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Sooty House - Girl in the mirror -
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【 僕らは何も何もまだ知らぬ 】
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ペグに当てることは重要ではなく、より多くフープに通すことが重要視される──そんな特殊なクロッケーを通しておこなわれる『お披露目』。
最初に芝生へ上がったのは、アリス様とエリーでした。
「ふふっ。アリス達、チームワークには自信があるの」
ラヴィがもし一番手に選ばれてしまったら、ドキドキが止まらずプレッシャーでどうにかなってしまいそうなんですが──浅緑色のドレスに包まれたトップバッターのお影様は、まったく緊張を感じさせない語調でそうおっしゃっていました。
そうしておこなわれたアリス様とエリーの『お披露目』は──すごかったです。すごく、すごかったです。
チームワークには自信がある、と言っていましたが──ほんとうに、その通りで。
チームワークに自信があるということは、チームメイトを──つまりエリーのことをとても信頼しているということで。
ほんとうに、すごかったです。
最低限の言葉しか交わしていないのに、それぞれ相手が次に何をして欲しいのかを完全に把握していました。途中からは自分達の癖とエリザベスの癖を見抜き、それを利用してお互いを気づかったりエリザベスを不利にしたり──完璧な連携をとる二人の相性は、優れているとしか言いようがありません。
そんな、たった二つのピースでできたパズルのような二人が合格でないなら、このさき合格者が出ることなんてないでしょう。どころか、二人ならあっという間に星つきになれるかもしれません。
やっぱりすごいなぁ、エリーは。
ラヴィより幾分もちいさいのに、誰よりも素敵な生き人形として、『お披露目』をこなしています。
ラヴィも、あんなふうに──ちゃんと、『お披露目』できるでしょうか?
……と、不安を覚えたところで、ようやく回想終了です。
合格者は最後に一気に発表するとのことで──ラヴィが一番手だったら、合格できたかどうかが気が気じゃなくて落ち着かなかったと思います──落ち着かないのは、落ち着けないのはいつもなんですが──現在、第二戦がおこなわれています。
第二戦、エリザベスvsマヤ様とアンジュ。
流れる空気は、とてもゆったりとしていました。
それなりの時間が経っているような気がしたのですが、ずっと見ているだけのラヴィには、よくわかりません。この『お披露目』はその特殊性ゆえにいつまで経っても試合が終わらず、エリザベスの言う制限時間は意外と長いのです。ただ見ているだけの立場からすると、なおさら長く感じてしまったのですが。
その、良く言えば平穏な、悪く言えば退屈な空気に──変化が起きました。
アンジュの様子が、変わったのです。
具体的には、その顔に、精巧に丁寧に作られたであろう、先ほど天使に喩えられた綺麗な顔に、水滴が煌めいていました。
どうやら、汗をかいているようです。今日の気温は茹だるほどのものではありませんし、クロッケーは身体的な格差をほとんど気にすることなくおこなえるその緩さが魅力なので、スポーツとはいえ、目に見えるほど汗をかくことはないはず。
なので、あれは運動をしたからゆえに自然に分泌されたものではなく、なにか別の要因があるのだと考えるほうが自然で──彼女の変化は、汗だけではありませんでした。
少しだけ顔色を青くして、顔はほとんど俯いたような角度で、動きも遅くなっています。
そこでようやく、納得がいきました。
今まで何度か一緒に外の掃除をしてきたのに、気付きませんでした──いえ、アンジュはラヴィと違って拘りすぎることなく最低限に済ませていたので、気づきようがなかったのかもしれません。
たぶん──アンジュは、あまり体力がないのだと思います。
……大丈夫でしょうか。
ラヴィにできることなんてないのに、それでもできることを探してしまいます。
今はマヤ様とアンジュが『お披露目』をしているから、どうしようもないのに──
「……あっ」
思わず声が漏れて、即座に「あっ、ご、ごめんなさい──ごめんなさい」と、二重に謝ります。無断で声を発して隣にいるベラ様を少し驚かせてしまったことと、『自分』として振る舞うエリーとアンジュにつられてついラヴィとしての顔でアンジュを心配してしまっていたことを。
顔を『顔』にしながら、ほっと胸を撫で下ろします。
ラヴィが、何かをする必要なんてありませんでした。
だってこれは、マヤ様とアンジュの『お披露目』なんですから。
1vs2のこの試合は、人数差の特殊性から一人もチームと称しますが、クロッケーのルールに従って、エリザベスチームとマヤ様チームで交互に球を打ちます。
アリス様チームもそうだったのですが、マヤ様チームは、自分たちのターンの際、交互に打っていました。芝生上の打順が、マヤ様、エリザベス、アンジュ、エリザベス、マヤ様……となるように。
けれど、それが変わりました。
ラヴィが気づいてしまったのです、マヤ様が気づかないはずがありません。
自分の生き人形の不調を察知したご主人様は、自身が打ち、エリザベスが打った後──再び、自ら球を打ちました。とってもスマートな振る舞いでした。優雅で、上品で、高貴で──何より、自然で。
アンジュから話には聞いていましたが──ほんとうに、お優しい方です。
屋内での会話もそうですが、『顔』のことをほんとうに大切にしてらっしゃることが伝わってきて、ラヴィの心までぬくぬくしてくる気がします。次はラヴィ達の番なので、残念ながらぬくぬくだけではドキドキはかき消せませんが。
互いを信頼し完璧な連携を見せたアリス様とエリーとはまた違う、相性の良さの証明。
パズルのピースがかっちり合わさって完成するのではなく、身体を預けられる、積極的にあたたかく抱き止めることができる、支えの関係。
これが、『お披露目』。
まったく同じ競技でも、こんなにも個性がハッキリするんですね。
……ラヴィは。
ラヴィは、ベラ様のために──どう立ち回るべきなのでしょう?
「それじゃあ──ベラトリクス、ラヴィ。よろしくお願いするわね」
「ええ! よろしくおねがいするわ!」
ベラ様とラヴィの番になってしまいました……。
あのあとアンジュは幾分か回復し、最後のほうはまたクロッケーに参加することができていました。今は華麗に第一戦をこなした二人と同じように、マヤ様と共に木陰のベンチに座ってゆっくりしています。
結局、答えは出ないままです。足を引っ張らないようにしなきゃってことばかり浮かんで、ぐるぐるして、ちっとも見当がつきません。ラヴィが、ベラ様のためにできることって?
「……ラヴィ、そんな顔しなくても大丈夫よ。ベラに任せて! 不安そうなラヴィの代わりに、ベラが華麗に勝利を決めてあげる! だから、しーっかり見ててちょうだい!」
「は、はいっ……」
心配させてしまいました……すすも出ていませんし、声も心の底から出た明るさのようで、無理をされているわけではなさそうで、ホッと安心します。
どうやらベラ様はずっと自分が球を打つつもりのようです。
それならラヴィは、しっかり見ていないと。
ベラ様に言われたことですから。
……それだけなら、ラヴィなんていなくてもよくって──ラヴィ以外でもよくなってしまうんですがね。
ラヴィが──ラヴィが、できることって?
ベラ様の『顔』が、ラヴィであること──何をすれば、それが価値のあるものとなるのでしょう?
「…………うぅ〜……」
すすしか見えません。
当然ですが、ベラ様はおそらく、初心者です。クロッケーのルールや伝統はお勉強されているかもしれませんが、ほんとうにクロッケーをプレイしたわけではありません。きっと、今日が初めてのクロッケーです。
ですから、上手にできなくたって当然です──という言い方は失礼ですが、でも、べつに、下手というわけではないのです。あちらが手を抜いている可能性があるとはいえ、『お披露目』を企画した張本人であるエリザベスとの点差は互角です。ラヴィが数え間違えていなければ。
ですがそれは、ベラ様の思う通りではなかったのでしょう。先ほどから、ご自身が球を打つたびに、すすの量が増えています。もくもくと。
ラヴィは、どうすればいいのでしょうか。
ラヴィは、ベラトリクス様に仕える生き人形です。
ラヴィは──ラヴィットは──うさぎは──うさぎ座は、ベラトリクスを含むオリオン座の下に存在しているだけ。
何にも、できやしないのです。
ラヴィにできるのは、細かい作業と、びくびく怯えることぐらいで──きっと、役に立てません。
不安そうなラヴィの代わりに、と言われて少しだけ安心してしまった臆病なラヴィには、ベラ様を助けることなんてできません。
そんなラヴィでも、できることは?
ラヴィにしか、できないことは?
しっかり見ていることしかできない、ダメダメなラヴィに────
…………なんでしょう。
なにか、ちがいます。……腕の使い方? ううん、もっと初歩的な──
「……ベラ様。少し、よろしいでしょうか……?」
「な、なによ! 下手くそなベラがやるより、ラヴィがやったほうがマシとでも言うつもり?」
「ち、ちがいます……! 絶対、ラヴィのほうが、下手っぴです……だから、そうじゃなくって……し、失礼しますっ!」
口では怒鳴りつつ、何故かすすが減った気がするベラ様の、懸命に木槌を握りしめるその真っ黒な手に、そっと触れ──
──その位置を、ずらしました。手前へ。
「……な、なに?」
「……ベラ様に言われたとおり、しっかり見ていてました──それで、わかったんです。エリザベスは、この位置でマレットを握っています。きっと……こっちのほうが、打ちやすいんじゃないでしょうか?」
ベラ様が、息を呑んだような気がしました。残念ながら音で判断するしかないので、空耳かもしれませんが。
「ラヴィは、周りをうかがうことしかできません。けど……それが、ベラ様のお役に立つこともあるみたいです。……こんなことしかできない、不出来な生き人形ですみません」
不器用なラヴィには、連携プレイも助け合いもできません。
だから、これがせいいっぱい。
ラヴィがベラ様のためにできる、せいいっぱい。
ラヴィにしか、できないこと。
ラヴィとベラ様の、相性の証明。……に、なるでしょうか。
「……ラヴィ」
また、怒られちゃうかな。
当然です。直接的な援助ができたわけではなく、あくまで推測と助言でしかないんですから。
そんなふうに、自分の不甲斐なさに心を俯かせながら、ラヴィは顔を上げます──いつのまにか、もくもくとあふれていたすすは、どこにも見当たりませんでした。
「完っ璧なベラの『顔』のラヴィが、完璧じゃないわけないでしょ! ラヴィは不出来なんかじゃないの! だから、もっともーっとちゃんと見てなさい──ラヴィとベラが、完璧ゆえに勝つところを!」
◇◇◇
「これで、すべての『お披露目』が終わったわね」
エリザベスの一声で、お庭の空気が一気に張りつめました。
いつもびくびくしてしまうラヴィですが、その空気に、いつも以上にびくびくしてしま──いそうになって、どうにか澄ました『顔』を保とうと努力します。芝生を降りた今、ラヴィはラヴィではなく、ベラ様の『顔』なのです。
あのあと、ベラ様のプレイは劇的に変化しました。
上手にできてうれしそうなベラ様に、ラヴィも自然とうれしくなって。
あのとき自然とこぼれた笑顔が、ベラ様の『顔』と一致していたらいいな、と思います。
それこそが、ほんとうのシャドーと生き人形の相性を示すものですから。
「それじゃあ、合格者を発表するわよ」
ゆるやかなスポーツとはいえ長時間の試合を三連続でおこなったにもかかわらず涼しい顔をしたエリザベスは、神妙な口調で、運命を告げます。
「今回の『お披露目』の合格者は────」
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𝒍𝒚𝒓𝒊𝒄𝒔
🕊️いっせーのーせで踏み込むゴーライン
僕らは何も何もまだ知らぬ
⏳一線越えて振り返るともうない
僕らは何も何もまだ知らぬ
🕊️うだってうだってうだってく
⏳煌めく汗がこぼれるのさ
⏳🕊️覚えてないこともたくさんあっただろう
誰も彼もシルエット
⏳🕊️大事にしてたもの、忘れたフリをしたんだよ
なにもないよ 笑えるさ
𝑪𝒂𝒔𝒕
⏳ラヴィ(cv.木綿とーふ)
https://nana-music.com/users/6261792
🕊アンジュ(cv.春野🦔)
https://nana-music.com/users/9844314
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𝑻𝒂𝒈
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