んできた。
「わぁ……凄い」
一番最初に浮かんだのは、お兄ちゃんなら嬉々として飛びつくだろうな、という感想だった。設計図は人の手で書かれたものとは思えぬほどに緻密で、あの聡明な兄が気にいりそうな知識の全てが詰め込まれていた。
「これ、グスタフが書いたの!?」
羨望の眼差しでゾディアックはグスタフを見上げる。だが、彼はすぐに首を横に振った。
「いや、俺には、こんな才能はなかったよ。これは、俺の弟の遺作だ」
「……弟、死んじゃったの?」
「随分昔の話だ。あいつは天賦の才を持っていたが、その才能を犯罪に利用して、多くの人間を死へ導いたんだ。そして処刑された。ちょうど、今のロミルダと同じくらいの歳だったよ」
グスタフは、まるで歴史でも語るかのように淡々と弟の罪を暴いた。けれどその声音には、同時に彼自身の罪をも暴露しているかのような苦しさも含まれていた。黙ったまま目を逸らさないゾディアックを見て、グスタフも覚悟を決めたようだった。設計図を皺だらけの指でなぞりながら、彼は再び言葉を紡ぐ。
「だが、あいつが歪んでしまったのは、俺ともう一人の兄のせいなんだ。うちは代々機械工に秀でた家系でね。優れた技術者になることが誉とされていた。俺たちには、残念ながらあいつのような才能はなかった。だから嫉妬して虐げた。……全く酷い兄貴だ」
最後の言葉は、ゾディアックに向けでてはなく、自分自身に向かって発された言葉だった。
ゾディアックは、グスタフの中に兄の存在を見た。一度だけ喧嘩をした日に、兄がゾディアックに言った言葉。すっかり許したあとも忘れられずに、心の内側に焼き付いていた。けれど兄はあの時のことを後悔していた。だからゾディアックを助けてくれた。グスタフの話を、他人事の昔話とは思いたくなかった。
「グスタフは、素敵な人だね」
「そうだろうか。俺は謝ることすら出来なかった」
「……アタシもだよ。お兄ちゃんに何にも言えなかった」
ゾディアックは、グスタフの服の袖をぎゅっと掴むと、たどたどしく喋り始めた。自分には双子の兄がいたこと。兄は両親に愛されなかったこと。それを知っていたのに何も出来なかったこと。組織に売られたくさんの人を殺したこと。兄が自分を助けて死んだこと。
もし生きて逃げられたら、生涯誰にも言わないと決めていたこと全部、この人になら話せると思った。
グスタフは、しばらく呆気に取られたように荒唐無稽な物語を聞いていた。しかし、彼女の表情はとても嘘をついているようには見えなかった。グスタフは膝をついてゾディアックに目線を合わせると、初めて彼女が家に来た日ロミルダがそうしたように、大きな腕で少女を抱きしめた。
「……辛かったろう」
絞り出すような声には、涙の色が混じっていた。地下室の隅、二人の罪人は、いつまでもいつまでも声を上げて泣き続けた。
地下室での一件以降、ゾディアックとグスタフの仲は急速に縮まっていった。それは、里帰りから帰還したロミルダが嫉妬で頬を膨らませるほどで、歳は離れていても二人の間には確かな友情があった。
秋になると、ゾディアックはロミルダと家事をする傍らで、グスタフから文字を教えてもらうことにした。幾つかの基本文字以外はまるきり書けなかったゾディアックは、木々が赤く色づく頃には全ての文字を覚え、色づいた葉が落ちる頃には簡単な文章が書けるようになっていた。
「ゾーイは本当に覚えが早いわね」
「賢い子だな」
二人に褒められる度、ゾディアックの中にあたたかな気持ちが少しずつ注がれていった。文字を覚えるに連れて、その気持ちを幸せというのだと知った。思えば、ゾディアックの人生の中で、一番平穏で満ち足りた日々だったように思う。この暮らしがずっとずっと続けばいい。そんなことを思った。気づけば幼い頃の夢を見ることも随分減ったけれど、ゾディアックはもう寂しくなかった。苦しくなかった。心の闇は少しずつ晴れ間を見せるようになっていた。
この心から暗黒が消えて、まっしろな光で満ちたら、晴れやかな気持ちで兄に会いに行こう。立派な娘になったと言えば、兄は褒めてくれるだろうか。
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そしてまた冬が来た。兄が死んでからちょうど一年が経った日。ゾディアックがライヘンバッハ家の一員になってから一年が経った日。吹雪の到来とともに、ゾディアックは家から姿を消した。
彼女の部屋には木札が残されていて、その表面にはいびつな文字でこう記されていた。
『今までありがとう。アタシは二人のことが大好きです。本当は、ずっと一緒にいたいけど、アタシはちゃんと決めました。前向きな気持ちで、決めました。アタシは、お兄ちゃん会いにいきます。』
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無駄なんだろどうせ今夜
奪うんだろ感情全部
だからってあいつの声も
聞いてやりなよ
サヨナラだこの世の愛は
イツワリだあいつの声と
心中絶頂あいやいや
oh..
群がる様にいつだって
はびこる論理uh..baby
oh..
泣いてる様にただちょっと笑顔の様な
逃げて逃げて後ろの正面
誰だ?誰だ?知らない顔だ
逃げて逃げて後ろの正面
誰だ?誰だ? 想像しろよ
ほらDANDAN心削ってく
赤い果実を喰らっていた
死にてえな喜劇を演じて
肩に手をかけてさ
次はお前だ
はい、終了
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〖CAST〗
🪡ゾーイ(cv:海咲)
https://nana-music.com/users/579307
〖MOVIE〗
日向ひなの
https://nana-music.com/users/2284271
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〖BACK STAGE〗
‣‣第12幕『永久に沈みゆく』
https://nana-music.com/sounds/06af3f88
〖NEXT STAGE〗
‣‣第14幕『賢い兄と無邪気な妹、二人はいつでも......』
https://nana-music.com/sounds/06b0804a
#AMUSEMENT_AM #リユーク #すりぃ #缶缶
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