『飛翔、そして下降』
🎪CIRCUS of Infernal Stars🎭
『飛翔、そして下降』
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🎪如何にも神々しいね 🎭
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第11幕『飛翔、そして下降』
ゆったりと飛び続ける飛行機は、ミラの声をかき消さない程度に雑音を発しながら前に進んでいく。静かじゃなくて良かったと思いながら、スーはミラと操縦席の彼とを見比べた。
「ミラは、こいつの正体を知ってるのに、友達でいたいと思ったの?」
「だめ?」
「や、別に駄目じゃないけど」
二人が納得しているようなので口出しはしないが、自分がミラの立場ならリヴィアとは絶対に仲良く出来ないな、と肩を竦めた。
「リヴィのクッキー、レオと同じあじ。だからほんとはいいやつ」
「えへへぇ、血は争えないんだよねぇ」
ガチャガチャと手元のレバーを操作しながら、リヴィは口元だけをにやけさせて奇妙な笑いを作っている。手製のクッキーを美味しいと思ってしまったことは黙っておこう。
ひと息ついて、スーはゴーグル越しに街の景色を眺めることにした。眼下には地平線の向こうまで地獄街が続いており、スーが生前暮らしていた村はおろか、大学のあった街よりも都会的な風景が広がっている。しかしどことなく寂しく見えるのは、その建物のどれもがボロボロに傷んでいるからだろうか。いつ見ても曇天なこの空も、より侘びしさに拍車をかけているのかもしれない。
「生い立ちを聞くに、君たちは極悪人と言うよりは可哀想な人だし、この街も地獄と言うより、かつての栄光を失った都市みたいだ」
死後の世界は、スーが想像していたイメージとあまりにもかけ離れていて、彼は何処と無く所在無さげに背もたれに体を預けた。
「何だか、毎日拍子抜けしてる」
「人生そんなもんだよ。あ、もう死んでるか」
慣れた手つきで旋回しながら、リヴィアは可笑しそうに肩を揺らす。隣のミラもやけにゆらゆらと忙しなく、何だか楽しそうだ。
「この雲を突き抜けると青空が広がっててね、その先には天国街に通じる白い門があるんだ」
そう言うが早いか、リヴィアは一気に速度をあげて灰色の景色を駆け抜けた。あっという間に雲の上までやって来た彼らは、遠い空の先に、美しく光る真っ白な扉を見つけた。
「あれが天国街か。如何にも神々しいね」
「そうでしょ? 中が気になるけど、僕らは絶対に入れないんだぁ。一回こいつで扉をぶち破ろうとしたことはあったけどさ。ね、ミラ」
「うん。でもせきゅりてぃ強くてだめだった。でっかい弓でひこーきごと落とされて、体ばらばら」
墜落を表現しようと、ミラは一生懸命に手を振り降ろして滑稽なジェスチャーをしてみせる。スーが首を傾げてそれを眺めていると、操縦席のリヴィアが再び口を開いた。
「残機を無駄にするな!って、座長に雷落とされたっけ。天国街へ行くことが出来るのは、閻魔様と座長だけなんだ」
「座長?」
「サフィ」
「あぁ」
奇妙な笑みを貼り付けた少年のことを思い出し、スーは反射的に頷く。思い返せば、サーカスにやって来た日以来、彼とはまともに話していなかった。
「あの人、座長だったのか」
そう言えばそんなことを言っていた気もするし、言っていなかった気もする。この世界の中ですら浮世離れしている彼の、生前の姿など全くもって想像がつかない。今度会ったら聞いてみようか。そんな事を考えていると、まるでスーの思考を読み取ったかのように、リヴィアがにやりと口角を上げた。
「座長に聞くのは不可能だよ。僕も昔、何度か聞こうとしたことがあったけど、あの人全然口を割ろうとしない。いつも笑ってて、怒ってる時ですら笑ってて、めちゃくちゃ気味が悪いんだ」
良い人なんだけどねとつけ加え、リヴィアは手元のレバーを勢いよく引いた。途端に機体は下降をし始めて、陰鬱な地獄街が姿を現す。
「閻魔様なら知ってるのかな」
「んーん、覚えてないんだってさ。そもそも、閻魔様に自我が芽生えた時には、既に座長は傍にいたらしいよ」
「何それ。じゃあ、サフィさんはどうやってここに来たんだよ」
スーを含め、地獄街にいる罪人の体は皆閻魔様に造られたものだと聞いていた。その閻魔様が生まれた時、既にサフィが存在していたと言うならば、一体誰が彼を造ったのか。大きな矛盾が生じてしまう。思わず身を乗り出して問うたスーに、リヴィアは前を向いたまま首を横に振った。
「さぁ。彼の出自含めて何にも分からない。僕らの間では、本当は天国街の住人だったけど、向こうで罪を犯してこっちに堕ちてきたんじゃないかって説が一番濃厚かな。あ、これはグレイの考察だけど」
「グレイ?」
知らない名前だ。罪人の一人だろうか。スーが記憶を頼りに頭を巡らせていると、隣で沈黙していたミラが突如として立ち上がり、両手を空に突き上げた。
「グレイ! お菓子!!」
「急に何!?」
「ミラはグレイのことが好きなんだ。遊びに行くと、いつもお菓子くれるから」
くくっと肩を揺らしながら声を漏らし、リヴィアは勢いよく振り向いた。
「そうだ。今からグレイに会いに行こうよ。座長から話を聞き出すよりずっと楽だと思うよ。何せあの人、暇さえあれば『娘達』について話したがってるから」
「お菓子~」
リヴィアは、返事も待たずに機体の向きを変え始めた。ミラは嬉しそうに足をパタパタと動かしている。スーの為というよりは、どう見ても二人がグレイに会いたいようだった。
「分かったよ。行ってみよう」
まるで小さな弟たちの相手をしているみたいだった。徐々に地面に近づいていく景色を眺めながら、スーは自分が飛行の終わりを名残惜しく思っていることに気がついたのだった。
飛行機が降り立ったのは、東洋風の広々とした家屋だった。確か、生前の大戦で滅んだ国の、伝統的な建築がこのようなものだったなと思い出しながら、スーは二人の後をついて庭の中を歩いていく。やがて、目の前に深い茶色の引き戸が現れると、リヴィアは何の躊躇いもなく扉に手をかけた。
「グレイー! 遊びに来たよー!」
壺やら掛け軸やらが飾られた玄関に、リヴィアの甲高い声が不釣り合いに響く。だが、声の反響が消えても尚、家の中からは何の返事も無かった。時計の秒針が鳴る音だけが、しんとした室内に浸透してゆく。
「あれ、もしかして入れ違いだったかなぁ」
「お菓子…………」
リヴィアとミラはがっくりと肩を落とすと、諦めてくるりと踵を返した。その時だった。
「またお前かぁっ!」
激しい少女の声が耳を貫いたかと思うと、次の瞬間勢いよく水をかけられた。何が起こったのか分からず咄嗟に硬直したスーの前に、鮮やかな桃色の髪をした少女が現れる。ダンと同じ赤の首輪をした少女は、きつく釣り上げられた茶色の瞳を更に鋭く歪めて、手に持っていた柄杓をもう一度振った。当然、また冷たい水がかかる。
「え、これはどう言う……」
「何してくれてんだよ! 服がびちゃびちゃじゃんか!」
「はっ、いい気味だ。グレイにたかるな、家を汚すな、黒首輪共!」
水を滴らせながら困惑しているスーの前で、リヴィアと少女が口論を始めた。少ない情報の中でスーが理解出来たのは二つ。一つ目は、この少女が人生再演劇場で聞いたもう一人の声の主であること。そして二つ目は、彼女は『グレイ』では無いということだ。
「あの勝気なお嬢さんは誰?」
「セイル。リヴィとなかわるい。男嫌いだから、僕やスーのことも多分、きらい」
「へぇ……グレイさんは居ないのかな」
「んー、と、セイルがいるなら多分いる。仕事にしゅうちゅうしてるかも」
濡れた前髪をぺたぺたと触りながら、ミラは言い争う二人を置いてぐるりと家の裏へ回った。慌ててスーが着いて行くと、そこには解放的なベランダのような空間があった。
「ここ、えんがわ。ここ、入り放題」
ミラは縁側と言うらしいその空間を指さすと、あっという間に靴を脱いで家屋の中に入っていった。郷に入っては郷に従え、スーもミラに習って靴を脱ぐと、薄暗い部屋へそろりと足を踏み出す。
時計の音に合わせて、ミラは奥へ奥へと進んで行く。見慣れない造りの壁や扉を幾つも過ぎ去り、ミラが辿り着いたのは最奥の部屋だった。丸い取っ手が印象的な戸を引くと、ふわりと草木の香りが漂う。その中には、文机に向かって書き物をしている黒髪の青年の姿が見えた。
「いらっしゃい」
青年は一度筆を止め、こちらを見ずに声だけを投げかけた後、再び手を動かし始める。
「ミラ、二人はまた喧嘩かな?」
「うん、うるさい」
「主張をぶつけ合うのは良い事だ。……さて、君は新しい子だね」
そこで初めて青年がこちらを見た。黒にも近い深い紅の双眸が、面白そうにきらりと光っている。青年は、おもむろに頬杖をつくと、もう片方の手を静かに降った。
「おいで、まあ座りなさい。私はグレイ。君の名前は?」
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〖ILLUSTRATOR〗
日向ひなの
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〖BACK STAGE〗
‣‣第10幕『鉄格子の友達』後編
https://nana-music.com/sounds/068859f1
〖NEXT STAGE〗
‣‣第12幕『暮の空に明日を見る』前編
https://nana-music.com/sounds/068a91da
#CIRCUS_IS
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