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Sooty House - Girl in the mirror -
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【 歪んだ世界にだんだん僕は 】
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「──改めて」
脳の内を埋め尽くす疑惑、疑念、疑心──とにかく強い疑いの気持ちを、疑り深い気持ちを一度落ち着けるように、ワタシは沈黙を切り裂いた。
「ベラ、ラヴィ。『お披露目』、合格おめでとう」
そう告げてから、ラヴィが淹れてくれた紅茶を口に含む──計算され尽くされた美味。まるで、機械が作ったかのようだ──否、この場合、くるみ割り人形ならぬ紅茶淹れ生き人形か。
「……それは、そっちもでしょ。けど、ありがとう」
こちらを見下ろす物言いも、大仰さも、騒がしさも、なにもない返事。
目の前の少女は、ベラの皮を──ベラのすすをかぶっているだけで、中身は他の誰かなのではないかと、紅茶と共に飲み下したつもりの懐疑がせりあがってきたので、再びカップを傾けて嚥下する。
──もう、当たり障りのない会話で経過を観察するシークエンスは、終えるべきだろう。
手にしていたコップを置き直し、正面のベラを真っ直ぐ見つめる──自分らしさを放り投げた、精彩に欠けた同期の少女を。
「……ベラ。出会ったばかりのワタシに、こんなことを言う権利はないのかもしれないけれど──今日の二人は、何かおかしいよ。一体、何があったんだい?」
一言一句、静かに真剣に紡いでいく。
どれか一音でも、彼女の心に届くことを願って。
しかし。
「……何の話かしら。ベラは、べつに普通だけれど?」
しかし、ベラはただ、首を傾げるだけだった。
彼女らしからぬ、抑揚の薄い語調。
意識がぼんやりしているような、強い眠気のあまり頭が回っていないような、最小限の受け答え。
しかしそれは、ラヴィと喧嘩してしまったことを隠している、といった感じではなくて──ほんとうに何もないから、誇張も衒いもなく、ありのままに答えていることが伺えた。
端的に言えば、嘘のない言葉だった。
つまり──二人の互いへの無関心は、二人のあいだにあった出来事や感情が理由ではないということだ──本人達の意思は、無関係ということだ。
「あ、あの……アンジュ、アリス様とエリーと一緒に、きいてきたんですけど」
思慮を巡らせるワタシの隣で、しなやかな手が控えめに挙がった。不安げに煌めくキューピッドストーンがうさぎによく似た髪型を二つ映し、今日は血色の良い小さな唇が開かれる。
「エリザベスが、教えてくれたんです。みんな、慣れない『お披露目』とその後のパーティで疲れたんだと思う、って。ベラ様とラヴィも、そうなのですか? 無理をされているのですか?」
あぁ、たしかに──と、ワタシの天使の台詞に、納得をする。
たしかに、ベラとラヴィにあからさまに異変が起きているのは確定事項ではあるものの、「『お披露目』で疲れたから」は、まだ完全には否定できないのだ。
この二人は、互いに元気がなければ不自然なほどに気づかう関係だとワタシは思っているけれど──そんなものは、ただの推測にすぎない。露悪的な言葉を選ぶと、ワタシの勝手な偏見でしかない。
だから、エリザベスが告げた真相が真実な可能性はあったのだけれど──ベラは、アンジュの言葉にも「いいえ」と、首を横に振った。
疲労を否定するならば、もっと、自分は元気なのだと、空元気でも強いアピールをしそうなものだが──ただ、静かに首を振った。
「ベラは、べつにそんなことないわ。……むしろ、『お披露目』のときに疲れていたのは、そっちのほうじゃないかしら?」
あぁ、たしかに──と、ようやく聞けた長めの台詞に、二度目の納得をする。
言われてみれば、ほんとうにその通りだ。
ワタシはともかく──あの日、アンジュはほんとうに体調を崩してしまっていた。
不慣れな部屋の外、未経験のスポーツ、初対面の大人数、長時間の活動──そして何より、不合格となればそこで終わってしまうという緊張感。
『お披露目』における全てが、アンジュにとって毒だった。
部屋に戻る廊下へ辿り着く頃には、歩くことさえ覚束なくなってしまっていて……ワタシは彼女を抱き上げ、早急に部屋へ寝かせたのである。……あぁ、思い出すだけで、部屋をすすだらけにしてしまいそうだ。
あの日、誰よりも強い疲労を感じたのは、アンジュだろう。
けれど彼女は、翌日には、すっかり良くなっていた。
ワタシが握りしめていた彼女の指先は、翌朝には彩度を取り戻し、あたたかな温度を蘇らせていた。
身体の弱いアンジュが、そうだったというのに──他の生き人形たちが、いつまでも疲労を引きずるだろうか?
「ベラ様」
小さな声が、ワタシの耳にも届く──黙考するにあたって下がってしまっていた視線を上げれば、ラヴィがベラに何やら耳打ちしていた。
その密談はさして尺をとらず、すぐに、
「……ベラは、マヤの案に乗ったわ。だから、好きに発言して構わないわよ」
と、囁くわけでもなく、大きめに独り言と錯覚する声量と、どこかふわふわとした調子で、ベラは返した。
そんなラヴィの様子に、主人に許されなければ何もできないとでも考えていそうな言動に──あぁ、と、すぐに思い当たる。
生き人形は普通、シャドーの『顔』であることに努めるらしい。
『顔』は言葉を発さない。自分の意見を持たない。シャドー家に絶対的に従う。仕える。
だからラヴィは、自分自身が発言することを、少し躊躇って──己が最も強く忠誠を誓っているベラに承諾してもらうことで、発言権を得たのだ。
ワタシが『シャドーや生き人形といった立場は忘れ、平等に、好きに振る舞おう』と提案したときに何か言いたげだったのも、そういうことだろう。
普通の──シャドー家の望む、普通の生き人形の姿。
主人の許可を得たラヴィは、一言、「ありがとうございます」と恭しく頭を下げ──そして、ワタシ達の方へ身体を向けた。
自然と、彼女と目が合う──そして思わずワタシは、その口が開かれるまえに、うっかりフライングで、息を呑んでしまった。
「──疲れなんて、ありませんよ? むしろ……『お披露目』以来、とっても気分が良いんです。シャドー家の、ほんとうの素晴らしさを……強く、感じました。だから──アンジュも、シャドー家のために、頑張りましょう? 余計なことは、考えないで……素晴らしいシャドー家のために、働きましょう? 素晴らしいシャドー家に仕える、幸せな道具として……頑張って、働きましょう? そうしたら……『顔』に変わった名付けをしたマヤ様も、変わった名を付けられたアンジュも──きっと、認めてもらえます」
隣から、息を呑む音が聞こえてきた。
自身の記憶の中とは明らかに違いすぎる、何かに取り憑かれてしまったような友人を目の当たりにし、悲鳴を上げなかっただけで満点だとワタシは思う。アンジュはもとより、悲鳴を上げるようなタイプではないけれどね。
先ほど、ベラのことを『中身は他の誰かなのでは』と思ったが──ラヴィに関しても、全く同じ感想を抱くこととなった。
否、同じでは済まない──より強く、そう感じた。
しかも、彼女の中身は量産型である。シャドーハウスが求める生き人形像のテンプレート。
ベラは、ずっと意識が曖昧で、確かにそこに、その奥の奥にベラ自身はいるのに、見えない壁か霧か何かに邪魔されているかのようだったけれど──ラヴィのほうは、ラヴィ自身がまったく見えてこない。
彼女の個性も魂も、透明化してしまったかのように。
もしくは、べたべたに汚されて、何者かの都合の良い色に塗り替えられたかのように。
──ラヴィの口角は、上がっていた。
けれど──その瞳は、エリーが言っていたらしいところの『真っ黒に塗り潰されているよう』で、目が合っただけで息を呑んでしまうほどだった。
「……アンジュが感じた違和は、正しかったね」
「え?」
愛を控えめに閉じこめたような瞳をまんまるにして、こちらに顔を向けるアンジュ。
びっくりした顔を見ることは少なくないけれど、恐怖の混じった表情は初めて見た──それすら美しいのは字義通り彼女の美点だけれど、それを愛でるような趣味を、ワタシは持ち合わせていない。美しい顔貌は、輝かしい笑顔を浮かべるべきというのが、ワタシの指向である。
「エリザベスは──嘘の真相を教えてくれたみたいだね」
ベラとラヴィの異変は──明らかに、疲労や疲弊は無関係なものだ。
これは、本人達がそう申告しているから、というだけではない。
例えば、ほんとうに『お披露目』で数日間引きずるほど体力も精神力も使い尽くしてしまったとしよう。
けれど──だからと言って、シャドー家への忠誠心が、こんなにも根深くなることはない。
忠誠心──どころか、これはもう、信仰だ。
いっそ、執着の域──もしくは、思想を、思考を操られているとしか思えない。
アンジュにしか聞こえない声量で──せめてラヴィにだけは聞こえないように声をひそめて、ワタシは続ける。
「同じ症状になっている人数があまりにも多いことから、原因は、全員に共通している『お披露目』後のパーティにあると考えられる。けれど、同じ会場にいたはずなのに、ワタシ達は二人のようにはなっていない──となると、変わってしまったシャドーや生き人形のほうが、『何かをした』のだろう。ワタシ達がしなかった、何かを」
ワタシ達は、暴かなければならない。
歪に破壊され、狂気に染まった世界の元凶を。
壊れることのなかった自分達の要因を。
それが例え、どんなに絡まっていたとしても──必ず、解いてみせる。
これ以上、誰の心も殺さないために。
変えられなかった過去を悔やむのではなく、これからの未来を変えるために。
幸い、ワタシは孤独ではない。
最愛の天使が隣にいてくれたなら──きっと、何だってできるはずだ。
「鮮明に思い出してみよう、アンジュ──あの日、みんなは『何』をしていた?」
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𝒍𝒚𝒓𝒊𝒄𝒔
🕊教えて 教えてよ その仕組みを
🥀僕の中に誰がいるの?
🎩壊れた 壊れたよ この世界で
⏳君が笑う 何も見えずに
⏳壊れた僕なんてさ 息を止めて
🕊ほどけない もう ほどけないよ 真実さえ freeze
⏳壊せる 🕊壊せない
🥀狂える 🎩狂えない
🎩あなたを見つけて 揺れた
🪞歪んだ世界にだんだん僕は
透き通って見えなくなって
🥀見つけないで 僕のことを 見つめないで
🎩🕊誰かが描いた世界の中で
あなたを傷つけたくはないよ
🥀⏳覚えていて 僕のことを?
🥀鮮やかなまま
𝑪𝒂𝒔𝒕
🥀ベラトリクス(cv.あかりん)
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⏳ラヴィ(cv.木綿とーふ)
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🎩マヤ(cv.はいねこ)
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🕊アンジュ(cv.春野🦔)
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𝑻𝒂𝒈
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