🎪 汝の愛で導き給え 🎭
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第9幕『鉄格子の友達』前編
リヴィアについて歩いていくと、やがて薄暗い視界の先にぼんやりと木製の扉が見えてきた。立て付けの悪いそれを、二人で力を合わせて開けると、外の風がふわりと彼らの頬を撫でた。一呼吸置いてその先にあるものを見たスーは、瞼を開いて言葉を失った。
「どぉ? 凄いでしょ、僕の発明」
そこには、大きなプロペラの着いた小型の飛行機があった。少し見ただけでも、複雑に構成されていることが分かる、立派な姿だ。感嘆の声をあげたスーは、リヴィアに腕を引かれながら、言われるがままに搭乗口まで歩いていく。梯子を登り勧められた席に着き、ワクワクしながら風避けのゴーグルを受け取ったところで、スーは席の下に何やら気配を感じた。
「ん? 足元に何か……って、人!?」
「え? あ、ミラ!こんなとこにいたのぉ! 探したよ~」
後部席を覗き込んだリヴィアが、パッと顔を輝かせる。座席の下に縮こまっていた『それ』は、彼の声を聞くと同時にむくりと起き上がった。それは十ほどに見える小さな少年だった。グレーと紫の瞳が、キョトンとした顔でスーを見つめている。
「ともだち?」
「そうだよぉ。新人のスーくんです! スー、こっちは僕の大親友ミラ! 可愛がってあげてね!」
スーが返事をするより早く、リヴィアは少年の肩を持ってペラペラ喋り出す。『ともだち』を否定する余地は無さそうだ。まあいいかとスーがため息をつくと、隣の席に座ったミラが小さな手をスッと差し出してきた。
「? 何?」
「ともだちなる、お菓子いる」
「ミラは友達になる対価としてお菓子を要求するんだよ。だぁいじょうぶ! そんな事もあろうかと、さっきのクッキー、君の服のポケットに入れといたから!」
「いつの間に……これでいいの?」
スーがクッキーを差し出すと、ミラはこくっと頷いてクッキー受け取った。そして、細い指で半分に割り、大きい方をスーに返した。
「はんぶんこで食べる、ともだち完成」
ミラはドヤ顔で呟くと、手に持った小さなクッキーをあっという間に飲み込んだ。仕方なくスーも手渡されたそれを口に入れ、眉をひそめる。難解そうな人物の登場に戸惑いを隠せない様子で、スーはリヴィアに声をかけた。
「ねぇ、この子どうすればいいの」
「どうせなら、この子にも過去のお話してもらいなよ。ちょっと遠回りして帰るからさ。ミラ、こいつ皆の生前エピソード集めてるんだよ」
「……集める? へんなの」
またレッテル。もはやお決まりのような流れだ。もう何と言われようが構いやしないと、スーは機体に寄りかかって息を吐く。
「変でいいよ、もう。で、君はどんな面白い話を聞かせてくれるの?」
「おもしろい、かは分からないけど……」
ミラは左右に首を捻りながら、無表情のまま話し出す。
「これは、自分のことをいいやつだと思ってたわるいやつと、自分のことをわるいやつだと思ってた、いいやつの話」
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長きに渡る戦争が一度身を引いた世界で、争いを嘆き団結する者たちが現れた。彼らはどこからか湧いて出た「神」に救いを求め、規則正しい戒律の中で生きることによって、自身の魂が浄化され幸せになれると信じていた。モイラ・カスレフティスの両親もまた、その思想を持つ一派の民であった。
「神の啓示を受けた者がおります。それは、我々の息子、モイラでございます」
一番古い記憶は、両親にそう言われ、白い布を纏った何百もの大人たちの前に立たされた時のものだった。まだ三つにもなっていなかった頃だろうか。物心ついて直ぐに、モイラは何者かも分からぬ「神」の化身にされてしまった。
「神は全知全能ですから、器である貴方も全てに秀でてなくてはなりません。わかりましたね?」
「はい、かあさま。がんばります」
「食事は一日三度、毎日決まった時間に、穀物と野菜のみを食べなさい。ただし、日曜日だけは神がもっとも御身に近づく日。特別に、昼には甘味を用意しましょう」
「はい、とうさま。ありがとう」
「教えから逃げ出したものは『ユダ』と言って、貴方直々に罰を与えなければなりません。その槍で裏切り者を刺しなさい」
「母様、でも……」
「神よ、早く」
「……はい」
「我々を批判するのは神への冒涜です。罰をお与えください。さぁ、この毒を、さぁ!」
「…………」
モイラの放った、煙のように広がる毒薬は、小さな子どもたちや年老いた婦人をも巻き添えにして辺りに染み込んでいった。これは本当に救いなのか。モイラが自身の行いに苦痛と疑問を感じ始めた頃、両親が捕えられた。
そうして自身もまた拘束された時、モイラは生まれて初めて、自分が「悪」だということを知った。自分のしてきたことを「悪」だと罵られ、心底安心した。両親は直ぐに殺されたが、彼だけは何故か牢獄で生かされていた。冷たい鉄格子の先をぼうっと眺めながら、救いとは、幸せとは何なのかをじっと考えていた。
そんなある日、モイラの前に一人の看守が現れた。彼を見張る役目を仰せつかったのだと言った看守は、おおよそその職に似合わぬ温和な笑みをモイラに向けた。
「何十人をも殺した囚人と聞いていたから、極悪非道な大男を想像していたんだけど……君は随分と綺麗なんだね」
能面のような薄い笑みを浮かべていた両親や信者とは違い、よく喋りよく笑う、変な男だった。モイラは、初めて見る外の世界の人間に途端に目が離せなくなってしまった。
「俺は、レオンハルト。レオンハルト・ライヘンバッハ。気軽にレオって呼んでよ」
「……モイラ。よろしく」
鉄格子を挟んで、二人は形式的な握手を交わす。久しぶりに触れた人の手は、溶けてしまいそうな程に温かかった。
モイラが牢獄に入れられてから、あっという間に二年が経過した。その間、彼は殺されるどころか誰からも傷つけられることも無く、ただ悠々と生き延びていた。彼を捕らえている者たちが何を考えているのかは分からなかったが、元々いつ死ぬか分からぬ身、猶予を与えられているのならば、わざわざ死に急ぐこともないだろう。
その日も、モイラは首を長くして看守のレオを待っていた。彼はいつも手製のお菓子と玩具を持ってきてくれて、けっしてモイラを飽きさせなかった。視界に少し跳ねた綺麗な金髪が映ると、モイラは嬉しそうに鉄格子を掴んでガタガタと揺らした。
「おはよう、レオ」
「おはよう、モイラ」
レオはいつもの様に微笑んで、けれども牢の中には入ってこなかった。彼はうきうきと体を揺らしながら、胸のポケットから小さな鍵を取り出して見せる。カチャリと鍵を回す音がして、モイラと彼とを隔てていた鉄格子がゆっくりと開いていく。
「看守長からお許しが出たんだ。今日は外に出て話そうよ」
外。もう随分と、空の青さを見ていなかった。モイラは息を呑み、二つ返事で了承した。
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〖LYRIC〗
「間違っていないか その再現性も 関係も」
「そうなっても何か役に立つの?」
「夢なんか見ないで戦争をしようよ」
瞑想も読経も嗤って
嘆き合う者
アンティークと成った
旧文明禁書「概要」の
8128項の内容
「千変も時間も空間をも内包」
「信仰と祈り」
「其の教理」
「救い出すもの」
光よ 慈しみよ
深き 尊き
汝の愛で
導き給え
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〖CAST〗
🪞ミラ(cv:瑠莉)
https://nana-music.com/users/6276530
〖ILLUSTRATOR〗
常磐 光紀
https://twitter.com/7th_tm?s=21&t=yiVhixHcz-eC-1ZqMuFeqQ
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〖BACK STAGE〗
‣‣第8幕『承認と対価』後編
https://nana-music.com/sounds/0686078d
〖NEXT STAGE〗
‣‣第10幕『鉄格子の友達』後編
https://nana-music.com/sounds/068859f1
#CIRCUS_IS #福音 #wotaku
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