ビターチョコデコレーション
Sooty House - Girl in the mirror -
ビターチョコデコレーション
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【 明日もきっとこの先も 】
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「よしっ。それではアリス様、行ってきますね!」
「あぁ……今日は、外の掃除の日だったかしら」
「はい! 『お披露目』を終えてから──つまり、正式にアリス様の『顔』になってから、初めての外の掃除です! ラヴィとアンジュとミアに会うのも『お披露目』以来なので、とっても楽しみです! 何を話そうかなぁ……『お披露目』のときは、生き人形どうしは全然おはなしできなかったから、まずは『お披露目』おつかれさまとおめでとう、でしょうか? あ、お影様についてもおはなししたいなぁ……えへへっ、早く会いたいです! 『お披露目』を一緒に乗り越えたからか、もっともっと仲良くなれる気がするんですよね!」
「……エリー」
「はい! どうかしましたか、アリス様?」
「……いいえ。何でもないわ。いってらっしゃい」
「はい! いってきます!」
バタン、と。
ゆるやかなウェーブを描きながら伸びた金髪を扉に挟んでしまうことなく、いつもどおり愛らしく花を咲かせたエリーは、元気に部屋を出ていった。
残されたアリスは、紅茶のカップを傾ける。淹れてもらったばかりの、紅茶のカップを。
纏わりつき、舌を溶かさんとする感触に、喉と鼻の奥を刺激するような甘ったるさに身を委ねれば、不思議と心が落ち着いていく気がして。
とっ散らかった不要な部分が削ぎ落とされて、洗練されて、すっきりしていく気がして。
まるで、掃除をされてるみたいだ。
これはエリーが淹れてくれた紅茶だから、この部屋みたいに、エリーがアリスの頭を掃除してくれているのかも、なんて。
冗談を言う──考える余裕ができたところで、液体を丁寧に飲みくだし、空っぽの口から、ふぅ、と息を吐いた。
『ラヴィとアンジュとミアに会うのもとっても楽しみ』
『もっともっと仲良くなれる気がする』
先ほど告げられたばかりの、楽しげに口にされたばかりの、まだ部屋に反響している気がする、エリーの言葉達。
気にしないと決めたのに、また、引っかかってしまった──そして、あろうことか、エリーに直接、何か言おうとしてしまった。
気にしないと──気にする必要はないと、結論づけたのに。
生き人形は、シャドーの『顔』としてのみ存在する。
余計なことを考えるのは、シャドーに対する反抗である。
どんなことがあっても、シャドーに忠誠を誓うべきである。
シャドーが、当たり前に教えられている、教えこまれている、生き人形の大前提。
当然アリスも、アリスの意識にも、これらはじゅうぶんにすりこまれていて──だから、エリーのセリフに、また、引っかかってしまった。
と、いうのも。
生き人形どうしが仲良くする必要などなく。
それは、『余計なこと』に値するのだ。
初めて外の掃除に行った日からそうだった。
エリーは、同期の生き人形と仲良くしているという話をしていた。仲良くしたいという話をしていた。ずっとしていた。
そのとき、アリスは。
すこしだけ、不安を覚えてしまった。
教えられていたこととちがう。
こんなに素敵な『顔』で笑い、嘘偽りなくアリスを慕ってくれるエリーが、余計なことを考えるなんて。
アリスへの反抗のかけらもないエリーが、余計なことを考えつづけるなんて。
生き人形であるにもかかわらず、余計なことを考えながら、シャドー家への忠誠を両立させるなんて。
エリーがシャドー家へ叛逆するつもりだ、なんてことは、まったく思わなかった。
エリーがアリスを想ってくれる気持ちが本物であることなんて、あたりまえだったから。
エリーは間違いなく、アリスを、シャドー家を、大事に想ってくれている。
けど──だからこそ、不安だった。
シャドー家の教えのとおりに考えれば、エリーは間違いなく異質な生き人形。
余計なことを考えているから、という理由で、『お披露目』に合格できないかもしれない、と。
そうしたら、アリスとエリーは引き離されて、運命は二つに裂けて、二度と会えなくなってしまうかもしれない、と。
そんな不安が、アリスの心を蝕んでいた。虫歯菌が、歯を溶かすみたいに。
けど──その虫歯は、エリーには話さなかった。話したりなんかしなかった。
エリーには、笑顔が一番似合うんだもの。
その笑みを崩さないためには、苦いものにしないためには、それこそ余計なことは言ってはならない──言いたくない、と思ったから。
エリーには、ありのままのエリーでいてほしいから。
咲くべき場所で、咲いてほしいから。
明るく笑って、周りを照らしてほしいから。
歯の痛みなんて気にせず、甘いものでも苦いものでも、食べたいものを食べてほしいから。
そんな不安と祈りを一人で抱えつつ、アリスは『お披露目』に挑んだわけだけれど──こんな不安、ただの杞憂に過ぎなかった。
だって──他のシャドー達は、みんなヘンテコだったんですもの。
ベラも、マヤも、ミラも──みんな、すごく変わっていて。
アリスが想像していたシャドー家の一人としての在り方とは、ずいぶん違っていた。
本の中の不思議な不思議な登場人物よりもスパイスの効いた個性を備えたシャドーばかりだった。
そしてそれは、生き人形にも同じことが言えた。
ラヴィもアンジュもミアも、それぞれがそれぞれのやり方で、『顔』の役目をまっとうしていて。
同じシャドーなんて、同じ生き人形なんて、いなかった。
みんな違って、だけど誰も間違ってなんかいなかった。
ほんとうに安心した。
エリーが、アリスに忠誠を誓っているにもかかわらず余計なことを考えてしまうのは、そういった個体差の範疇でしかなかったにちがいない。
それに、何より──『お披露目』に合格できた事実が、いまさらエリーの言葉を気にしてしまう必要がないことを示している。
もしも、エリーが、アリスが懸念していたような、シャドー家に相応しくない不良品の生き人形だったなら、『お披露目』に合格できなかったはず。
『お披露目』に合格できないかもしれないことが不安だったのだから、もうこれ以上考えすぎなくてもいいのだ。
エリーは、とってもとっても優秀な『顔』なんだから。
エリーはあんなにアリスのことが大好きで、アリスはこんなにエリーのことが大好きなんだから。
なら、それでいい。
気にする必要は、ない。
そう結論づけたアリスは、すっきりした口腔内へ紅茶を注ぎ、引っかかっていたものを、甘ったるさとともに穴へ落とすように腑へ落とした。
◇◇◇
生き人形の部屋から外までの道のりも、すっかり慣れました。
みんなよりも小さくて、そのせいでどうしてもできないことがあって助けてもらうことも多いエリーですが、集合場所まで一人で行くことは、もうばっちり可能です。誰かを追いかけなくっても、会場まで辿り着けます。
もう、お迎えがなくっても、一人で行くことができるのです!
急ぐような時刻ではないはずですが、けれど早くみんなに会いたくって、自然と足が速くなってしまいます。遅刻でもして慌てているみたいに、ついつい走ってしまいます。シャドー家の生き人形としては、ちょっぴりはしたないかもしれません。
でも、一刻だって待てません。
早く、早く会いたい!
前屈みで手足を使って登る階段もすっかり馴染み、初めての頃と比べると何倍もスピーディになりました。
ようやく上りきって、床につながる天井をぱかっと開きます。よいしょ、とアリス様のお部屋の何百倍も広い空間へ足をつければ、ようやくようやく到着です。
そこには既に、たくさんの生き人形が、いつもどおり集まっていました。
どの生き人形も、『お披露目』の後のパーティで見た気がしますし、そうでもないような気がします。あのときは『顔』として振る舞うことに必死で、あまり交流できませんでしたからね。記憶が曖昧です。あやふやです。
班ごとにかたまっている人の群れを、そのかたまりごとに探します──もちろん、同じ班の三人のことを、です。
キョロキョロすること数秒。
すぐに、赤髪と、うさぎさんのような髪を見つけることができました。ミアとラヴィです!
「ミア! ラヴィ! おはようございま──」
仲良くなる基本はあいさつです。
なのでエリーは今日も、アリス様の素敵な『顔』として、満面の笑みで、あいさつを口にしようとしました。
しようと、しました。しようとしただけです。
途中で、中断しました。
してしまいたかったんですが、そうはいかなくなってしまったのです。
思わず、止めてしまいました。やめてしまいました。喉が詰まって、言葉に詰まってしまったのです。残す言葉は「す」だけでしたが。
それは、あぁ、時間的にはもうあんまりおはやくはないかも、なんて、ちょっぴりとぼけたことが頭によぎって、こんにちはと言い直そうとしたから──などではなくて。
原因は、エリーにはなくて。
もっと、べつのところのあって。
べつのところにしかなくて。
ただ。
「おはよう、エリー。今日も、『顔』として余計なことは考えないで、絶対であるシャドーハウスのために、素晴らしいシャドー家のために働きましょう」
「おはようございます、エリー。今日も……素晴らしいシャドー家に仕える、幸せな道具として……頑張って、働きましょう」
二人の、顔が。
いつも一生懸命だった目が、澄んでいた瞳が。
何故か──真っ黒に塗り潰されているように、見えたのです。
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𝒍𝒚𝒓𝒊𝒄𝒔
🪞ビターチョコデコレーション
皆が望む理想に憧れて
⏳ビターチョコデコレーション
個性や情は全部焼き払い
🎗️ビターチョコデコレーション
欲やエゴは殺して土に埋め
💎ビターチョコデコレーション
僕は大人にやっとなったよママ
🪞明日もきっとこの先も
地獄は続く何処までも
嗚呼 だからどうか今だけは
子供の頃の気持ちのままで
一糸まとわずにやってこうぜ
💎「ああ思い出した!あんたあの時の
生真面目そうな…やっぱいいや」
𝑪𝒂𝒔𝒕
💎アリス(cv.りる)
https://nana-music.com/users/5982525
⏳ラヴィ(cv.木綿とーふ)
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🎗ミア(cv.小日向奏乃)
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𝑻𝒂𝒈
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#ビターチョコデコレーション
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