マイ・グラデイション
₊*̥𝙰𝚜𝚝𝚛𝚊𝚎𝚊☪︎₊*˚
マイ・グラデイション
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__𝕃𝕖𝕥'𝕤 𝕕𝕣𝕒𝕨 𝕚𝕟 𝕞𝕪 𝕔𝕠𝕝𝕠𝕣.✩₊*˚
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星巫女としての務めを終えれば、一つだけどんな願いも叶えられる。
教室という狭い箱庭に響いた女子高生を象徴するかのような甲高い笑い声。ちらちらと祈鈴の方へ向けられる視線に、わざとらしく強調される「星巫女」という言葉。
周囲から遠巻きに憐れみと同情を向けられる祈鈴に届くように、わざとらしい声量で飛び交う噂話。
「星巫女になれば、何でも願いを叶えてもらえる」
秘密の噂話なら小さな声で話せばいいだろうに、どうしてわざわざ祈鈴に聞こえるように話すのか。惨めな祈鈴が面白くて、わざとそうしているのだろう。祈鈴もかつては加害者だったから分かる。
一つの何かを貶め笑っていれば、それだけで一体感が生まれる。自分はみんなと同じだ、仲間外れではないと安心出来る。それに、一緒になって誰かを見下していれば、自分が優位に立ったかのような錯覚を覚える。一種の麻薬じみた興奮状態。かつては祈鈴も、嘲笑う立場にいたはずなのに。星巫女になんてならなければ、今もあの場にいられたはずなのに。
誰とも話さないでいると、一人思考だけがぐるぐると巡らされていく。惨めな感情を軸に回る思考なんてろくなものではない。泣きたい感情が増幅されるだけだ。
星巫女になれば、何でも願いが叶う。馬鹿げたおとぎ話だ。星巫女にならなければ、そもそも叶えたい願いも生まれなかったのに。
祈鈴の願いは、たった一つだけだ。この地獄から、一刻も早く解放されること。
祈鈴が星巫女だったという事実自体を無かったことにして、周囲の記憶も自分の記憶も消し去って、祈鈴のあるべき場所に戻ること。みんなと同じ「普通」の位置に立つこと。
星巫女にならなければ、願う必要もなかったことを、今の祈鈴は切実に願っていた。
願ったところで星巫女である任期は変わらず、願いが早く叶えられるというわけではないのだけれど、そもそもその噂が本当だという裏付けもない。
それでも星巫女になってから、そんなことばかりを考え続けている。一種の現実逃避だった。
雑多な色に塗れた教室に、目を塞ぐと笑い声が大きくなって。結局は瞳を閉じることも許されないままに、祈鈴は静かに俯いた。
祈鈴が星巫女に選ばれてから、しばらく経ったある日。
星天界には、三人の星巫女が集められていた。牡牛座の祈鈴と、魚座の咲羽と、蠍座の千歳。
祈鈴に気付くなり、咲羽が嬉しそうに駆け寄ってくる。千歳はいつものように、少し距離を取りつつもその様子を眺め柔らかく微笑んでいる。
見慣れた顔に安堵し、安堵出来る場所がここだけだという事実に嫌気がさした。祈鈴の日常で平穏そのものだった学校は、今では生き地獄と化している。
それでも、共に儀式をするのが叶夜や藍空といった目すらも合わせてくれないような星巫女よりはマシだった。十二星座の星巫女のうち、最もよく話をするのが咲羽と千歳だ。一緒に召喚される頻度も高く、おそらく悪くない関係を築けていると思う。
それに、彼女達との会話によって心を落ち着けている自分もいた。星巫女の召喚が無い日は、家族以外の誰とも言葉を交わさない日もあるから。他の星巫女との会話は、祈鈴にとってまだ自分は普通の人間なのだと実感出来る手立てだった。それを抜きにしても、純真な咲羽と大人びた千歳との会話は新鮮で楽しかった。
「そういえば、祈鈴さんと千歳さんは、聞いたことがありますか? 星巫女の任期が終わったら、何でも願いが叶うそうです!」
いつも通り、星空の下でとりとめもない雑談に興じていた折。咲羽が、不意にそんな言葉を口にした。願いが叶う。その単語に、反射的に身構えてしまう。祈鈴を笑うために口にされた、クラスメイトの噂話と同じ話だった。
まさか、咲羽の口から聞くことになるとは思わなかった。
表情を硬くした祈鈴に気が付いたのだろう、不思議がるように咲羽が首を傾げる。その邪気のない表情に、喉奥に詰めていた息をゆっくりと吐き出した。咲羽には、祈鈴を揶揄しようという気などない。咲羽がそんなことを考えるはずがない。当然のことだった。教室の中の観賞用ケージに閉じ込められて、疑心暗鬼になっていた。何も知らない咲羽に疑いを抱いてしまった自分に、罪悪感が募る。
そんな祈鈴の心情など知らずに、軽やかに歌うように咲羽は言葉を続けた。
「本当かは分からないけど……もしそうなら、すごいことだって思ったんです!」
灰色の瞳に星を散りばめ、咲羽は笑った。周囲に光を散らすような笑顔だった。
「そうね……友達が話しているのを、聞いたことはあるわ」
普段と変わらない穏やかな表情で、千歳が告げる。千歳も、聞いたことがあったのか。それなりに有名な話なのかもしれない。そういえば、自分から星巫女の噂について調べたことはなかった。調べたところで話す相手もいないし、何より嫌なことを思い出すから。
きっと千歳の友人は、彼女を馬鹿にする目的で話を振ったわけではないのだろう。気分を害している様子もない。千歳の表情から分かる。
星巫女になったことで、こんなに辛い思いをしているのはきっと祈鈴だけだ。こんなに惨めな気分で星巫女を務めているのは、選ばれたことを後悔しているのは、きっと祈鈴だけだ。
他の星巫女達にはきっと、素敵な友達がいて、星巫女に選ばれるなんてすごいね、と祝福されているのだろう。集団の異分子になった祈鈴とは違って。それが、羨ましくてたまらない。
だけど、祈鈴が不幸になるのは仕方のないことだった。自業自得で因果応報だった。祈鈴だって、これまでは周囲に合わせて誰かを標的にして、嘲笑って生きてきたのだから。少しのきっかけで的当てのターゲットが切り替わってしまっただけで、そんな環境に身を置いている自分自身が悪かった。
千歳も咲羽も、きっと祈鈴のような人間ではない。誰かを嘲笑して安心を得るような、最低な部類の人間ではない。祈鈴の利己的な生き方と穢れた人間性に、神様が罰を下しているだけの話だ。
そんなことを考えながら、祈鈴は曖昧に頷いた。嫉妬も羨望も自己嫌悪も、二人に知られたくはなかった。
「二人は、星巫女のお務めが終わったら、どんなことを願いたいんですか?」
咲羽の放ったそんな疑問に、隣で聞いていた千歳が小さく息を詰まらせる。それに、祈鈴だけが気付いた。きっと咲羽には分からなかっただろう。常に人の顔色と感情を窺って生きてきた人間しか分からないような、些細な仕草だったから。
不意に言葉に詰まったような、込み上げた何かを飲み込んだような、そんな表情だった。
千歳も、そんな顔をするんだ。素直な感想はそれだった。普段は落ち着いた笑みを浮かべているところしか、見たことがなかったから。
きっと千歳にも千歳の人生があって、彼女なりの苦労がある。少し想像すれば分かりそうなことなのに、それでも祈鈴は千歳を羨んだ。その浅はかさに、苦いものが広がっていく。
「咲羽ちゃんは、どんなことを願いたいの?」
何事もなかったかのように、千歳は咲羽に言葉を返した。その横顔には、すっかりいつも通りの笑みが浮かんでいた。
咲羽の質問には答えずに、咲羽に尋ね返す。自分の願いについて、触れられたくないのだろうか。何か隠していることがあるのだろうか。
些か不自然な話題の切り替え方に、嘘を吐けばよかったのに、と思った。祈鈴と違って綺麗な千歳は、咄嗟に嘘なんてつけないのだろうか、なんて。皮肉じみた考えが浮かんでしまう自分が嫌で仕方ない。
「私は、そうだなあ……私の見ている世界を、キラキラした沢山の音を、もっと色々な人に届けたいです! 色が見えたら、って思うこともあるけど……でも、もし私が色を知っていたら、こんな風に音楽はしてなかったかもしれない、って思うので!」
千歳の違和感に気付いた様子もなく、咲羽が自分の願いを口にする。一片の曇りもない、真っ直ぐで眩しい笑顔だった。
「千歳さんはどうですか?」
何の悪気もなく、咲羽が千歳に質問を返す。はぐらかされそうになった、ということさえ気付いていないのだろう。咲羽はあまりにも素直だった。
千歳が黙り込み、瞼を閉じて考え込む素振りを見せる。しばらくの逡巡の後、小さな声がした。
「大切な人に、好きだと伝えること……」
咲羽の質問に答えるというよりは、自分に言い聞かせるような声だった。吐き出した言葉を、自分で飲み込むためのような言葉だった。
普段と違う千歳の様子に、流石の咲羽も気付いたようで、小さく目を見開いた。困っているのだろうか。
祈鈴自身も、何と言葉を返せば良いのか分からなかった。大切な人に、好きだと伝える。それは、星に願ってまで叶える必要のある願いなのだろうか。そう思ってしまった。
それを言うならば、「普通でいたい」という祈鈴の願いだってきっと、他人が聞けば馬鹿らしいと笑うようなものなのだろうけど。
数瞬の沈黙が流れ、口を開いたのは咲羽だった。
「とっても、素敵な願いだと思います!」
その顔には、いつもの晴れやかな笑みが戻っていた。咲羽は、すごい。何に対しても笑って前向きに受け取って、どんな言葉も肯定出来る。綺麗な世界を見ているんだろうな、と思った。羨望よりも、彼女に汚い世界を見て欲しくない、という思いが勝った。
「祈鈴さんは、どうですか?」
今度は祈鈴に、質問が向けられる。
叶えたいことなんて、決まっている。祈鈴の願いは一つだけだ。
星巫女だったという事実を、無かったことにすること。全ての人からその記憶を消して、普通の生活に戻ること。
だけど、それを咲羽の前で口にするのは憚られた。祈鈴の抱いた願いは、煤けた汚い世界の象徴のように思えたから。
「……まだ、分からないかな。叶えたいこと、あんまり見つからないし……」
結局口をついて出たのは、そんな言葉を濁すような答えだった。こんなこと、教室では絶対に言えない。集団の中でそんな答えを口にすれば、白けた目で見られるに決まっている。
嘘を吐けば良かったのに。さっき千歳に対して思った言葉が、そのまま自分自身へと返ってくる。だけど祈鈴が嘘を吐かなかったのは、綺麗だからではない。空っぽだからだ。
「普通に戻りたい」だなんて後ろ向きなもの以外は、何も願いたいことがない。自分のしたいことを見つけられない。そんな空っぽな自分が虚しくなる。
それを誤魔化すために曖昧に笑うと、咲羽の小さな手が、祈鈴の手を握った。祈鈴の手よりも、ずっと温かい手だった。
「それって、これから沢山叶えたいことを見つけられる、ってことですよね? それじゃあ、祈鈴さんの願いが見つかったら、私に教えて欲しいです!」
祈鈴さんのことが知りたいんです! 白い目の代わりに向けられたのは、そんな無邪気な言葉たち。
どうして、こんな言葉さえも肯定してくれるのだろう。中身のない祈鈴の言葉を、どうしてそんな宝物みたいに扱うのだろう。
今の祈鈴は、何を願いたいのだろう。
咲羽からの問いかけが、現実味を持って祈鈴の中へと潜り込む。
普通に戻りたい。願いなんて、たったそれだけのはずなのに。
それが訳もなく、空っぽで虚しい願いのように思われて寂しくなった。
もしかすると、心のどこかで思っているのかもしれない。こうして咲羽や千歳と話をしたことを、記憶から消したくはないと。
その思いはいつか、願いに変わってくれるのだろうか。
祈鈴がしたいこと。本当の願い。
それが見つかる日なんて、来るのだろうか。
小さな手のぬくもりに触れたまま、祈鈴は遠い夜空を見上げた。
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✯𝕃𝕪𝕣𝕚𝕔✯
🍂「気にしないで…」
下手糞な伴奏みたいな相槌ちは
🎐ひとり頷いて
雲の間に消えてった
☘️気持ち悪いって思われて
安全圏からはみ出せば
🎐裸足で歩いて
行かなきゃいけないから
🍂本当のことなら
もうとっくに
🎐☘️🍂洗い倒して
小さく縮んだけれど
🎐☘️🍂塗りかけてた空のカラーを
やっぱりこれって言えるように
🎐変えたいならば
さあ混ぜてみよう
🍂混ざりかけだけど
意外といいね
🎐☘️🍂忘れかけてた自由な心
グラデイションが滲むように
🎐筆に込めたら
さあ描いてみよう
☘️少し怖いけど
私の色で
🎐☘️🍂ぼんやりでも
見え出した空は
どんな色だろ?
✯ℂ𝕒𝕤𝕥✯
♓︎Pisces #星巫女_咲羽
🎐咲羽(cv.おとの。)
https://nana-music.com/users/7930665
♈︎Aries #星巫女_祈鈴
☘️祈鈴(cv.朔)
https://nana-music.com/users/2793950
♏︎Scorpio #星巫女_千歳
🍂千歳(cv.07)
https://nana-music.com/users/96726
₊*̥素敵な伴奏をありがとうございました☪︎₊*˚
➴ だんご様
✯𝕋𝕒𝕘✯
#Astraea #星巫女
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