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歩き出すのだ、傘がなくとも。
₊*̥𝙰𝚜𝚝𝚛𝚊𝚎𝚊☪︎₊*˚
歩き出すのだ、傘がなくとも。
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__𝕐𝕠𝕦 𝕔𝕒𝕟 𝕤𝕥𝕒𝕣𝕥 𝕨𝕒𝕝𝕜𝕚𝕟𝕘 𝕨𝕚𝕥𝕙𝕠𝕦𝕥 𝕒𝕟 𝕦𝕞𝕓𝕣𝕖𝕝𝕝𝕒.✩₊*˚
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儀式場へと繋がる扉が、ゆっくりと開いていく。
先程よりも強く届き始めた感情の渦に、思わず俯いた。
叶夜の鳴らした微かな硬い靴音だけが、星空の下に響き渡る。
張り詰めた冷たい空気の中、叶夜一人に向けられた視線が雨のように降り注いだ。
苦しい。怖い。逃げ出したい。湧き出た感情を振り払い、叶夜は顔を上げる。叶夜に与えられるべき罰を、受けるために。
今の叶夜を取り巻く地獄は、紛れもなく叶夜自身が生み出したものなのだから。
裁きを受ける罪人のように、叶夜は真っ直ぐ前を見据えた。
悲鳴のような声が叶夜の耳朶を打つ。強い感情の渦に飲み込まれそうになる。それが実際に声として発されたものだったのか、もう叶夜には分からなくなっていた。
それでも、逃げないと決めた。深く息を吐き出して顔を上げた先には、一人の星巫女が佇んでいた。
先程まで柊葉の亡骸のそばにいたのだろうか、衣装の裾がくすんだ血色で薄汚れている。彼女の両手には、叶夜が手放したピストルが握られていた。
ピストルにも零れた血液がこびりつき、真っ黒の金属を紅く汚している。
憎悪に燃えた薄紫と、彼女が向けた銃口と、はっきりと目が合った。たったそれだけで、刹那の意図を理解した。
目の前に広がるその光景は、昨日の叶夜が作り上げたものと全く同じだったから。
刹那は、叶夜と同じ道を選んだのだ。激情に駆られ、望まれてもいない復讐を遂げる道を。
大切な人を殺した存在を殺す、という選択肢を選んだのだ。それがどれほど愚かなことなのか、刹那はよく分かっているだろうに。
刹那が自らの意志でその道を選んだのであれば、最早叶夜に止める術はなかった。
この距離で銃を構えられれば、叶夜にそれを避ける方法はない。逃げ出そうと背を向けた時点で、撃たれて死ぬだろう。刹那の時のような、庇ってくれる誰かもいない。
ならば、逃げたくないと思った。刹那から背を向けることを拒んだ。諦念からくる思考ではない。そうしたいと、叶夜が選んだことだった。
ここで命を落とすのが叶夜の受けるべき罰だというのならば、受け入れようと思ったから。
誰にも悲しまれることなく、一人ぼっちで死んでいく。最低な人殺しには、お似合いの結末だと思ったから。
澄みきった透明な星空の下に、一発の乾いた銃声が鳴った。張り詰めた空気が強く震える。
星巫女達の悲鳴に掻き消されたそれは、叶夜が撃ったときよりも、ずっと軽い音に聞こえた。
視界に映る景色が歪む。叶夜への消えない怒りを露わにした刹那の表情が、涙に滲んで溶けていく。
一瞬腹部に強い熱を感じて、次に目の前が爆ぜた。
宙に紅い液体が飛び散っているのが目に入り、それが自分の血液だと遅れて理解する。
傷口から噴き出した叶夜の血が、花弁のように舞い散って澄んだ空気を汚した。
強い痛みが、叶夜の全身を襲う。被弾した腹部から広がっていく痛みに、力が入らなくなる。
儀式場の床を踏みしめていた足が痺れ、力が抜ける。鮮血を撒き散らしながら崩れ落ちる叶夜へ、更に二発の銃弾が飛来する。今度は肩の下だ。避けられない。
二発の弾が薄い皮膚を突き破り、新たな傷口からも血が噴き出した。傘に当たった雨のような音を立てて、床を紅色に染め上げる。
銃弾を受けた傷口は熱いのに、少しずつ手足は冷たくなっていく。叶夜自身が星天界と同化していく。
自身の体重を支えることが出来なくなった叶夜が倒れ込むのと同時に、刹那の手からピストルが離れた。叶夜が殺した柊葉の亡骸は、今も変わらず刹那のそばにあった。
ピストルを離した刹那の右手が、柊葉へと伸ばされる。その光景を最後に、力の入らなくなった瞼を閉じた。
二つの傷口からは、止まることなく血が流れ出している。まだ続いていくはずだった叶夜の命が、血液となって星空を汚していく。
もう、良いだろうか。
喉の奥が詰まったように、少しずつ息が出来なくなる。
これが人生最期の瞬間ならば、もう。責めなくても良いだろうか。
世界を救いたいと願っていた幼い頃。少しずつ離れていく他人との距離に、気持ち悪いと叶夜を突き放した家族。
自分の無力さに絶望して、何も出来ないと悟って、諦めて。
誰のことも救えなかった自分を、誰かを傷付けることしか出来なかった叶夜自身を。
もう、許しても良いのだろうか。
閉ざされた視界の暗闇の中で、誰かの感情が伝わってくる。今にも泣き出しそうなか細い声が、今際の際になってさえ叶夜の元へと届く。
「もう、誰にも死んで欲しくない」
倒れた叶夜の一番近くにいた星巫女の──水瓶座の雪涙の声。
声にならない感情の叫びが、叶夜一人に伝わった。見ていることしか出来ない自分の無力さに打ちひしがれたその声が、何より優しいもののように感じられた。
誰にも傷付いて欲しくない。苦しんで欲しくない。今にも泣き出しそうな幼い声が、途切れかけた意識の隙間から聞こえてくる。
今まで叶夜に苦しみしか与えてこなかった、他人の感情が聞こえる性質。それは、もしかするとこの瞬間の為に与えられたものなのかもしれない。
叶夜の死は無駄ではなかったと、最期の瞬間に伝えるために。
叶夜の死を悲しんでくれる誰かがいるのだと伝えるために。
一人だけで完結した、世界から切り離された最期ではない。叶夜は、ちゃんとこの世界で生きていた。雪涙の声は、その証明だった。
それならば、きっと無駄じゃなかった。叶夜が悩んで苦しんで藻掻いて、それでもこの世界で生きたことは、無駄じゃなかった。
沢山のことを諦めてきた。
隠された悪意も拾ってしまうせいで、他人と関わるのが怖かった。
異常な心を否定し続けて、世界のことも自分自身も嫌い続けてきた。
どこまでも無力だった。初めて出来た大切な人さえも、助けられなかった。
そして最後には、この手で人の命を奪った。
後悔だらけの人生だった。ずっと、生きることが苦痛だった。
どうして生まれてきてしまったんだろう。どうしてまだ息をしているんだろう。
何度も何度も問い続け、結局答えは出なかった。
それでも、叶夜の死が──叶夜の人生が、誰かに何かを残せたのなら。たとえほんの小さなものでも、この世界に傷跡を残せたのなら。
叶夜が生き抜いた十七年間にも、きっと意味はあった。叶夜の痛みも苦しみも、きっと無駄にはならなかった。
それなら、最期の瞬間くらいは自分自身を許そう。これまで生きてきたことを、繰り返した後悔の全てを、叶夜自身が許そう。
自分のことを許したくて生きてきたわけではなかったけれど。そう思えば、曇り霞んだ世界が微かに晴れたような気がした。
血が流れ出していく。叶夜の命が零れ落ちていく。
誰かの泣き声が、雨音のように星天界に木霊した。
もうすぐ、いなくなった琉歌に会える。何も出来なかったことを、琉歌の愛した世界を汚したことを謝ることが出来る。
そう思うと、もう涙は零れなかった。
薄暗い世界に僅かに残っていた意識が、少しずつ遠のいていく。匂いも、音も、何もかもが消えていく。最期の瞬間まで聞こえ続けていた感情も、薄らいで途切れていく。
静寂に包まれた星天界には、琉歌の最期の歌声だけが響いているような気がした。
𝕋𝕠 𝕓𝕖 ℂ𝕠𝕟𝕥𝕚𝕟𝕦𝕖𝕕...
₊*̥┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈☪︎₊*˚
✯𝕃𝕪𝕣𝕚𝕔✯
背中をぎゅっと押されるような
勇気をもらった瞬間がある
背中をそっとさすられるような
心が楽になる瞬間がある
進んで戻って を繰り返して
もといた場所さえ分からなくなった
でも これまでもらったものたちが
走っていけ、と 僕の手を強く引く
歩き出すのだ 傘がなくとも
大丈夫じゃないが もう立てるだろう
歩き出すのだ 傘がなくとも
ふと 顔を上げた 雨が降り注ぐのか
いいや 空は蒼く 広がっていた
✯ℂ𝕒𝕤𝕥✯
♉︎Taurus #星巫女_叶夜
☔️叶夜(cv.碧海)
https://nana-music.com/users/5927253
₊*̥素敵な伴奏をありがとうございました☪︎₊*˚
➴LUCE(ルーチェ)様
https://nana-music.com/sounds/05df04f2
✯𝕚𝕝𝕝𝕦𝕤𝕥𝕣𝕒𝕥𝕚𝕠𝕟✯
イラスト:蓬様(@yomogi_nana_ )
動画編集:黒川かずさ様(@kzs__nanakawa)
✯𝕋𝕒𝕘✯
#Astraea #星巫女
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