時の女神と糸紡ぐ理事会員 シノ
三月のパンタシア
時の女神と糸紡ぐ理事会員 シノ
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『…行ってきます!』
首都アヴァロンの近くの小さな町。私は生まれ故郷から出て、夢を叶えるんだ…!立派な理事会員になっていつかこの故郷に帰るために。
何年前の話だろう。大きな大きな不安と、それを上回る期待で小さな胸は今にも押し潰されそうだった。今までこんなに胸が早く脈打った事はない。…あの時はそう思ったが、今の胸とどちらがドキドキしてるだろうか。あの日の自分が大学で恋をして研修でニフに出会い、そして夢を叶えて理事会員となって、今こうして…
「よ、ようこそ!!…こ、こ、ここが…研修先の…」
片想いの先輩と共にこの地に立っているなんて想像出来ただろうか?
「キリエです!!」
門番のみりんが穏やかに微笑みながら初々しいカップルを見つめている。そういえば、研修を終えて出ていく日にも、彼女は門番としてここに立って居たな…。
「話では聞いていたけど、本当に大きな商業地帯だね。街にしては小規模だけどお店が沢山だ!これだけの商店を出張所だけで管理するのは大変だったんじゃないかな?」
「…凄い…!着いた途端にそこまで分かるなんて!」
「いや、実はずっと昔キリエに研修に行った先輩がいたんだ。元々、理事会員1人での勤務だからずっと増員や研修生の要請を受けてたらしいんだけど…激務である事が知られていたから誰も行きたがらなくて。その先輩も数ヶ月で音を上げて逃げ出してしまったんだ」
初耳だ!!シノは驚きのあまり口を塞ぐ。
「学生内では伝説のように語られてたんだけど…その様子じゃ知らなかったんだね。あのキリエに研修に行って更に卒業した女の子がいるって、OB達の間で有名人だったんだよ、シノは」
驚愕して三つ編みが逆立つかと思った。まさかそんな噂があってそして自分が有名人になってたなんて…!
「あのキリエの理事会員さん…か。初めてお会いするけれど…大丈夫だろうか」
商店街の大通りを歩く彼の顔は何処か緊張している。確かにトラブルも多いし、毎日疲れきって家に帰ってたけど…でも、キリエはそれ以上にあたたかくて優しい街。それに私をここまで育ててくれたあの人は心配するような人じゃない!先輩に反論しようと口を開いたが、先輩とバッチリ目が合って照れて下を向いてしまった。あうぅ…これから会う人と同じ口癖をうっかり口走る。そんな姿を心配したのか、先輩は小走りで店に寄るとキリエ名物の世界樹のお茶を二つ持って戻ってきた。優しい笑顔と懐かしい香り、白い湯気に更にシノの胸が高鳴る。キリエで悶々と片想いをしていた自分が見たらどう言うだろう?夢が叶っているこの瞬間を。
出張所にたどり着き、先輩は丁寧に挨拶をするが、受付には誰にも居ない…出てしまってるのだろうか?
「…ニフせんぱーい!居ますか?」
…ド、ド、ドドド!ドテッ!!何かが駆け下り、落ちた様な音と共に、眼鏡のズレた音の主が窓口の部屋に現れた。
「し、シノちゃん!?」
「ニフ先輩!!」
キャー!黄色い声と共にまるで親友のように抱き合う二人。学生内で恐怖の街と恐れられるあのキリエの理事会員…どれだけの人かと思っていたが、少し華奢で髪の長い普通の女性だ。確かに噂も嘘ではないらしく疲れきった顔ではあるが、会えた事に本気で喜んでいるシノと全力で歓迎するその女性は想像していた理事会員像とはだいぶ違う。先輩は改めて挨拶をする。
「はじめまして。僕はシノの大学の先輩で、今は海の街で理事会員を務めています。シノから話をよく聞いております。お会いできて嬉しいです」
ハッと我に返り、挨拶し返そうとしたニフは彼の首元に巻かれたものを見て、シノを部屋の奥へと引きずった。
『…し、シノちゃん!あのマフラー…ま、まさか!?』
『いえ、あ…その…じ、実は…そうです…!』
ドタドタと先輩の元へと戻ると、まるで地面から棒が立っているかのように背筋を伸ばし、びっくりする程大声で挨拶をするニフ。
「は、は、は、は…じめましてぇ!!わ、私は!!この!出張所に!き、き、勤務する!にふ、です!」
耳を塞ぎつつ、つい笑ってしまうシノ。…そういえば初めてニフに会い、挨拶を交わした時もこんな感じだった。今見たらきっと大笑いしてしまうだろう。けれどあの時は緊張と不安で、頭が真っ白になりながら必死に挨拶していたな。懐かしい気持ちが今日は私の心に沢山溢れてくる。憧れの先輩と昔を旅するような、魔法の様な不思議な日常。
「お、お茶を用意しますね!ちょうどお昼休みなので!!3人でお話出来れば!嬉しいですぅ!!」
そういうと、すごい速さでキッチンへと消えていくニフ。
「怖い人かと勘違いしてたみたいだ。すごく親切で優しそうな人だね」
…ガシャン!ぎゃーー!!扉の奥で不穏な叫び。
「…でも、かなり…個性的な人でもあるね」
そればかりは否定できない…シノは苦笑いを浮かべる。
即席で作った質素なサンドイッチにお茶、ニフ秘蔵のオヤツが三人の前に並ぶ。…ああ、昔は毎日見ていた昼休みの光景。海の街では出張ついでに素敵なカフェに行ったり、忙しさのあまり自分の机で簡単に食べてしまったり…すっかり変わってしまった昼の光景。何でもないあの日のお昼がこんなにも愛おしいなんて…
「「頂きます!」」
二人は思い思いに食事を楽しみながら談話に花を咲かせる。最初はあまりの忙しさに塞ぎこんだシノが、占い師に話を聞いてもらった事。理事総会で褒められたメイクはこの街のサロンで習った事。
「私が居ない間に魔族に襲われそうになった時にたった一人で指示を出していたり、原因不明の森の怪を突き止めて撃破したり…本当に有能なんですから!」
まるで自分の事のように胸を張ってバンバン話すニフ。シノは恥ずかしそうに俯くが、話を食い入るように聞く先輩。…人の辛さも喜びも自分の事のように感じ、問題に打ち込む姿勢は彼女から学んだが…今は少し抑えて欲しい…シノは顔をおおった。
「あとですねぇ…うふふ!あのカウンターの植木鉢!今は別の花を植えてますが、実は大好きな人のために…」
「きゃーー!先輩聞いちゃだめ!!あーーー!!」
突然立ち上がると腕をブンブン振り回して取り乱すシノ。呆気に取られてポカンとした顔をする先輩。しかし、堪らず吹き出し笑い出した。今度はニフとシノ、二人がポカンとする。涙を拭きながら先輩は語り出す。
「ふふっ!…本当に仲が宜しいんですね。色んな上司の方を見てきましたが、まるで姉妹のような関係の人は僕は初めて見ましたよ!海の街ではそんな顔で笑ったり叫んだりしないのに。僕らもニフ先輩のようにシノの素顔が出せる仲間になりたいです」
「…ふ、ふ、ふ!嫉妬ですね?」
「…はい」
ガシャン!シノはお茶を零した。
夕方まで二人はニフの仕事を手伝う。普段は仕事を教わる立場だが、今日は先輩がシノの生徒だ。なれないキリエ独自の仕事を二人で仲良くこなしていく。その姿を幸せそうに見つめるニフの目。
「せっかくのお休みなのに、わざわざ来てもらって仕事までやってもらって…どう感謝していいのか…」
まだ仕事は残っているが、帰りを心配してニフは二人を門まで送り出した。
「とても勉強になりました、ありがとうございます」
「ニフ先輩!また必ず遊びに行きますから!」
シノはニフに飛びつくと、ギュッと抱きしめた。しっかり者で努力家のシノがこんなに感情を露わにするのは珍しい。挨拶を終え、シノが一足先に馬車へと乗り込む。
「あの…どうか、私の大事な後輩を…シノちゃんをよろしくお願いします」
先輩は優しい笑顔のまま力強く頷いた。
「…はい、任せてください」
キリエに行く間、キリエに着いたら、ニフと話したら、いや、帰ったタイミングで…!同僚の応援が頭の中をぐるぐる回るが…結局最後まで言えなさそう…。大好きな二人を会わせたい!この日の目的であるが、これだけじゃない。しかし、心に詰まって言葉に出来ない。
「想いってどうやって伝えればいいの!?」
心の中で叫ぶシノ。そんな気持ちを知ってか知らずか、先輩は急に口を開いた。
「最初は羨ましくも思ったけど、考えてみたら話で聞いた以上に沢山の出来事をニフ先輩と共に歩んだんだろうね。少しずつ分かりあったからこその距離感なんだね」
その言葉にシノの気持ちは固まった。
「せ、先輩とも…沢山の出来事を一緒に歩んで欲しいし、その、良ければ知って欲しいです。わ、私、いつか故郷に帰って理事会の仕事で皆の役に立つのが夢なんです。だからいつか…」
「いつかシノの故郷も案内して欲しい」
シノは真っ赤な顔で頷いた。故郷に二人で訪れた時、私の気持ちを伝えよう…その日まで…。
『…行ってきます!』
『行ってらっしゃい!!』
反対しつつも見送る父と手を振る母、頑張れと応援する町の皆…シノは懐かしい記憶の中、強く心に誓った。
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