ユーベルコード
₊*̥𝙰𝚜𝚝𝚛𝚊𝚎𝚊☪︎₊*˚
ユーベルコード
- 54
- 10
- 0
__𝕆𝕟 𝕥𝕙𝕖 𝕟𝕚𝕘𝕙𝕥 𝕨𝕙𝕖𝕟 𝕥𝕙𝕖 𝕓𝕝𝕠𝕠𝕞𝕚𝕟𝕘 𝕞𝕠𝕦𝕣𝕟𝕚𝕟𝕘 𝕗𝕖𝕝𝕝.✩₊*˚
₊*̥┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈☪︎₊*˚
微かな茜色を残した空気が揺らめき、世界から四人の少女が消える。
夜の帳が下りて、星巫女達が聖なる世界へと呼び出される。
星空の光に包まれた星天界に降り立って、まず初めに感じたのは錆び付いた鉄の匂いだった。息を止めても感じられるほどの、強い死の匂い。
初めて来た時は煌々と夜の灯りを映し出していた澄んだ床は、紅色に濡れて汚れてくすんでしまっている。
神様を宿した少女達が、殺し合った跡。神聖とされる空間にはあまりにも相応しくない、目を覆いたくなるほどの凄惨な光景。
繰り広げられた残酷劇の終焉が、今も色濃く星天界に残されていた。
儀式場の冷たい床には、四人の少女達が倒れていた。
獅子座の柊葉。牡牛座の叶夜。射手座の刹那。そして、蟹座の紅愛。同じ星巫女に殺された四人の少女達は、星の光を受けて静かに眠り続けていた。
柊葉が命を落としてから数日が経過しているが、彼女の亡骸が傷んでいる様子はない。星巫女の身体は神様を宿す入れ物だからだろうか。それとも、ここが星天界だからだろうか。
柊葉、叶夜、紅愛の三人を殺した拳銃は、まだ床に転がったままになっていた。最後にこれに触れたのは藍空だった。元の世界に帰る前に、気付かないうちに手放していたのだろう。
刹那を殺したいと強く願った叶夜が、手に入れたもの。結果的には叶夜自身をも殺したもの。
指先が冷たい塊に触れ、吐き気が込み上げた。目の前の鉄の塊と同じものが喉元に詰まっているような感覚を覚える。ずしりと重いそれから手を離して、何度か深い呼吸を繰り返した。星天界の纏う濃い血の匂いが、昨夜の記憶を引き戻す。目を閉じると再上映される惨劇に気が狂いそうで、だけど目を開けたところで眼前の星天界には生々しく死の影が差している。
気付けば二度と触れたくないと願っていたはずの拳銃に、再び手を伸ばしていた。簡単に人を殺せる、黒い金属の塊。藍空はこれを使って紅愛を殺した。自分の意思で、紅愛を殺すために引き金を引いた。拳銃を拾い上げた手が、小刻みに震えている。
夜が明けて、藍空は元の世界へと強制的に戻された。だが、紅愛が帰ってくることはなかった。
夜明けの瞬間まで、冷たくなった手を握っていた。そうすれば目を覚ましてくれそうな気がした。これは悪い夢で、夜が明ければ何事もなかったように、隣に紅愛が立ってくれているような気がした。
だけど、そんな都合の良い夢は呆気なく崩れ去った。当然だった。藍空が紅愛を殺したのは、変えられない現実なのだから。
命を落とした星巫女は、二度と元の世界へは帰れない。亡骸さえ現実世界に帰ってくることはない。星天界の地下で、誰にも知られることなく眠り続ける。神様の器だった星巫女は、死ぬことで現実から切り離される。一種の神様になるのだ。
それでもまだ、現実世界のどこかに紅愛がいるような気がした。
死んだなんて嘘だ、そう思いたかった。何度もそう言い聞かせようとした。だけど、出来なかった。一欠片の嘘を紡ぐ声ですら藍空の喉からは漏れないのに、どうして脳を騙すことが出来ようか。
紅愛を殺した時の感覚が、冷たくなっていく手が、力無く垂れ下がった四肢が。今も藍空の五感すべてに焼き付いて離れない。紅愛の死を、痛いくらいに刻み付けている。
紅愛が死んだのは、藍空のせいだった。藍空がこの手で直接殺した、それだけではない。紅愛があれほどまでに追い詰められたのは、藍空のせいだった。藍空が、紅愛を理解しようとしなかったせいだった。伸ばされかけた手を拒んだせいだった。
藍空が藍空でなかったら、きっと紅愛を救えていたはずだった。藍空がもしくだらない意地も情けない臆病も抱えていない人間だったなら、紅愛があんな風に死ぬことはなかった。
紅愛のことはただの他人だと割り切ろうとしたはずなのに。人の死には慣れている、なんて嘯いていたはずなのに。
藍空の頭を占めるのは真っ黒な後悔ばかりだった。濁った後悔と懺悔が渦を巻いて、藍空の脳を飲み込んでいく。
感情を嫌おうとして出来なかった、矛盾だらけの思考回路。あまりに汚いそれを自重しようとして失敗し、歪んだ口元を涙が伝った。拾い上げたピストルを、強く強く握りしめる。吐き気が込み上げる。それでも手を離さなかった。
銃口を自分自身に向けて、もう一度引き金を引けば。それだけで、簡単に藍空は死ぬ。いとも容易く自分の命を終わらせることが出来る。
死にたいわけではなかった。藍空がここで死ねば、紅愛の命への冒涜だとも思った。それでも、生きていたいと思えなくなった。
もし昨日に戻れたら、藍空は正解の選択肢を選べるのだろうか。藍空には無理だ、きっと。些細な軌道修正なんて意味をなさない。藍空が紅愛と出会ってしまったこと自体が間違いなのだろう。
少しの間一緒に生活していただけの他人だ。藍空の中の理性擬きがそう告げる。別れも、死も、慣れてしまったはずだろう、と。
それなら、頬を伝っていく涙はどう言い訳すれば良いのだろう。
理知的にあろうとした。感情を捨てようと思った。傷付きたくなかったから。捨てられたくなかったから。損得勘定で動いていれば、傷付くことはない思っていた。
だけど違った。どう足掻いても、感情を捨て去ることは出来なかった。藍空が必死に縋ろうとした理性擬きは、酷く脆い張りぼてだった。理性なんかじゃない、ただの自己防衛のための意地だった。
「藍空さん……っ!!」
扉が開かれる乱暴な音に、意識が引き戻される。背後にある儀式場へと続く扉の方から、不安定な足音が駆け寄ってくる。星巫女に与えられた靴が鳴る音。
その音を耳にして、紅愛だろうか、なんてことを思ってしまった。人との関わりを閉ざしている藍空にわざわざ駆け寄ってくる存在なんて、紅愛くらいしかいなかったから。
紅愛であるはずがないのに。彼女は今も、藍空の目の前で倒れている。二度とその瞳が開くことはない。二度と彼女が足音を立てることはない。あるはずのない期待ごと殺すように唇を噛み締めると、微かな血の味が滲んだ。
音のした方をゆっくりと振り返る。駆け寄ってきたのは、星巫女の一人──雪涙だった。
「死んじゃ、駄目です……!」
今にも消えそうな叫び声だった。消えかけた声の残滓を掻き集めて、ようやく発したような声。頼りなくて、すぐに散って離れて消えてしまいそうで。それでも雪涙は、必死に叫んでいた。
「私も……私も、死にたいって思いました。灯莉がいなくなった日。灯莉が死んだ日、私も星天界にいて……私のせいで灯莉が死んだんだって思って、それで……!」
今にも泣き出しそうな顔で、喉を震わせて。一滴も涙を零すことなく、雪涙は続けた。強く握りしめた両手は、藍空にもはっきり分かるほどに震えていた。
「それでも、灯莉が助けてくれた命だから、生きないとって。きっと灯莉はそれを望んでるはずだって。紅愛さんも、きっと同じです。紅愛さんは、藍空さんに生きて欲しいって、そう思ってるはずです……!」
掠れた小さな叫び声だけが、星天界の下に響いた。藍空に向かって、真っ直ぐ訴えかけるためだけの言葉。藍空の大嫌いな、綺麗ごとじみた言葉。だけどくだらないと耳を塞ぐには、雪涙の声は傷付きすぎていた。
固く握りしめていたはずの右手から力が抜け、藍空の手を離れたピストルが落下して床に転がった。その乾いた音に、雪涙がどうして駆け寄ってきたのかをようやく理解する。ピストルを手にして一人立ち尽くす藍空が、自殺しようとしているかのように見えたのだろう。
「……分かってます、そんなこと」
零れ落ちたのは、酷く無感情な声だった。渾然とした思考が巡り続ける藍空の脳内から、切り離されて存在しているような言葉だった。
ピストルを拾うことなく、藍空は紅愛の身体を抱え上げた。力の入らない手足が、だらりと垂れ下がる。死の象徴だった。僅かに触れたその手は冷たくて、作り物のようだった。
紅愛が死んだことを受け入れられなかったのに、信じられなかったのに。こうして冷たくなった身体に触れると、昨日まで彼女がここで生きていたことを疑いそうになってしまう。彼女が息をしていた証拠を探したくなってしまう。そのことが、どうしようもなく悲しかった。
儀式場には、未だ四人分の亡骸が残ったままになっていた。
今まで星巫女達の亡骸がいつの間にか消えていたのは、誰かが──おそらくは刹那が、霊安室まで運んでいたのだろう。刹那亡き今、誰かがその役目を果たさなければならない。そしてそれに相応しいのは、きっと藍空だった。
開かれたままの儀式場の扉を抜ける。現実世界の茹だるような暑さが嘘のように、星天界の空気は澄み渡っていた。
抱えた紅愛の身体は、やはり作り物のように軽かった。
階段を降りようと足を踏み出し、そこで一人の星巫女と目が合う。牡牛座の祈鈴。戸惑ったように桜色が揺れ、すぐに目が逸らされた。声をかけようかどうか、迷っているようにも見えた。
「どこへ、行くんですか」
結局何も言葉を交わすことなくすれ違った、その数瞬の後。迷った末に訊ねずにはいられなかったのだろう、静かに後ろからそう声をかけられた。立ち位置が入れ替わったせいで、藍空が見上げる形になる。告げられた言葉は、どこか怯えた声音をしていた。その声に、霊安室のことを刹那から知らされていたのは一部の星巫女だけなのだろう、と理解する。彼女は積極的に他の星巫女と情報を共有しようとはしていなかった。
「星天界の地下に、霊安室があるんです」
その言葉を聞くや否や、祈鈴の瞳が大きく見開かれた。藍空の推測は、どうやら当たっていたらしい。祈鈴は霊安室のことを聞かされていなかったのだ。
「霊安、室」
情報を共有すべきだろうか。霊安室の存在を明かした時点で今更な逡巡。しばらく黙り込んだ末に、藍空は口を開いた。
「以前刹那さんに、聞いていたんです。星巫女の遺体を安置するための場所があると」
「……それ、って」
震えた祈鈴の唇は、それきり虚しく空気だけを吐き出した。思考が追いついていないのか、それとも衝撃で声を失ったのか。
どうして自分には知らされていなかったのだろう。自分達より前の代の星巫女も、そこにいるかもしれないのか。そもそも、星巫女は死ぬ前提で選ばれているのか。咲羽達、亡くなった星巫女はみんなそこにいるのか。数多の疑問が祈鈴の中を駆け巡るのが、手に取るように分かった。かつての藍空と同じだった。
「他の星巫女を、呼んできてもらえますか」
彼女とだけ話をしても埒が明かない。これ以上情報を伏せる意味はないだろう。おそらく霊安室の存在を知っているのは藍空だけだ。藍空もいつ命を落とすか分からない身なのだから、手遅れになる前に出来る限りの情報は伝えておかなければならない。
有無を言わせない口調でそう言い切ると、混乱するように祈鈴の瞳が揺らいだ。藍空を疑っているようでもあった。それでも立ち止まっているわけにはいかないと思ったのだろう。すぐに小さく頷くと、危なっかしい足取りで駆け出した。
地下の霊安室へと続く、隠し扉の前。一見ただの壁に見える場所の奥には、古い階段が続いていた。一段と冷えた空気が閉じ込められている。
儀式場と同じ匂いのする錆び付いた階段を、四人の星巫女が列をなして降りていた。
四人。現在生き残っている星巫女の数。十三人もいた星巫女は、今ではたったの四人になっていた。
任期が終わる頃には何人にまで減っているのだろう、なんて無駄に冷静な思考が巡る。
「死んだ星巫女は、ここに眠っているらしいです。おそらく、今までは刹那さんが運んできたのだと思います」
冷たく狭い空間に、自分の声だけがくっきりと響いた。こんな風に他の星巫女の前で話したのは初めてかもしれなかった。
所狭しと扉だけが並べられた、異様な空間。いくつかの扉には宝石が嵌め込まれている。亡くなった星巫女の数だった。
蟹座の扉を探し、衣装に付けられていた彼女の心鍵を手に取って扉に嵌め込む。文字通り、心鍵が扉を開く鍵になっているらしい。閉じられた扉が、ゆっくりと開いていく。
持ち主の心が世界から消えてしまってから、ようやく鍵としての役目を果たす。読んで字のごとく、心であり鍵であるというわけだった。
扉を開けた先にあったのは、真っ白な棺桶だった。花も何も詰められていない、冷たい金属に仕切られただけの無機質な空間。
死んだ星巫女は、こんな場所に一人ぼっちで眠らなければならないのか。心の底が冷えていく。それでも藍空にはどうすることも出来なくて、そっと棺桶の中に紅愛を寝かせた。
藍空はまた、彼女を一人ぼっちにしてしまった。
「ここに、灯莉もいる……?」
おずおずと、雪涙が切り出した。泣きそうな表情をして、祈鈴も藍空のことを見つめている。璃星だけが、興味が無いように茫洋とした視線を虚空に投げかけていた。何もないように見えているのは藍空だけで、璃星には誰かが見えている。そんな風にも見える瞳だった。彼女の片割れも、ここで眠っているはずなのに。
「亡くなった星巫女はおそらく、全員がここにいるはずです」
静かに頷いて、雪涙の言葉を首肯する。告げたその言葉に糸を切られたように、しゃくりあげるような嗚咽が場を揺らした。俯きがちだった顔を上げると、祈鈴が肩を震わせて涙を流していた。
「どうして……どうしてっ……!」
藍空の心を代弁するような、悲痛な叫び声だった。扉に囲まれた狭い空間に、彼女の泣き声だけが反響する。
どうして、どうして。ただただそれだけを繰り返す彼女の声が、痛くて耳を塞ぎたくなる。頬に濡れた感触がして右手で拭うと、雫が伝っていた。
どうして、なんて聞きたいのは藍空も同じだった。きっと星巫女全員の言葉だろう。残された星巫女も、死んでいった星巫女も。誰もがきっと、同じことを思っていた。
星の光の届かない地下で、命を落とした星巫女達が眠る場所で。
誰にも届かない星巫女の叫び声だけが、薄暗い死者の空間に灯った。
₊*̥┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈☪︎₊*˚
✯𝕃𝕪𝕣𝕚𝕔✯
☔️息を絶つ誰かが 遥か空に手を伸ばす
⚡️見上げた昏い星が夙に滅びていることも知らず
⚜️嗚呼 流れる血の色も鼓動の音も
🔥生きてるあなたを彩る 命を紡いで
☔『m'aider』
☔🔥⚡⚜️この世を滅ぼす愛で
芽生えた想いを終わらせて
咲いた悼みが散った夜に
心なんていらないと哭いた
⚡️⚜️0と1の狭間に鎖された現実に堕ちながら
☔️🔥残酷なまでに美しい世界を見た
✯ℂ𝕒𝕤𝕥✯
♉︎Taurus #星巫女_叶夜
☔️叶夜(cv.碧海)
https://nana-music.com/users/5927253
♋︎Cancer #星巫女_紅愛
🔥紅愛(cv.未蕾柚乃)
https://nana-music.com/users/2036934
♌︎Leo #星巫女_柊葉
⚡️柊葉(cv.希咲妃)
https://nana-music.com/users/8069295
♐︎Sagittarius #星巫女_刹那
⚜️刹那(cv.ハナムラ)
https://nana-music.com/users/8640965
₊*̥素敵な伴奏をありがとうございました☪︎₊*˚
➴ だんご様
✯𝕋𝕒𝕘✯
#Astraea #星巫女
Comment
No Comments Yet.