秒針を噛む
Sooty House - Girl in the mirror -
秒針を噛む
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【 形のない言葉は いらないから 】
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「エリザベスのところに?」
「はい」
マヤ様は、不思議そうに首を傾げた。アンジュと同じ質の長髪が、重力に従ってゆらりと流れる。
綺麗な肌が荒れてしまうよ、と、アンジュのようなただの生き人形の皮膚をも慮ってくださる(膚と慮、意外と似てる)やさしいマヤ様に、うなじのあたりについていたすすをやさしく取っていただいた、その直後。
相変わらずへたっぴな説明しかできないアンジュに、不愉快そうに訝しむようなこともなく、ただただ不思議そうに、マヤ様は復唱した。
「エリーと一緒に、このあと、行こうと思っていて」
マヤ様は、やっぱりちっともすすを出さない。
ベラ様なんかは、いつのまにか部屋の壁に大量のすすがこびりついているらしいし、『お披露目』では強い不安を感じてたくさんすすを出されていたのに。
アンジュの語り口が要領を得ないことを誰よりも何よりも知っているにもかかわらず、身をもって体験しているにもかかわらず、まったく不快感を覚えないでくれている。
そのことに胸があたたかくなるのを感じながら、今はそんな場合じゃないと首を横に振る。ちょっとでも要領を得てもらえるよう、頑張らなくちゃ。
「実は、ラヴィとミアの様子がおかしくて……そしたらエリーが、『エリザベスなら何か知ってるかも』と言い出して──」
「エリザベス、って……『お披露目』の試験官だった、あの生き人形?」
否。正確には──正確に言うとすれば、ちょっと違ったっけ?
ただの生き人形じゃなくって、特別な生き人形とかなんとか……うーんと……、……。
とにかく、アンジュ達とは明確に違う生き人形。
「はい、そうです!」
こちらの曖昧な想起もつゆしらず、エリーは元気な囁き声(器用だ)とともに首肯する。
その溌剌さと爛漫さは素敵だし、羨望すら覚えてしまうのだけど──けど。
「どうして、エリザベスなの?」
彼女の殊勝っぷりを否定するような形になってしまうことに申し訳なさを感じつつ、すなおに自分の意見を述べる。
「たしかに、アンジュ達よりも長い時間シャドー家に仕えているのだから、何か知っているかもしれないけれど……ちゃんと、取り合ってくれるかしら」
何かシャドー家についてわからないことがあった際、上の生き人形に頼る、というのは正しい。となると、確かに、星つきのミアがあんな状態である以上、あとはもう試験官だったエリザベスしか当てはない。
けれど──そんな消去法で登場する人物が、協力してくれるとは限らないんじゃないかしら。
すぐに謝罪だけ返されて、押しきられて、なあなあにされてしまうかも。
真実なんて、知れないかも。正解なんて、一個も得られないかも。
そんなアンジュに、エリーは「あ、えっと」と、慌てた様子で口を開く。
「『お披露目』の後のパーティで、アリス様とエリーは、言われたんです。『何か困ったらいつでも相談してね』、と」
正確には、言われたのではなく、カップの底にすすでそう書かれていただけなんですが──なんて注釈しながら、説明された。
その説明に、アンジュは──つい、首をひねる。
……どういうこと?
あのパーティのとき、アンジュは疲れて体調を崩してしまっていた。
そんなアンジュを気づかってくださったマヤ様は、できるだけ人の少ないところで、少人数のシャドーと挨拶程度の交流に留めてくださったのだけれど──その言葉を交わしたメンバーに、エリザベスは含まれていない。
というか、あのとき、エリザベスのことは見かけていないし、『お披露目』以来コンタクトもとっていない。
注視していたわけではないし、もともと注視なんかしないし、もしかしたらマヤ様個人とは何かあったかもしれないけれど──少なくとも、アンジュは知らない。
「──あれ?」
こっちの反応を見て気づいたのか、エリーも首をひねった。アンジュと同じように。
「マヤ様とアンジュは、言われてないんですか?」
「ええ」
今度は、アンジュが頷く番だった。
「そんな不思議なことがあったら、忘れたりしないわ。『お披露目』以来、エリザベスとは会ってない──少なくとも、アンジュは知らない」
真摯に語っているのが伝わったのか──もともと、誰かが嘘をついてるかも、なんて思う子ではないけれど──疑うことなく、「あれれ……?」と、さらに顔を傾けるエリー。その角度は、戻らないどころか、床と並行になってしまいそうな勢いで。
「とりあえず」
だから、話を区切ることにした。これ以上、アンジュ達だけで論争しても、埒があかない。きっと、無駄。
アリス様とエリーにだけそんなメッセージを残したのは、なんで? って思うところではあるけど……エリーは、本気みたいだから。
なら──アンジュは、そんなエリーを信じる。
エリザベスのことはわからないけれど──でも、エリーのことなら、知ってるから。
「お掃除が終わったら、一度部屋に戻って、お互いに報告して……それから、エリザベスの部屋に行こう」
「……なるほど……」
黒く細長い手指が曲げられ、その拳が顎の下へ移動していく。シャドーのその外見の特質上、そうされると、もう、手と顔の境界線は、ぱっと見ただけではよくわからなくなってしまう。
長かったけど、今ので回想終了。……マヤ様に、ちゃんと伝わったかしら。
沈黙、停滞。秒針の規則正しい音だけが、止まらずに進んでいく。
マヤ様は、アンジュのことを、とても大事にしてくれているから……とっても、心配なんだと思う。
アンジュのことを心配して、いろんなことを──アンジュには想像できないぐらい、いろんなことを考えてくださっているのを、肌で感じるもの。
そして、マヤ様は顔を上げた。アンジュにとっては長い静寂だったけれど、実際は、秒針は半周もしていなかった。
「わかった」
マヤ様が、ふっと微笑んだ──気がする。
少なくとも、そういう『顔』をしなきゃ、と思った。
それは、アンジュが頬がゆるむぐらい嬉しかったから、勝手にそう感じとっただけかもしれないけれど──マヤ様の声色は、やわらかくて、やさしくて。
「エリーが行くなら、アリスも来るだろうから……きっと、大丈夫だろう」
アンジュの心をあったかく包むように、マヤ様は言う。
「気をつけていっておいで、アンジュ」
「……はい!」
◇◇◇
ところ変わって、エリザベスの部屋前。
マヤ様の言ったとおり、アリス様はほんとうにエリーについてきた──この表現が正しいのかは、わからないけれど──経緯も知らないけれど。
アリス様が、コンコンコン、と、丁寧にノックする。すぐに、マヤ様の部屋よりも豪華な扉の奥から、「どうぞ」と、少しだけ久しぶりに聞く少女の声が返ってきた。
エリーがその高級そうなドアを開けて、アリス様が上品な足取りで中へ入っていく。エリーがそのまま待ってくれたから、アンジュも部屋の中へ足を踏み入れる。
そこにいたのは──エリザベスだけでは、なかった。
細い三つ編みが二本紛れているであろう、不揃いにうねった肩にかかる髪──その真っ黒なシルエットのなかに、小さなリボンがひとつ、浮かんで見える。
胸元には目を引くけれど派手ではない赤い宝石、お淑やかな空色に映えるふたつの桃色のリボン、両手首と膝をそれぞれ隠す大きく広がったプリーツ。
その先客の正体は──ミラ様だった。
「いらっしゃい」
「…………。……そういうことね、わかった」
はぁ、と。
エリザベスが、その黒がかった双眸を細めるのとほぼ同時に、ミラ様のほうから、ため息が聞こえてきた。
『顔』がいないので、その顔はわからない──『顔』が、いない?
『顔』──ミアが、いない。
ミラ様が、いらっしゃるのに?
なのに、それなのに──ミアがいない?
『お披露目』のとき、あんなに「二人で一つ」を強調し、恍惚とし、もはや固執していたミラ様が──ひとりで、行動なさっている?
……びっくり、した。
ミラ様のことなんてほとんど知らないから、あの日あの時あの一瞬が強く焼きついていいるから──ミラ様が、ミアと一緒にいないことなんて、ありえないものなのだと勝手に思っていたから──だから、かなり動揺してしまった。しまっている。
……もしかして、ミアが『あんな』だから?
いつも通りのミアじゃないから、ミラ様とミアが一緒でも『完璧』になれなくて、それで……?
それなら──ラヴィは『あんな』だけど……あんな状態に、なってしまっているけれど。
ベラ様は、どうなのかしら?
「あ……ごめんなさい。何か話している途中だったかしら?」
「いいえ」
先頭に立っていたアリス様が、申し訳なさそうに眉を下げた『顔』でそう言った──各々の部屋の外だから、当然、エリーは『顔』として振る舞っている。
しかし、そんなアリス様への返答は──ミラ様の返しは、『お披露目』のときと同じく、不機嫌そうに聞こえた。……『顔』がいないから、声でしか判断できないけれど。
「もういい。貴方達がいたら、何にも話せないもの。だから、今日は此処には戻らない。日を改めさせてもらうわ」
そう語りながら、アンジュ達のほうへ近づいてくる──もとい、扉のほうへ向かうミラ様。
その所作のひとつひとつは──なぜかしら。
なんだか──すごく、頼りなく感じる。
まるで、身体の動かし方に自信が持てなくて、不安がってるみたい。
顔の上げ方は、腕の振り方は、手の形は、地面の踏みしめ方は、脚の曲げ方は、ほんとうにこれで正しいのかしら。
そんな心が聞こえてきそうなぐらい、不安定に震えていて。
「それじゃあ、失礼するわ」
と。
扉のすぐそばにいるアンジュの横を通り過ぎたミラ様は、最後まで覇気のない声色で挨拶し、退室なさった。……大丈夫かしら。
「……さて──ほんとうは、星つきではない貴方達は、『おじい様と共にある棟』と『こどもたちの棟』を行き来する権利を持っていないから、ここに来てはいけないのだけれど……特別に、黙っててあげるわね」
決して高圧的ではない、柔らかく和やかな微笑。
それは、『お披露目』のときと同じもので、少しも変わらなくて、こちらの緊張した心を、ちょっとだけ溶かしてくれるような気がした。
「アリスとエリー、それからアンジュ。一体、どうしたのかしら?」
「相談があるの」
そう答えたのは、もちろんアリス様。
その『顔』は、ほんの少しだけ心配そうに、けれど真っ直ぐと冷静に前を──否、斜め上を見据えている。見上げている。
「『何か困ったらいつでも相談してね』と言ってくれたのは、あなたでしょう? アリス、困ったの。うちの『顔』が困っているのよ。嘘は必要ないから、今からする質問に、ちゃんと答えてほしいの」
「ふふっ……頼ってくれてうれしいわ。それで一体、何が聞きたいの?」
正確には、言ったのではなく、カップの底にすすでそう書いたのだけどね──なんて注釈を交えながら笑うエリザべス。それ、さっきも聞いた。
笑い声に、茶化すようなニュアンスはない。どころか、真剣に話そうとするあまりピリピリと張りつめていく空気をほどよくゆるめるかのような、こちらのリラックスを誘うような、そんな心地よさがあった。
アリス様は、そのあまりの穏やかさにちょっぴり驚いたように瞠目されてから、その『顔』を引き締めなおし、『相談』する。
「屋敷中の生き人形の様子が、おかしいらしいの……あなたなら、何か知っているんじゃないかしら?」
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𝒍𝒚𝒓𝒊𝒄𝒔
🎀生活の偽造 いつも通り 通り過ぎて
1回言った「わかった。」戻らない
🎩確信犯でしょ? 夕食中に泣いた後
君は笑ってた
🥀「私もそうだよ。」って
偽りの気持ち合算して
吐いて 黙って ずっと溜まってく
👑何が何でも
面と向かって「さよなら」
する資格もないまま 僕は
👑🎀灰に潜り 秒針を噛み
🥀🎩白昼夢の中で ガンガン砕いた
👑🎀でも壊れない 止まってくれない
🥀🎩「本当」を知らないまま 進むのさ
🪞このまま奪って 隠して 忘れたい
分かり合う○ 1つもなくても
会って「ごめん。」って返さないでね
形のない言葉は いらないから
𝑪𝒂𝒔𝒕
🥀ベラトリクス(cv.あかりん)
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🎩マヤ(cv.はいねこ)
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🎀ミラ(cv.朔)
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👑エリザベス(cv.nagi)
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𝑻𝒂𝒈
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