『ダブリーニアの研究所』
🎪CIRCUS of Infernal Stars🎭
『ダブリーニアの研究所』
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🎪 気配を悟られないように 🎭
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第6幕『ダブリーニアの研究所』
スーが館内を迷わなくなった頃、ダンから野暮用を頼まれることが増えた。サフィに連れられてきて以来、自室と劇場の行き来しかできず退屈していたスーは、瞬く間に新しい仕事に飛びついた。
「ダブリーニア通りの研究所にこの紙袋を渡してきてちょうだい。細かな機械の部品が入っているから、落としては駄目よ」
「はーい」
受け取った袋を少しだけ動かしてみると、カシャカシャと玩具のような音が鳴った。重さは無いが、随分とたくさんの部品が入っているらしい。こんな物、一体何に使うのやら。スーが怪訝そうな顔で袋を見つめていると、ダンが足を止めてこちらを振り返った。
「そうそう、研究所にいるリヴィアという子は、サーカス団の一員なのよ。少し変わっているけれど、あなたとなら仲良くなれるでしょう」
「ダンはまだ僕のことを変だと思っている」
「変なんだもの、仕方ないわ」
ダンは器用に片目を閉じて答えると、長い指でぐいっとスーの背中を押した。
「早くしないと、夕方辺りから悪魔がうろつき始めるわよ」
「はーい」
スーはまたもや間延びした返事をして、そそくさと劇場を飛び出した。
悪魔とは、この地獄街で罪人を使役している存在である。劇場にやってくる彼らのほとんどは、黒いモヤのようなあやふやな実体に赤い目だけが爛々と光る不気味な容姿をしているが、ごく稀に人間のような姿をしている者もいる。
「人型の悪魔は安全そうに見えるけど、モヤモヤした奴らよりずっと危険よ。一人でいる時は絶対に目を合わせないで」
ダンはことある事にそう言ってスーを戒めた。首輪をしていない人型は、例に漏れず悪魔なのだと教えられていた。
だからスーは、人が賑わう道の中を、俯きながら歩き続けている。首元のスッキリとした奴らがこちらを向かないように、気配を悟られないように。
「……研究所、ここだ」
指定の場所にたどり着いた頃には、過度な緊張でスーの体は酷く疲弊していた。何でも良いからさっさと渡して帰りたい。出来ることならば、目を瞑り走って帰りたい。ため息を吐きながら、スーは色の剥げた扉をガチャリと開く。室内は中は薄暗く、何やら白い紙がのようなものが床を埋めつくしていた。
「うわぁ、汚いなぁ」
スーは素直に呟くと、なるべく紙を踏まないようにそろりと足を下ろす。すると、部屋の奥から何処かで聞いたことのある大きな声が飛んできた。
「そこ踏まないで!」
ビクリと身体を震わせ顔を上げると、ばら撒かれた紙の向こう、散らかった机に頬杖をついている金髪の少年と目が合った。跳ねた前髪の下にある顔には、額から左頬にかけて大きな傷が走り、濁った緑色の目が暗闇で猫のように光っている。少年は、スーの姿を一目見るなりカタリと首を傾けて口を尖らせた。
「駄目だよぉ、その紙を踏んじゃ。大事な設計図なんだ。精密なスケッチがしてあるから、少し紙が拠れただけでも計算が狂う」
「そんな大事なもの、床に放置しておく方が悪いと思うけど」
スーは少年の言葉には耳も貸さず、ザクザクと紙の絨毯を歩いていく。それを見た少年は、瞳孔をきゅっと縮めてぎゃあぎゃあ騒ぎ立てた。
「ああぁっ、僕の最高傑作がぁ!バカバカバカッ! 人でなし!」
「僕もう人じゃないので」
「言葉のあやだよ! わかるだろ!? もー!! 最初からやり直しだよ! うわぁーん!」
うるさい。物凄くうるさい。スーは眉間に皺を寄せ、耳を塞いでその場をやり過ごす。黙って少年の声を聞くうちに、スーは彼が人生再演のアナウンスをしていた片割れだということに気がついた。
「僕のあれ、こんな奴にも見られてたのか……」
自分は彼のことを何も知らないのに、彼は自分の前世まで把握済みなのである。何だか気に食わない。スーはむかむかとした気持ちを抱えながら、まだ一人愚痴っている少年めがけ、ずいっと袋を差し出した。
「ダンからこれを頼まれていたんです。僕はもう帰りますから」
「はぁ? 何……って、うわ! これ受注してくれてたんだぁ! 小型化なのに精巧だよ。すごーい!」
少年は袋の中身をうっとりと眺めた後、けろりと態度を変えスーに抱きついてきた。
「持ってきてくれてありがとねぇ! 僕はリヴィア! サーカスではからくりを使った演目をしてるんだよ。君はスーでしょ? 最近入ってきたコ!」
「は、はぁ……」
「さっきは怒っちゃってごめんねぇ。最近モチベ落ちてて病み期でさぁ~。ただでさえ製作の時は一人になることが多いから、もー疲れちゃって。ね、良ければ上がってってよ。何かお礼をさせて」
リヴィアは急にスイッチが入ったようにベラベラと喋りながら、背後に鎮座していた木製の棚をあけ、皿とカップ、紅茶の缶、クッキーを取り出した。
「悪いけど、机の上の本は床にザーッと流しといて。お茶にしよう」
「あの」
「ん~? あ、クッキー食べれない? 友人が好きだから常備してあるんだけど、嫌ならチョコレートもあるよ」
「いえ、そうじゃなく」
意気揚々と小さなティーパーティーを組み立てていくリヴィアに向かって、スーは好奇心の矢を射った。
「お礼と言うなら、良ければ君の前世について聞かせてほしいんだけど」
「何、そんなんでいいの? もっとこう……欲しいものとか、やって欲しいこととかさ、無いわけ?」
「ここに来てから、そんな欲はほとんど無くなったよ。でも、君たち他の罪人がどうしてここにやって来ることになったのか、その理由はとても気になる。コレクションしてみたいんだ」
スーが言い終わるか終わらないかのうちに、リヴィアは弾けるように笑いだした。笑いの振動で手にしたティーカップが揺れ、零れた液体が机の上に染みを作る。
「君変わってるね。おっかしーの!」
「そうかな」
またもや変人に変わっているとレッテルを貼られてしまい、スーは不服そうに目を細める。だが、そんな彼とは対照的に、リヴィアは心底嬉しそうだった。
「いいよぉ。僕のお話してあげる。ダンほど美談では無いけどね」
リヴィアはカップに一つ二つ角砂糖を投げ入れると、近くにあったペンをその中に突っ込み、ぐるぐるとかき混ぜながら口を開いた。
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〖ILLUSTRATOR〗
日向ひなの
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〖BACK STAGE〗
‣‣第5幕『赤き火刑の魔女』後編
https://nana-music.com/sounds/0681ea5b
〖NEXT STAGE〗
‣‣第7幕『承認と対価』前編
https://nana-music.com/sounds/0684e0c0
#CIRCUS_IS
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