カンタービレ×パッシオーネ
🎶マリア・テンポルバート
カンタービレ×パッシオーネ
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第2節 この愛は永遠
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それはルチアのもとに身を寄せて数年目のある朝のことだった。
「師匠、朝だからもう起きて。昼までに起きないとまた先生に怒られるよ」
その日は冬にしては珍しく快晴で、ルチアにそう言ってカーテンを開いた窓から澄んだ空が見えていたことをネージュは記憶し続けている。
「師匠……?」
ネージュは何度も呼びかけたが、けれどルチアを目を覚まさなかった。──永遠に。
ネージュはベットの側に近寄るとそっと寝具をかけ直して整えた。
「おやすみなさい師匠……ずっとありがとう」
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ルチアの葬儀は親しい友人だけを招きしめやかに行われた。ルチアはまだ35歳だった。
小さな葬儀を終えた後、ネージュはマリアを家に招いた。楽器や音楽の専門書はマリアの元で音楽を学ぶ若者に譲って欲しいとルチアに頼まれていたからだ。
「これ、師匠が自分に何かあったら先生に渡してって言ってたものです」
「これは財産の権利書と……楽譜?」
「はい。先生への贈り物だと」
「題名は『マリアに贈る愛のワルツ』……全く曲が形見だなんてあの子らしいですわね」
ベールのついた帽子と黒いドレスを身につけたマリアは呆れたようにため息をつくと、部屋の中を見回した。
部屋の中の本や楽器は持ち出しやすいように既にネージュが綺麗に整理してある。
「……先生は悲しくないですか?」
けれど、部屋から物がなくなっていくにつれて胸の中に北風か吹くような気持ち──恐らくこれは「寂しさ」なのだろう──を感じて、思わずネージュはマリアに問いかけてしまった。
「……悲しくないと言えば嘘になりますわね。でも覚悟もできていたことですもの」
「覚悟?」
「あの子は病弱でしたけれど、そもそもわたくしは魔女であの子は人間だから……いつかこんな日が来ることは分かっていましたわ」
「そう……」
ネージュは静かに頷いたが、表情を曇らせてさらにマリアに問いかける。
「先生の言う通りかもしれないけど私は……いつかそんな日が来るってわかっていても大切な人と別れるのは悲しい。この気持ちはどうしたらいいんですか?」
「そうですわね……。わたくしとルチアが出会ったのはとある高名な音楽家のサロンだったのだけれど、本当に衝撃でしたわね。まだ幼いのにチェンバロを弾く指運びの巧みなこと。鍵盤の上で指が踊るようで……今でもチェンバロを見るとたまに思い出しますわ」
突然始まった昔話にネージュは目を瞬かせるがマリアは微笑みながら続ける。
「そのくせドレスの着方もお行儀もめちゃくちゃで注意しましたの。そうしたら『それなら丁度いい!君がドレスを直してくれない?』なんて憎たらしい口をきいて……それがあの子が親しくなったきっかけ」
「……師匠らしいですね」
「そうね。寒い日や雨の日は体調を崩すから部屋から出てこれなくて心配したものよ。きっとまだしばらくは雨の日になったらあの子を思い出すわね……あの子『雨の日は憂鬱』なんて曲を作っていたわ。作曲といえば体調が良かった時に初めて湖畔地方に旅行に行った時はひどく感動していてね。あの子、一日で5曲も曲を作ってしまったのよ。呆れるでしょう?」
ルチアらしい昔話の数々にネージュは思わず笑みを零してしまった。
「わたくしにはあの子の思い出や音楽と共に生きていけます。だからわたくしは大丈夫。特に音楽は時代を越えて愛され続け、残っていくものですもの」
「…………」
「貴女ももう旅立つつもりでしょう?だからこの家を片付けているのでしょう?わたくしのことは構わずに行きなさい。ルチアもわたくしも教えられることは全て教えました」
その言葉にネージュ涙を堪えて頭を下げた。
「先生、今までありがとうこざいました」
「なんて礼儀正しくて良い子なのかしら。まったくあんなだらしないルチアの弟子には本当に勿体ない子ですわね。こちらこそルチアの弟子になってくれて……本当にありがとう」
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翌日、ネージュは王都を出た。
気味悪がられる髪と瞳は相変わらず隠さないといけないが、お金の使い方も地図の読み方も宿のとり方だってもう分かる。きっと今回の旅は上手く行くはずだとネージュは自分に言い聞かせる。
そのまま西の国を出たネージュは、イヴと2人で住んでいた家を訪れた。家は雪と風に晒されて既にあとかたもなく、1度もイヴが戻ってきた形跡はなかった。けれど、ここで気を落としてはいられない。ネージュは白い牙をこえてまずは北の国へと足を踏み入れた。
「宿を探さないと……」
北の国は日が落ちるとあっという間に気温が下がって真っ暗になる。比較的大きな街まで一気に箒で飛ぶと人目につかない所で降りて宿屋を探した。そうして幸運なことに空きのある宿屋をすぐに見つけることが出来た。
ほっと胸を撫で下ろしていると、宿屋の食堂の方から楽しげな笑い声が聞こえてきた。
「これは……音楽?」
「旅のお人!この曲がお好きかな?西の国の偉大な音楽家ルチア・ゴットリープの曲さ!」
「えぇ好きな曲です。もう一曲いいですか?」
「もちろんだとも!」
宿に集まった様々な国の旅人がルチアの作り出した曲を楽しそうに演奏している。それをネージュは微笑みながら耳を傾けた。ルチアの曲がネージュの旅を彩っていく。
(師匠、先生。私ももう大丈夫だよ)
マリアの言う通りきっとルチアが曲にこめた愛は永遠なのだから。
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時を越えて
五線譜に記したシンフォニー
鮮やかに羽ばたく
メロディに心託して
悲愴の夜明け 雨だれの朝
水の戯れ ため息の湖畔
踊る指先 白熱する
パッセージの果て光る
歴史の全ては今この手に
愛の夢もテンペストも
めくるページから
生まれては消える泡沫の恋
永遠の美しさを宿し
響くカンパネラ
鮮やかに羽ばたく
メロディは世界を照らす
一筋の煌めき
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🎶マリア・テンポルバート(cv.ここあ)
西の国の魔女。ネージュの魔法の師匠。美しい茶色の髪と強い意志を感じさせる紫の瞳。
代々続く音楽家の名門テンポルバート家の娘であり、本人も高名な音楽家。気難しい芸術家肌だが、真面目で面倒見が良い性格のため、この時代の魔女としては珍しく人間の信頼を得て宮廷音楽家として多くの弟子を育てた。
偉大なる音楽家ルチア・ゴットリープの才能を誰より評価した人物であり、彼女の曲を広く後世に伝えたと言われている。
【好き】音楽、品行方正な人物
【嫌い】芸術を理解しない野蛮人
【特技】歌を歌うこと
【ステッキ】タクト
【固有魔法】
「静粛に(ビー·マイ·ゲスト)」
相手を一定の時間大人しくさせる魔法
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◇第2章 プレイリスト◇
https://nana-music.com/playlists/3840346
◇素敵な伴奏ありがとうございました◇
桜様
https://nana-music.com/sounds/041f0a9f
◇ 𝕋𝕒𝕘 ◇
#魔女マリア
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