桜流し
✒️アンネ&🗝ヴィオレット
桜流し
- 82
- 10
- 0
第3節 幾千の魔女達は往き、忘れじの物語となる
☽・:*☽・:*☽・:*☽・:*☽・:*☽・:*☽・:*☽
ヴィオレットは埃よけの布を頭にギュッと結び付けて気合いを入れると、愛用の箒(乗り物としても掃除道具としても)を手に腕まくりをした。
「よーし、頑張るぞぉ!」
ヴィオレットは魔女の弟子になったらきっと師匠の代わりに家事や身の回りの雑務をやったりするのだと思っていた。しかし、実際はそんなことはなかった。アンネにそんなことしなくていいよと言われ、目の前で魔法で部屋を一瞬で綺麗にされてしまうのだ。
けれど大雑把というか、意外と身の回りに頓着しないアリソンに代わって、ヴィオレットが家事はこなしてきたのだ。特に掃除は得意だ。今日はたまたまアンネが遠くの街に買い物に出かけたので、その間に部屋を綺麗にしてびっくりさせようとヴィオレットは意気込んでいた。
「まずはキッチンから!」
まずキッチンの水周りを磨き、その後廊下を雑巾がけして綺麗にする。そしてシーツを取り替えてついでにお日様に当ててふわふわにした。
次は書斎だ。アンネも他の西の国の魔女と同じく勉強家で、部屋の壁を隠してしまうほど大きな本棚には本がぎっしり詰まっている。その本棚を上からハタキをかけていく。
「あれ?何だろうこれ……」
本棚の上の方に他の本よりも厚みが薄い本を見つけてヴィオレットは首を傾げた。
手に取ってみるとそれは絵本だった。柔らかい色彩の挿絵に見覚えがある。慌てて母親の形見の小箱を取り出し、その中から「しあわせのやさしいまじょ」を取り出して見比べていると、そこ扉が開く音がしてヴィオレットは弾かれたように振り返った。
「あっ…………」
「……見たの、それを」
「ご、ごめんなさい。先生、私……」
「はぁ……いいの。掃除をしてくれていたんでしょう?むしろ黙っていた私の方が悪いわ」
アンネは買い物の荷物を机に置き、バツが悪そうに視線を床に落としながらため息をついた。
「あの……この絵本って」
「そう、私が描いたの。昔はよく童話作家の真似事をしてたから……それで貴女のお母さん──プリムラにプレゼントしたの」
☽
思えば彼女との記憶はいつも花と共にある。
彼女に初めて出会ったのは春の頃。
アンネの両親はあの頃の人にしては珍しく、自分たちの娘が魔女だと分かっても愛情を注いでくれた。けれど村の人全てがそうではなかったから。両親を迫害から守るためにアンネは家を出てソルとルナに弟子入りした。
親元から離れての生活は正直にいうと孤独で不安だった。だからアンネは物語を読んだり書いたりして、心を慰めるようになった。物語の中なら何でも出来るし、どこでも行けるから。
ある昼下がりに美しく花びらが散る木の下で本を読んでいると、誰かが近づいてきた。顔を上げて目に入ってきたのは、花びらと同じ淡い桃色のキラキラと光る髪と人懐っこい笑顔。輝く髪に散った花弁がいくつもくっ付いていたのを滑稽なほど鮮明に覚えている。
「何を読んでるの?」
「姿を消した恋人を探して世界中を旅する魔女の話だけど……」
「面白そう!ねぇ、私にもその話を教えて欲しいわ!あ……私はプリムラ」
よろしくねと笑顔と共に差し出された手のひらにどれだけ救われていたのか、きっと彼女は知らないだろう。
多くの物語を一緒に読んで、彼女のためにたくさんの優しい物語を書いた。いつしかプリムラはアンネに世界で一番大切な人となった。
☽
彼女が世界一美しかったのは夏の頃。
あの日は空さえ彼女を祝福するように雲ひとつない天気だった。
「アンネ!来てくれてありがとう!」
白い花のブーケを持ち、白いドレスを着た彼女は夢のように美しかった。
「式に呼んでくれてありがとう。それからこれはお祝い」
「わぁ!アンネの絵本!ありがとう!」
「プリムラのリクエストを貰ったから書いたけれど、こんなものがお祝いでいいの?」
「もちろんよ!貴女の書く物語が好きなの。固有魔法のせいかしら?言葉の一つ一つを大切にしているアンネの優しさが分かるの。子どもが出来たらこの本を毎晩読み聞かせするわ!きっと好きになる。だって私の子供ですもの!」
「ふふ、気が早い。式もまだなのに」
「あら、そうね!やだ私ったら」
彼女は幸せそうに微笑んだ。
アンネの世界で一番大切な人は人間の男と恋に落ちて結ばれた。人間なんて魔女と違ってすぐ死んでしまうのに──実際彼女の夫はその後すぐに流行病で死んでしまうのだが──臆病なアンネはそれを見守るだけだった。
「それでね、式の後に……うっ……!」
「プリムラ!また呪いが痛むの?」
慌ててふらつく体を支えると、彼女は直ぐに何でもないという風に微笑んでみせた。純白のドレスに包まれた体には、世界大戦の時にどす黒い呪いの傷跡が確かに残っているのだ。
「大丈夫よ!こんな呪い、むしろこの村を守った勲章みたいなものだし」
「だけど……」
「そんな顔しないで。この村を守れたからあの人と出会えたんだもの。後悔はないわ」
そう晴れやかに言い切る彼女に、アンネは表情を曇らせながらも頷くしか無かった。
☽
──そして、彼女が去ったのは花が枯れ去った冬のこと。
肌が凍りつきそうなまだ薄暗い夜明け頃。
産声を聞いたアンネは部屋に駆け込んだ。プリムラはベッドにぐったりと横になっていた。呪いは彼女の命を削り続け、今まさに彼女の命の火を消そうとしていた。
「あ、赤ちゃん……私の赤ちゃんは?」
「大丈夫、ほら。元気な女の子よ」
「良かった……この子に何かあったら。あの人に顔向け出来ないもの」
まだ泣いている赤ん坊を産婆から受け取って手渡すとプリムラは涙を浮かべて微笑んだ。
「私が死んだら、この子のことは村の皆とアリソン様にお願いしてあるの。この子も南の国を好きなってくれたら嬉しいけど……」
「プリムラ、そんなこと言わないで。そうだ私の固有魔法で……≪美しき思い出を語ろう(ロング·ロング·アゴー)≫!!!」
杖のペンを取り出し、空中に金色の文字で「プリムラの寿命が延び」まで書くが、その手はプリムラに掴まれて止められる。文字はさらさらとそのまま崩れていってしまった。
「ダメよ。無理矢理私の寿命を伸ばすなんて摂理に反することよ。無理に魔法を発動すれば貴女の魔力が尽きて死んでしまうわ」
「そんなの……っ!」
ひとりぼっちの人生。別ればかりの人生。
唯一の心の拠り所だった貴女まで失ってしまったら、私はなんのために生きれば良いのだろう?
可愛かった弟子も、唯一の親友も、どんな愛しても皆アンネを置いていくのだ。
「私を置いていかないで……貴女まで失ったら私は……どうしたら……!」
アンネはベッドに縋るように嗚咽する。苦しくて苦しくて炎を飲み込んだように喉と目元が熱くなって、涙が溢れて止まらない。
「泣かないで……人生には別れもあるけれど、きっと新しい出会いもあるはずよ……」
それは娘とアンネどちらへの言葉だったのか。
そしてアンネの最も尊い花は散っていった。
☽
「……100年前の戦争でほとんどの弟子が死んでしまったわ。唯一残ったアビゲイルでさえ記憶の大半を失っている」
アンネは窓の外を眺めながらぽつりぽつりと呟くように語る。けれど、その瞳は外ではなくここではないどこかを見ているようだった。
「戦争中に死ななくても、後遺症や呪いで少しずつ弱って亡くなる子も多かったわ。貴女のお母さんみたいに」
「私の、お母さん……」
「私は弟子達にこう教えたの。人間や他の魔女に親切にして、魔法を善く使って共に生きなさいと。ずっと貴女のお母さんと私はそれを信じて生きていた。けれど戦争では人間に害されたり、魔女同士で傷付けあった……」
「間違っていたと思うんですか?」
「わからない……それを100年間ずっと考えているの……」
アンネは自嘲するように笑う。とても寂しそうで悲しそうな笑み。同じような感情がヴィオレットに流れ込み、思わずヴィオレットは服の胸の辺りをぎゅっと握りしめた。
「……ごめんなさい。この話は貴女にも辛かったわよね。今日はもう休んだ方がいい」
それからこれ、と小さな缶を手渡される。開けてみるとそれはスミレの砂糖漬けだった。ヴィオレットの好物だ。
驚いて顔を上げるともうアンネは背中を向けて部屋を出ていく所だった。
「最近、修行を頑張っているみたいだから。じゃあ……おやすみ」
今日の買い物はこれを買いに行ってくれたのだろうか?ヴィオレットの胸が苦しい気持ちでいっぱいになる。これはヴィオレットの気持ちなのだろうか、アンネの気持ちなのだろうか。
(やっぱり先生は優しい人なんだ……それですごくさびしい人……)
一口食べたそれは何だか甘くて、でもひどくほろ苦い味がした。
☽・:*☽・:*☽・:*☽・:*☽・:*☽・:*☽・:*☽
🗝開いたばかりの花が散るのを
「今年も早いね」と
✒️残念そうに 見ていたあなたは
とてもきれいだった
🗝もし今の私を 見れたなら
✒️どう思うでしょう
あなた無しで 生きてる私を
🗝✒️Everybody finds love
Everybody finds love In the end
☽・:*☽・:*☽・:*☽・:*☽・:*☽・:*☽・:*☽
🗝ヴィオレット・ホワイト(cv.朔)
魔力に目覚めたばかりの新米魔女。流行病で人間の父親を、戦時中の呪いによって魔女の母親を亡くし、赤ん坊のときからアリソンに育てられた。アンネの書いた「しあわせのやさしいまじょ」という絵本に出てくる魔女のように、そして亡き母のように人を幸せにする魔女を目指している。
【好き】スミレの砂糖漬け、絵本
【嫌い】負の感情
【特技】掃除
【ステッキ】鍵
【固有魔法】
まだ未熟なため相手の感情がぼんやりと読み取れるということしか分かっていない。
✒️アンネ・クリストファー(cv.中条瑠乃)
100年前のハルモニアム大戦以後、多くの弟子や親友だったプリムラを失ったことで心を閉ざし、西の国の森の奥深くで魔導書や絵本を執筆しながら一人で静かに暮らしている。ルナとソルの判断によりヴィオレットの師匠となる。面倒見が良く、不器用な所もあるが心優しい性格。
【好き】静寂、思い出
【嫌い】人間関係、喧騒、シフォンケーキなどプリムラを思い出すもの
【特技】切り絵
【ステッキ】ペン
【固有魔法】
「美しき思い出を語ろう(ロング·ロング·アゴー)」
ペンで空中に書いた事象が現実になる魔法。実現が難しい事象ほど魔力が大量に消費される。
☽・:*☽・:*☽・:*☽・:*☽・:*☽・:*☽・:*☽
☪︎第1章 プレイリスト☪︎
①→https://nana-music.com/playlists/3770346
②→https://nana-music.com/playlists/3840176
☪︎素敵な伴奏ありがとうございました☪︎
Nochi様
https://nana-music.com/sounds/01e11823
☪︎ 𝕋𝕒𝕘 ☪︎
#魔女アンネ #魔女ヴィオレット
Comment
No Comments Yet.