メルティランドナイトメア
Sooty House - Girl in the mirror -
メルティランドナイトメア
- 42
- 7
- 0
【 美しい夢だけが遺る場所 】
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「──そんなに、あの生き人形が好き?」
「……っ!」
思いもよらない言葉に、瞳孔が大きく開いていくのがわかった。
変化は瞳孔のみに留まらず、唇が震えて、頬が引き攣って──表情筋が、言うことを聞かない。
「違います、そんなつもりでは……! ただっ……」
ショックだった。言葉を失うほど、ショックだった。
けれど、ミラ様に考える時間を、誤解させる時間を与えるほうが怖くて──無理にでも、言葉を紡いで取り繕わなければいけないと思った。失言をしてでも取り繕わなければいけないと。
だから、取り繕って、言い訳をしようとして──否、弁解を、本音を語ろうとして──口を噤んだ。
これ以上は──言えない。
失言をしてでも、なんて言ったけれど、ほんとうに失言するわけにはいかない。
結局、言葉を失ってしまった。
でも、それでも──私が口にしようとしたのは、二度と表出してはいけない感情だった。
こんな想いは、ミラ様には告げられない。
否、ミラ様だけではない──誰にも、話してはならない。
これは──ちゃんと、諦めなきゃいけない気持ちだから。
「……そうよね」
次の台詞に困って、困り果てて、言葉を失ったままでいると──それがどのくらいの時間だったのか、私には正確な判断ができない──体感では、永遠のようだった──ミラ様が、声を零した。
それは、先ほどまでの冷えきったものではなく──幾分か、温度を取り戻していて。
まるで、自分自身に言い聞かすかのように、ぽつぽつと語りだした。
「あんな……あんな、ただの新入りのことを……しかも異分子候補のことを、好きになるはずないわよね。そう、そうだわ。違うに決まってる」
ぼろぼろと零れていきそうになる何かを必死に抱え込むように、たどたどしく、されど普段の調子を取り戻そうと必死な声色。
それに合わせて、私も強張った頬を無視して無理やり口角を上げる。
満足したように、安心したように。
自身が『ミラとミア』であることに確かな自信を見せ、愛おしそうに。
ミラ様が精一杯そうあろうとしているならば、私もそうすべきだ。
ミラ様のぎこちなさを鏡写しに表現するならば、この凝り固まって上手く動かない表情筋だって、良いように作用するだろう。
ミラ様の鏡であるための、ミアであるためのマニュアルは、とっくにできている。
だから私は、それに従うだけ。
……そのはず、なのに──今、自分が浮かべているつもりのこれが、どんな形を成しているのか、わからなくて、
「だって……ミアは、ミラのだもの。ミラのミアが、ミラ以外の誰かを特別に想うなんてありえないわ。ミラとミアは、ミラとミア。他の誰かなんて要らないものね?」
疑ってしまってごめんなさい、と。
ミラ様は、上機嫌そうに笑った。
私もより口角を上げて、目を細める。
「今日はもう疲れたから寝ちゃいましょう? おやすみのキスをして、ミア」
ミラ様の、ほんの少しの感情の機微も、見逃さないように。
それが当たり前にこなせるなどと、大それた傲慢は抱かかないように。
そんな自戒から、読心のほうに全神経を研ぎ澄ませていたせいで──手を引かれたにも関わらず、一歩踏み出すのが、少し遅れた。
しかし、ミラ様の足を止めてしまうほどには至らず、至らせず、速やかに、滞りなくベッドのほうへ向かう。
「おやすみ、ミア」
「はい。おやすみなさい、ミラ様」
真っ黒な頬に唇を落とし、それから、真っ黒な指と自分の指を絡み合わせる。
見えないけれど、ミラ様はきっと、もう、目を閉じているだろう。おやすみのキス以降に、ミラ様が眠りにつくことができなかったことは、一度もない。眠りにつけない日は、おやすみのキスをする余裕もなかったから。
つまり、ミラ様はもう、こちらを見ていないわけで。
だから──『顔』として振る舞う必要は、ない。
強い緊張から解放され、私は小さく息を吐く。
身体は張り詰めていた糸が切れたように筋肉が溶けだし、脳は集中して回転しつづけていた回路を一度停止して、休息する。
そして、思考の空白を埋めるように──ずっと閉じこめていたはずの『私』がこみあげてくる。
──ほんとうに、これでよかったの?
ずいぶん昔に諦めたはずの想いが、何故だかあふれて止まらない。
ミラ様が、それを望むなら──私はもう『私』でなくてもよかったはずなのに。
ミラ様が望む形でお傍に居ることだけが、ただ隣に立っていることが、私の生き人形としての在り方なのだと決めたのに。
そうしなければならないのだと、生き様を、生き方を定めたのに。
それ以外は、蓋をしたのに。
それなのに──ほんとうに、これでよかったの、なんて、
「……、……」
こんなことを考えてしまうのは、間違いなく、エリーのせいだろう。
『そんなに頑張れるなんて、ミアは、ミラ様が大好きなんですね!』
『アリス様は、エリーに出会う前から、エリーの名前を考えてくださっていて……エリーは、それがとっても嬉しくって。だから、アリス様のためなら、エリーはなんでもしたくって──』
……そうね。その通り。
私は──ミラ様が好き。
ミラ様が大好きだから、頑張れる。
ミラ様が大好きじゃなければ、こんなにも頑張れない。
生き人形が主人に忠誠を誓うことに、理由なんて要らない、なんて言ったけれど、そんなカッコいいものではない。
ミラ様が私を名付けてくれたことがうれしかった。
ミラ様が私のことを考えてくれたことがうれしかった。
だから、ミラ様のためなら、なりふり構わず、何でもしたかった。
だから、私はミラ様の望む通りに振る舞った。
だけど、きっと──そんなのは、なりふり構わず何でも、なんてのは、嘘だった。
大好きなミラ様のためと、一生懸命見ないふりをしたけれど──わざわざ蓋をして閉じこめて鍵をかけて目を背けないといけないぐらい、強く強く願っていた。
私は──『私』がミラ様と一緒にいたいんだ。
大好きな、ミラ様と。
これが、私の願う未来。空想のあした。
本来ならそうであったはずなのに、なんて想いつづけていたおとぎばなし。
ずっと忘れようとしていた愛。
脳によぎっては追い出そうと、消してしまおうと必死になっていた夢。
そんな熟成された想いは、もう──止まってくれそうになかった。
ミラ様が好き。ミラ様と一緒にいたい。
そっか、そうなんだ。
私──ちゃんと、そう願っていたんだ。
自分の心を麻痺させていたから、ずっと、よくわからなくなってしまっていたけれど。
最初からずっと、失ってなどいなかった。
無くそうとしても消せなかった。
一瞬だって、忘れてなどいなかった。
心の奥がぽかぽかして、幸せで溶けてしまいそう。
これが、私。私自身。
この夢を──この夢に、気づかせてくれたエリーには……ちゃんと、私たちのことを話したい、と思った。
こんなものは我欲の塊でしかない。
知っておいてほしい、なんて言って──ただ、話してスッキリしたいだけで。
ただの自己満足以上のなんでもない。
一緒にいたい、だなんて美しい言葉で着飾ったところで、我が侭以外の何にもならない。
だけど、私は──私のままに、伝えたかった。
痛い想いをさせることになるかもしれない。
エリーにも──そして、ミラ様にも。
だけど、それでも──私はもう、自分のこの夢を、愛を、望みを──手放すことは、できなかった。
叶えることが難しいとわかっていても──見ないふりなんて、見なかったことになんて、できなかった。
私は──ミラ様と、一緒にいたい。
「…………」
すー、すー。
規則正しいリズムの心地よい音色に合わせて、コンフォーターが上下に動く。振り子時計を見れば、静かな寝息が始まってから十分は経過していた。
今日も主人が安らかに夢の世界へ旅立ったことに胸を撫で下ろし、起こさぬようにそっと手を離す。絡めた指と指を、交わり合った黒と白を、一本一本紐解くように、分解するように。
そして、最後に──その真っ黒な手のひらにこっそりキスをして、私は立ち上がった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
𝒍𝒚𝒓𝒊𝒄𝒔
🎀案外そんなフューチャー
🎗先天的なフューチャー
🎀案外そんなフューチャーだよ
🎗わんつーさんはい、いちにさん
そろそろ起きたらどう
🎀驚く顔なら知ってるよ
いっつもそういう顔をする
🎀🎗Welcome to the メルティランド
🎗ここはひとりもふたりも無い場所
🎀🎗Welcome to the メルティランド
🎀美しい夢だけが遺る場所
🎗貴方はドアを開けたの
🎀僕の世界のドアを選んだの
🎗十年前から待っていたわ
🎀🎗Welcome to the メルティランド
🎀🎗疑ってしまうような
不可侵のスターリーナイト
🎀ずっと前の空想が
今日の君の白昼夢
🎗時間すら 止まったら
見え始める君のナイトメア
🎀🎗正常なグッドモーニング
人生のハッピーエンディング
僕達は何ひとつ叶わないのなら
疑ってしまうような
不可侵のスターリーナイト
一瞬だけ忘れないでよね
𝑪𝒂𝒔𝒕
🎀ミラ(cv.朔)
https://nana-music.com/users/2793950
🎗ミア(cv.小日向奏乃)
https://nana-music.com/users/5171643
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
𝑻𝒂𝒈
#Sooty_House
#メルティランドナイトメア
Comment
No Comments Yet.