🎡 エラー吐いては脈を打つんだ 🎠
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第6幕『其の女、鋭利につき』後編
「おい、調子はどうだ」
「先生。今日は結構いい感じだよ」
祐奈が少年を担当するようになってから数週間が過ぎた。病室を訪れる度、少年は歯を見せて無邪気に笑ってくれる。冷酷で鉄のようだった祐奈の表情は、その時ばかりは不思議と緩むのだった。
「なんだ。まだ四年生の教科書なんて使ってるのか? お前はもう十二になるだろ」
「だって、俺病院たらい回しにされててロクに勉強してこなかったんだもん」
鉛筆を鼻と口の間に乗せて、少年は若干拗ねたように上唇を尖らせた。しかし、子ども相手だからといって祐奈の辛辣な物言いは止まらない。
「それなら、勉強が出来る時に人一倍やればいいだけの話だろう。ったく、何だこの粗末な解答用紙は。ほとんど白紙じゃないか。せめて答えを書け、答えを」
まあ、書いたところで正答率は絶望的だろうが、と付け加えると、少年は途端に背を震わせてくすくすと笑いだした。
「先生今日も辛辣でウケる。そんなに言うなら、馬鹿な俺でも分かるように教えてくれるー?」
「そんなの朝飯前だ」
祐奈は呆れたように目を細めると、白衣の胸ポケットからボールペンを取りだし、教科書の余白に問題の途中式を書いていく。淡々とした口から紡がれる理論は、少年でも容易く噛み砕くことが出来た。祐奈に導かれ、ものの数分でプリントを埋めることが出来た少年は、先程とは打って変わってキラキラとした年相応の視線で祐奈を見た。
「すげー! なんか、ちゃんと理解出来た! 分かりやすく説明してくれるなんて、先生意外と優しい?」
「そんなわけあるか。お前が理解出来ない言葉を使って後から質問責めにされるより、幼児でも理解できそうな言葉を用いた方が効率的だろ」
吐き捨てるように呟いて、祐奈は何事も無かったかのように病室を出ていく。その背中に敬愛の眼差しが注がれていたことは、彼女には知る由もなかった。
少年と共に過ごす日々が数ヶ月になった頃、ついに手術の日程が決まった。当然担当医は祐奈の予定であったのだが、その日彼女は急遽別の病院へ出張することになってしまった。少年よりも珍しい疾患を持つ患者が緊急搬送され、うちでは手に余るから優秀な人材を派遣して欲しいと要請されたのだ。
少年の手術は部下にも任せられるが、この仕事は私にしか出来ない。そう判断した祐奈は、二つ返事で病院を飛び立った。いつも通り、ただ目の前の仕事をこなすだけ。それだけのはずなのに。
『俺、口だけの人より先生の方がずっと良いや』
出会った頃の少年の言葉が脳裏に蘇り、何故だか後ろ髪を引かれる思いがした。
手術は難なく成功した。派遣先の医師や患者の家族たちはホッと安堵の息を吐き、揃って祐奈に頭を下げたが、彼女は彼らに向き合うこともなく一目散に病院を飛び出していた。今頃、ちょうど少年の手術も終わっているだろう。難病とはいえ、手術自体は特別難しいわけではない。きっとすぐにいつもの無邪気な声が聞けるはずだ。急ぎ足で帰る道すがら、祐奈は、自分が早く安心したがっていることに気がついた。
「たまには、褒めてやるか」
自然とそんな言葉が口から零れた。自分の発言ではないような気がして、何だか不思議な気分だった。
程なくして所属する病院へと戻った祐奈は、真っ先に部下の元へと向かった。今回手術を託したのは、数いる部下の中でも優秀な青年だ。何も心配はいらない。しかしそんな思いは、彼の表情が視界に入るとすぐに砕け散った。
そこからのことは、よく覚えていない。
酷い憎悪が身体中から溢れ出すような感覚がして、その衝動のまま、ただひたすらに彼を罵っていた。ナイフを突き刺すように鋭利な言葉を浴びせかけ、私なら救えていた、お前が殺した、お前が死ねばよかったと、何度も何度も、癇癪を起こした幼子のように。
やがて、仲裁に入った医者に押さえつけられて初めて、祐奈は現実を思い出した。あの少年はもう居ない。この手で救えていたはずの命は、もう居ない。
その事実は祐奈を恐ろしい怪物へと歪めてしまった。彼女の中に残ったのは、少年の手術に関わった全ての人間への憎しみだけだった。相も変わらず甘やかされた空間の中で、彼女は彼らの罪を弾圧するかのように、次々と追い詰めていった。
最初に限界を迎えたのは、少年を殺した張本人である部下だった。惨めにも錯乱し、病院の最上階から飛び降りて死んだ。当然の報いだと思った。
次に糸が切れたのは助手。その次は担当看護師。そうして一年が経つ頃には、当時の手術に携わった者たちは全て自殺で命を落としていた。惨状を知りえぬ遺族たちは、一体院内で何が起きているのかと病院へ訴えかけたが、祐奈という人材を失うのを恐れた院長たちは、彼女の圧力を隠蔽し、目を逸らし続けた。
そうして祐奈は復讐を果たした。いや、もはや復讐とも呼べぬ独りよがりの暴走か。ともかく、憎悪が矛を向けた全ての人間を排除したことで、ようやく祐奈は心の整理をつけることが出来た。少年の墓に、彼の好きだった菓子を供えた帰り道、祐奈の視界には清々しいほどの青空が広がっていた。彼女は無意識に天へと手を伸ばし、そして──
背に感じた熱い衝撃の後、ゆっくりと地面に倒れ伏した。
『昨日午後四時頃、██市の住宅街で、女性が背後から刺され死亡しているのが発見されました。亡くなった女性は██市に住む菱川祐奈さんと判明しました。警察は、殺人事件の可能性が高いとして調査を進めています』
『通り魔でしょうか。恐ろしいですね』
『何とも痛ましい事件ですね』
ニュースキャスターは、眉を寄せて悲哀の表情を作った後、瞬時に目を細めてカメラに向かって微笑んだ。
『続いてのニュースです。『███████████』のキャッチフレーズでお馴染みの元ご当地アイドル『██████████』が、昨日メジャーデビューすることを発表しました』
スタジオの流れは、あっという間に華やかな雰囲気へと変わる。彼女の死の裏に秘められた地獄など、彼らにはお構い無しなのであった。
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〖LYRIC〗
寸分の狂いだってない
正確に記録されたジグザグに
それ以上意味はないはずだもの
故にどんな顔して笑おうと
カルテに書かれないことは
信じるに値しないんだ
それが全て
心音を吐いている
心音を吐いている
それだけ
曖昧なものだ 見えないものだ
最適な治療法などどこにもない
ねえ
感情の判断はどうしたらいい?
心境の分別はどうしたらいい?
証明しようもない不明瞭が
エラー吐いては脈を打つんだ
安寧も安楽もどうだっていい
後悔の人生だとしたっていいからさ
この目が潤む病の理由は何なの?
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〖CAST〗
🪗ユナ(cv:nagi)
https://nana-music.com/users/2014957
〖MOVIE〗
日向ひなの
https://nana-music.com/users/2284271
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〖BACK STAGE〗
‣‣第5幕『其の女、鋭利につき』前編
https://nana-music.com/sounds/06a9ced7
〖NEXT STAGE〗
‣‣第7幕『廻り始めた歯車』
https://nana-music.com/sounds/06abec43
#AMUSEMENT_AM #心という名の不可解 #Ado
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