🎡 されどあなたは身を焦がすだけさ 🎠
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第1幕『少年は曇天に願う』前編
ずっとあの日の光景を夢見ていた。陰鬱な空が突如として晴れ渡り、地獄街の全てに等しく光が降り注いだあの日を。
忘れたことなどなかった。それからずっと、光が欲しかった。けれど、幾ら空に向かって手を伸ばしても、天が微笑んでくれることは二度となかった。
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「おい、起きろクズ野郎! 始業時間とっくに過ぎてるぞ!」
「ひゃあっ!? ……な、なんだぁ、ユナさんかぁ。びっくりしたよぉ」
跳ねる髪の毛を撫でつけながら、ファニイがヘラヘラ笑っていると、容赦のない拳骨が彼の頭に直撃した。目の前が一瞬白黒になって、次いで一秒ごとに倍になる痛みがじわじわと脳に浸透する。ファニイは唇を噛み締めながら頭を抑えると、ベッドに蹲るような形で悶絶した。
「痛いぃ……」
制裁を加えた赤毛の女──ユナは、うだうだと苦しむファニイをゴミを見るような目で一瞥し、舌打ちの後不満を込めた息を吐き出した。
「五分で出てこい。出来なければ殺す」
「もう死んでるよぉ……」
「煩い」
痛がりながらも屁理屈は忘れないファニイの態度に、ユナは鮮やかな蛍光色の双眸を燃やし、再び彼を殴ったのだった。
時は2283年。世界の最下層に隠された街、地獄街。それ即ち、罪人として生を終えた者が死後行き着く場所。彼等は悪魔との従属契約を結び、娯楽を提供することを義務付けられていた。
かく言うファニイも、そんな罪人の一人であった。数百年前に地獄に落ちてからというもの、彼は街のど真ん中にある遊園地で働いている。『テーマパークAM』と呼ばれるその場所は、地獄街の中心にあるが故毎日悪魔でごった返し、神様も真っ青な程に繁盛して…………いなかった。
「立地も良いし、楽しいアトラクションも沢山あるのに、なーんでお客さん来ないんだろう」
「それはおまえ、毎日同じようなものばかり見せられても、面白みがないじゃないか」
観覧車の受付カウンターで頬杖をつくファニイの横で、少年と青年の狭間にいるような罪人が呟いた。彼の口元は、喋っている間も笑みの形を保ったまま動かない。更には足元まですっかり隠れてしまう長いメイドドレスの装いときたものだから、その様相はどことなく浮世離れしていた。
「やっぱり、お手伝いさんもそう思う?」
「当然だろう」
ファニイと話しているこの罪人は、AMに所属する者ではない。先月突然ここに現れてから、毎日気持ちばかりの清掃をして帰ってゆく不思議な人だ。そして何故か彼は、ファニイがユナや他の従業員たちといる時にはけっして姿を見せなかった。こうしてファニイが一人きりになった時にだけ、まるで示し合わせたように現れるのだ。ファニイにはそれが特別に感じられ、彼に抱く感情は、得体の知れない不気味さよりも好奇心の方が勝っていた。
「じゃあお手伝いさんは、どうやったらAMにお客さんが来るようになると思う?」
いつもの雑談と同じ口調で何の気なしに尋ねてみると、彼は少し首を捻ったあと、口の端を引き上げたまま、首だけを傾けてファニイと目を合わせた。
「おまえ、サーカスに興味ある?」
気づけば罪人の手には一枚のチケットが握られていた。サーカスと言うと、やはりこの遊園地の隣にある劇場の事だろうか。サーカス団ISの功績は有名だし、実際ファニイの友人にもそこで働いている者がいた。もう暫く会っていない友人の顔が脳裏を掠め、ファニイの視線が少し下を向く。罪人は、その表情の変化を目敏く感知したようだった。
「興味、ないんじゃ仕方ないね」
「ううん、大好きだよ。久しぶりに行きたい。……でも、サーカスにいる時のリヴィやミラを見たら、モヤモヤでいっぱいになりそうなんだ」
舞台の上の彼らを目にしてしまった時の、内蔵をかき混ぜられるような不安感と嫉妬の記憶が蘇る。初めは楽しかった観劇も、いつしか劣等感の上映に成り代わっていた。自分には何も無いのに、友人たちばかり輝いているような気がしていた。
ファニイが素直にそう告げると、メイドドレスの罪人は僅かに目を丸くした。こんな脳天気にも嫉妬の感情があることに驚きでもしたのだろうか。罪人は数秒間その表情のまま固まっていたが、やがて風船が割れる瞬間の如く唐突に笑いだした。
「怠惰に染まってしまったのかと思っていたが、そうでもないようだね」
笑いを含んだ声で呟きながら、罪人はチケットを押し付けるようにファニイの右手に握らせた。
「その公演に奴らは居ないから安心してくれ。新人の演目なんだ」
「新人……?」
チケットの裏には、知らない名前が刻まれていた。口馴染みの良いその名を読んで、ファニイは幾度か瞬きをした。久しぶりにこの場所から抜け出してみようか。そんな衝動が、曇天の空の下で疼き始めていた。
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「憑き物が取れた」という表現ほど、劇場を後にしたファニイに相応しいものは無かった。先程まで彼の周りに漂っていたぼんやりと生温い空気は一掃され、代わりに清々しい表情を浮かべる別人のような彼だけがそこに残されていた。
「すっっっごかった!!」
言葉の爆弾をぶつけるような勢いで、ゲートをくぐるなりファニイは叫ぶ。たまたま目の前にいたユナが、とち狂った彼の言動を一瞥して面倒くさそうに顔を顰めた。
「今度は何だクズ」
「サーカス見てきたんだ! 新人の子がすっごく可愛くてぇ〜!僕たちもあんな風に、たくさんのお客さんに囲まれてみたいって思った! ねね、何かお仕事ある?」
矢継ぎ早な言葉と共に身を乗り出してくるファニイに、ユナは少しだけ驚いたように目を丸くした。今まで、この怠惰かつ他力本願な少年が、自ら仕事を欲したことがあっただろうか?
「サーカスね……あいつら胡散臭いからな。何かの罠か?」
ぐいぐいと顔を近づけてくるファニイを片手で押さえつつ、ユナは疑心暗鬼の表情でぶつぶつと呟く。と、そこでとある疑問が浮かんだ。
「チケット、相当な倍率だぞ? 一体何処から手に入れたんだ? まさかくすねてきたんじゃないだろうな」
「あぁ、それは……」
お手伝いさんに貰った、と言おうとして、ファニイは慌てて口を紡ぐ。自分一人の時にしか現れないメイド姿の彼は、もしかしたら、ユナ達に存在を知られたくないのかもしれないと思ったからだ。
「と、友達から貰ったんだ」
「友達? あー、うちを出禁になった奴らか」
ユナは途端に遠い目をして、唸るように喉を鳴らした。サーカスに所属するファニイの友人たちは、少し前──とは言っても数十年前の話だが──にAMを訪れた際、悪行の限りを尽くしたとかでこの場所を出入り禁止にされていた。事件当時、ファニイはその場に居なかったとはいえ、彼らを招待したのは紛れもなく自分自身である。バツの悪そうな顔でこくりと頷き、ファニイはさっさと話題を変えようと口を開きかけた。その時だった。
「ファニイ、ユナ。直ちにエントランスへ集まってください。後は貴方たちだけですから」
「ウォルター。そう言えばさっき放送がかかっていたな。こいつのデカい声でかき消されたが。すまない、今行く」
ファニイに湿った視線を送りつつ、ユナは声の主に向かって真面目なセリフを返す。彼女の先には、金色の輪のピアスが特徴的な長身の男性が立っていた。一つに括られた直毛の銀髪と切れ長の目元からは、穏やかで涼し気な雰囲気が漂っている。この男こそ、テーマパークAMの支配人、皆がウォルターと呼び慕う人物だ。
そんな彼からの呼び出しとあらば、例え横柄なユナであろうと素直に言うことを聞く始末。ファニイに至っては言わずもがなである。揃って彼の後を歩きながら、二人はこそこそと言葉を交わした。
「全員呼び出しなんて珍しいね。ウォルターさん、いつもは僕らのことなんて放っておいて昼間から飲みに行くような人なのに」
「仮にも上司に対してそんな言い方するなよ。でも、確かに滅多にない話だ」
ユナはそこで言葉を途切らせると、やや躊躇してから、吐き出すようにこう零した。
「何だか嫌な予感がする」
そして、その予感は見事に的中したのだった。
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〖LYRIC〗
🍭曖昧な快楽とバイバイ
散々な頭になって
🧵歪んだ妄想にバイバイ
マイマイ時3分で無い無い
🪡会いたいは有限じゃないない
単純な頭になって
✂️歪んだ暴走にハイハイ
マイマイ時3分で止まないや
🕸️ハート止まないや そんなはずないわ
🪗すったもんだ 何だ彼んだクラクラあららのせ
🎡ならば一生 灰に見かねた愚問だ
されど一生 夢に手を出す愚行だ
🎢アイロニカ唱えて
🎡パラッパッタリラッタッタッラリラ
パラッパッタッパッパッタ ハッピー
🎬されどあなたは身を焦がすだけさ
🎢ダークハッピー
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〖CAST〗
🎢ファニイ(cv:中条瑠乃)
https://nana-music.com/users/1791392
🎬ウォルター(cv:yuma*)
https://nana-music.com/users/2381215
🪗ユナ(cv:nagi)
https://nana-music.com/users/2014957
🪡ゾーイ(cv:海咲)
https://nana-music.com/users/579307
🧵ネヴァ(cv:ラムネ)
https://nana-music.com/users/7020177
🍭ミュー(cv:唄見つきの)
https://nana-music.com/users/1235847
✂️シェスタ(cv:桐生りな)
https://nana-music.com/users/6037062
🕸イリス(cv:RAKKO)
https://nana-music.com/users/5226056
〖ILLUSTRATOR〗
中条瑠乃
白水
https://nana-music.com/users/10113554
えりざ
https://nana-music.com/users/2137656
秋ひつじ
https://x.com/akhtj0801
〖MOVIE〗
日向ひなの
https://nana-music.com/users/2284271
〖INSTRUMENTAL〗
あるとご 様より許可を頂き使用いたしました。
ありがとうございました。
https://youtu.be/-vAGA2dhVmI
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〖NEXT STAGE〗
‣‣第2幕『少年は曇天に願う』後編
https://nana-music.com/sounds/06a7a425
#AMUSEMENT_AM #Kanaria #ダークハッピー
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