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Sooty House - Girl in the mirror -
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【 遠いところへ行けるように 】
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すべての答えは、すぐそばにありました。
アリス様はきっと、エリーを大事にするために、たくさんたくさん、考えてくれていて──もしかしたら、エリーが受け止めてくれるかどうかが、悩みの種になっているのかもしれません。
だったら──だったら、エリーから話さなくっちゃ!
エリーは、どんなことでも受け止めますから──ちゃんとお話ししましょう、って!
「アリス様! ただいま戻りまし」
た、と。
そのたった一文字は、部屋にいた人物の姿を視認すると同時に、喉の奥へ引っこんでしまいました。
エリーが開いた、その扉の先には。
いつものアリス様の部屋と──いつもとちがう、お客様。
動くのが大変そうな重たい裾のドレス、エリーと同じ色の髪、首が痛くなるぐらい見上げないと見えないその顔。
アリス様のお部屋には──エリザベスが来ていました。
「エリー……おかえりなさい。お邪魔しているわ」
「は、はい……」
エリーはつい、少し曖昧なお返事をしてしまいます。
それは、アリス様とエリザベスが二人きりで話しているという状況に苦い思い出があるから──ではなく。
なんだか──エリザベスが、いつもと違うように見えた気がしたんです。
エリーのなかのエリザベスは、とっても『おとな』っぽくて、やさしくて、高貴であれど高慢ではなくて、それでもシャドー家としての振る舞いが完璧で……まさに、理想の女性だったんですけど。
今、エリーに笑いかけているエリザベスは、なんだか──普通の女の子みたいでした。
エリー達と少ししか変わらない、普通の女の子。
「おかえりなさい、エリー。ちょうどよかったわ。あのね、アリスから話があるの」
「あ……アリス様から、ですか?」
意外なお言葉に、またまたびっくりです。
エリーは、たった今、
『アリス様が心配なさらなくっても、エリーはどんなお話だって受け止めますよ!』
と、アリス様に伝えるために、廊下を走ってきたのに。はしたなく走ってきたのに。
そんな心配の心配もなく──アリス様は、エリーに話してくださるようでした。こうもあっさりと。
「そうよ。……ねぇ、エリー。今までずっと黙っていたせいで、心配させてしまってごめんなさい──けど、やっと話せる。……聞いてくれるかしら?」
「……! はい、もちろん!」
アリス様の不安そうな声色を察したエリーは、すぐにアリス様の手を取り──そして、用意した台詞を読み上げます!
「アリス様が心配なさらなくっても、エリーはどんなお話だって受け止めますよ!」
◇◇◇
「え、えっと……?」
「だから──エリーには愛する家族が待っていて、エリザベスも、エリザベスと一体化した『エリー』も──二人につくられたアリスも、エリーがその家族の元へ帰ることを願っているのよ」
「ちょ、ちょっと待ってください……!」
アリス様の話は、とても受け止めきれるものではありませんでした。
ミラ様とミア様とマイアの話とは、わけがちがいます。お話が、シャドーハウスの中におさまっていません。
エリーは、生き人形ではない、此処に居てはいけない子。
そのことを事前に知っていたにもかかわらず、エリーの脳内は、ただ混乱の一色です。ぐちゃぐちゃの混色です。
生き人形とは、ある村から合意の上で連れてこられた人間の子どものことで。
だけどエリーは、たまたまその村に来ていただけの部外者だから、今も家族に探されているはずで。
それで、シャドーハウスでは『大人になる』とシャドーと生き人形が一体化し、生き人形が死んでしまう決まりで──実際に、エリザベスと『エリー』さんは、一体化していて。
それを防ぐべく、エリーを家族の元に帰す準備ができるまでの時間稼ぎに──偽物のシャドーであるアリス様を、つくった?
エリーは──どうでもいいだなんて、思われていませんでした。
むしろ、エリーはたくさんの愛に囲まれていました。
エリーは、とってもとっても愛されていたのです。愛されているのです。
理想を──夢を──未来を──希望を──光を。
エリーは、託されていました。
眩しくてあったかいたくさんの愛に、包まれていました。
けど──だからこそ。
その、莫大な愛は──壮大な愛は。
エリーには、上手く抱えきれなくて。
エリーの手には、おさまりきらなくて。
先ほどエリザベスからこの話を聞いたばかりだというアリス様は、どうしてこんなに冷静なのでしょう? 不思議で不思議でなりません。
「……エリー、アリスはね」
そんな軽いパニックに陥って目をぐるぐる回しているエリーに、アリス様は、やさしくやさしく、声をかけてくださいました。
先ほど真実を語ってくださったときと同じ、やさしいやさしい声。
「アリスは──エリーには、あなたを待つ家族のところへ戻ってほしいと思っているわ」
それが、アリスの望みよ──と。
アリス様は、言いました。
「……それ、って……」
声が震えます。
言葉にしたら、現実になってしまうような気がして。
それが、怖くて。
だけど──確認せずにはいられなくて。
「それって──エリーとはなればなれになってもいい……ってこと、ですか……?」
「……そういうことに、なるわね」
いじわるな言い方をしてしまったな、とエリーが反省したのは、アリス様の申し訳なさそうな声が聞こえてきてからでした。
けれど、そのお言葉は──言い淀んだようで、はっきりきっぱりしていて。
そこに、迷いはありませんでした。
「たとえ、エリーと一緒にいられなくなったとしても──アリスは、それで構わない。アリスを理由にエリーがシャドーハウスに残ったら、アリス達はいずれ『大人』になってしまう。その事実を知ってしまったことは、変えられない──昨日までの変わらない日常は、もう終わってしまったのよ。だからその日までは、変わらないようで決定的に変わってしまっている歪な日常を過ごすことになる。そうなったら、きっと──あなたの素敵な笑顔は、二度と見ることができないわ。それじゃあ……誰も、救われない。そんなの、あってはならないことよ。エリーは本物の人間で、アリスは偽物のシャドー。作られただけのアリスは、エリーを帰すまでのその場しのぎのための存在だと、最初から決まっていた。だから──いかないで、なんて我が侭は言わないわ」
「……アリス……あなた、ほんとうに……」
エリーがどうお答えするべきかと戸惑うまえにアリス様のお言葉に反応したのは、エリザベスでした。
その表情は──『顔』は、エリーが部屋に来たときよりも、ずっとずっと、ただの普通の女の子のようで──今にも泣き出しそうなほど痛々しいのに、とってもうれしそうでした。
エリザベスの言葉の語尾は消え入るようで、ただの呟きとして終わらせるつもりだったのかもしれません。
ですが、アリス様とエリーの視線を受けて、改めて口を開いてくれました。
「……あなたは、ほんとうに……エリーに似ているわね。……私の、エリーに」
エリザベスの、エリー。
とってもやさしくて意固地な、エリザベスの生き人形。
エリーの帰りを──わたしの帰りを、誰よりも願ってくれた人。
「私……あの部屋に忍びこんで、初めて貴方を見たとき──『顔』だってことと、同じ色の髪に、エリーを重ねてしまって。それで、つい、偽物のシャドーの元の姿のアリスに、『この子はエリーよ』なんて言っちゃったのよ。……アリスのエリーへの名付けは、それが影響しているのかもしれないのだけれど、」
「それはちがうわ」
悲しさと嬉しさを共存させた複雑な『顔』で語るエリザベスの言葉を、アリス様は強く否定しました。
「アリスがエリーに『エリー』と名づけたのは、あくまでもアリスの意思よ。アリスのエリーは、『アリス』の愛称の『エリー』なの。多少の影響はあるかもしれないけど……それでも、アリス自身が考えて決めた名前だわ」
「……ふふっ。そういうところも、ね」
アリス様の、少々手厳しいような、エリーへの愛が伝わってきてくすぐったい気持ちになるようなお言葉に、エリザベスは──よりいっそう、切なげに目を細めました。
「アリス──貴方はほんとうに、私のエリーに似ている。エリーなのは、エリーじゃなくって、アリスだったのね。その、強い意志を揺るがせない頑固さが、エリーそっくりなのよ」
「……そうかもしれないわね」
アリス様が、俯きます。
エリーは、今──『顔』として、どのような表情を浮かべるべきなのでしょう?
わかりません。
何を考え、どんな感情を胸に宿し、どこまで表出させているのか。
今だけは──皆目見当がつきませんでした。
「けどね、エリザベス──アリスは、あなたのエリーではないわ。決定的に、違うところがあるの────エリー」
「はっ、はい──あれ? エリーの……わ、わたしのこと、ですよね……?」
「ええ、そうよ。アリスのエリーは、あなただけだもの」
くすり、と、アリス様が笑ったのがわかって、少しホッとします。
アリス様は今、緊張がやわらいだように、エリーの緊張がやわらぐように、やさしく微笑んでくださっているはずです。
アリス様の『顔』が──表情が、感情が。
アリス様のことがわかって──ほんとうに、安心しました。
「アリスは──自分の願いで、あなたを縛ったりしない。
エリーの意志で、選んでほしいの」
アリスと過ごすか。元の場所へ帰るか。
それは、エリー自身に決めてほしい。
アリスはあくまで、アリスの考えを──願いを、告げておきたかっただけ。
選ぶのは──エリーだから。
アリス様は──エリーを真っ直ぐ見据えて、そう言いました。
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𝒍𝒚𝒓𝒊𝒄𝒔
🧸笑えない日々を辿ったって
💎変わらない今を呪ったって
🪞宙に舞った言葉じゃ
あなたを救えないのだろう
👑届かないままの景色と
温まることない痛みと
💎🧸肩を寄せ合って歩いていた
遠いところへ行けるように
👑あなたの言う”希望”だとか
夢に見た理想ならば
🪞どんなに冷たくたって
愛してみせるよ
🪞笑えない日々を辿ったって
変わらない今を呪ったって
🧸宙に舞った言葉じゃ
あなたを救えないのだろう
🪞不甲斐ない声で叫んだって
熱を持つ夜に変わっていく
💎この手が離れても
また歩いていけるように
🪞さよならは言わずに
どこかでまた会えるように
𝑪𝒂𝒔𝒕
💎アリス(cv.りる)
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🧸エリー(cv.おとの。)
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👑エリザベス(cv.nagi)
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𝑻𝒂𝒈
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