覗く目と目
ポルノグラフィティ
覗く目と目
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フゥ…その一息が白く散る。街は春の陽気に包まれているのに、世界樹の森は季節の力が届かないのかと疑うような場所があちこちにある。この湿地はまさにそうだ。
「…本当に世界を1本の木に閉じ込めたようだよな」
雨季のようなジメジメまとわりつく空気と、水辺特有の肌寒い空気が辺りを支配している。森に入った時は春の日差しに青々と芽を広げる木々が生えていたのに、その奥へ進むと別世界。以前行った高台は精霊に縁の深い植物が生い茂る森の聖地の趣、ドワーフの丘は土が剥き出しの崖があちらこちらに見え、まるで山中に居るかと錯覚させる。
「別の場所ではアグルが居るような火山地帯もあるんだろ?…文字通り、ここは世界樹だよな」
神々のビオトープなんて言葉が頭に浮かぶ。まずは一本の木を植えて、小さな世界を創ったのだろうか…ジーグは泥濘む足場の悪い地面を踏みしめながらそんなことを考えていた。神は小さな苗木に、さらに小さい生き物を解き放ち、手のひらの世界を愛おしく見つめている…
「だとしたら、あの光は実は覗き穴…だったりな」
空に昇った満月を見上げる。何も無い空に月がある…月という星を知る我々にはこの空はそう見えるのだが、今のジーグには真っ黒いビオトープの蓋に空いた穴にも見えた。そこから何かが覗いてたら面白いな。普段はぶっきらぼうなジーグだが、月を見上げてふふっと笑った。
「さて、ここがいいかな。見よう見まねで作ったこれ…使えるかわからんがっ!」
ヒュ!!と鋭い音を立ててジーグの横を仕掛けが飛び去る。ポチョン!仕掛けは沼に落ちて浮きだけがプカプカと月を照らす水面に浮かんでいる。
「釣り、ずっと興味あったんだよな!武器作りばっかで趣味らしい趣味もなかったし…たまにはこんなふうに夜に溶け込んで、魚を待つってのも悪くない…かもな」
石を集めて釣竿を固定し、持ち歩きの椅子を組み立てて座る。静寂の中にも夜の音が聞こえる…虫の声、魚の跳ねる音、梟や狼などの夜の獣の息遣い。一人ぼっちながらも命を感じる心地よい孤独。ジーグは満足そうに息を吸い込む。釣りの楽しみはまだ分からないが、魚を待つ時間ってのも悪くない。
蛍石のカンテラを水面に近づける。少し濁ってはいるが、蛙や虫、小魚の姿が時折見える。ジーグはさっきの考え事を思い出した。月から神が自分たちを見ているってのは、こんな感じかな?ジーグはまた一人で笑う。
ポチャッ!水音がジーグの思考を途切れさせた。慌てて釣竿を引っ張ると、淡水魚が月明かりを浴びながらピチピチと暴れる。ジーグは夢中になって釣り上げた。
「…ふふっ!待ってる時間に満足しちまったけど、やっぱり釣れると興奮するもんだな…!」
バケツには先程の淡水魚がクルクルと泳ぎ回っている。ジーグは沼から適当に拾い上げた水草をバケツに浮かべてやった。
また釣竿を垂らすと同じ魚がもう一匹釣れた。なかなかの出だしだ。気分を良くしたジーグは用意していた別の仕掛けも試してみた。ものによっては全く手応えが無いものもあったが、仕掛けのおかげか別の種類の魚も釣れはじめ、ますます楽しくなったジーグは辺りにある石や枝で仕掛けを作り出した。辺りを飛んでいる羽虫に形を似せ、虫が羽から落とす青く光る粉を集めて仕掛けに振りかけた。最後にウィンデーネの呪詛を彫り、早速沼に投げ入れる。
「…流石に即席で作ったものが上手くいくわけないか」
あれから長い時間待ち続けたが、浮きはピクリとも動かない。月はすっかり天高く上り、暗闇の中なのに水面に反射する月明かりのお陰で周囲が薄ら見渡せる程だ。こんな時間も悪くないが…いくらなんでも釣れない時間が長い。もう潮時かなと釣竿に目をやると…実に微かだが、竿の先が震えている。ジーグは飛び上がるとグッと釣竿を自分に引き寄せた。
「!!!…ぐっ!…何だこれ!!」
後一瞬でも気付くのが遅ければ、沼に釣竿が飲み込まれていただろう。水面の月がグネリと歪んで暴れる。時折キラキラ光る鱗が見えた。見た事の無い魚だが、中々の大物だぞ!釣竿を握る手に力が入る。後少し…!魚の頭が水面に近づいた時だ。
「!!」
沼の底から伸びる巨大な骨ばった手が魚を掴み、もう片手が釣り糸を切り裂いた。急に引っ張る力を失った釣竿を掴んだままジーグは後ろに転げたが、直ぐに立ち上がると水面に顔を近づけ覗き込んだ。しかし濁った水面に相変わらず月が揺れているだけ…だが…
「なんか、水の底から覗く目に見えるな…」
月を空の覗き穴に感じたり、水面の月が目に見えたり…リフレッシュのつもりの夜釣りだったのだが、変な事を考える一日になってしまった。
ピシャ!呆けるジーグの横でバケツの魚が跳ねた。ジーグはバケツを覗き込む。数匹の成果と水面の月、それを上から覗き込む自分…
「はは、神様ってこんな感じなのかもな。さ、戻りな…遊んでくれてありがとう」
そういうと、沼に魚を放った。帰り支度を済まし、バケツを持ち上げその場を離れようとした。その瞬間、バケツに妙な感覚を感じ、ジーグは動きを止める。
『まさか水面の月から覗いていたら、妾の目が針にかかるとはな…こんな夜にしか現世を覗けぬのだ。妾の友を戻してくれて…感謝する、釣り人よ』
バケツには見たことも無い、飴細工の様な鱗と月長石が入っていた。
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ジーグは水のマナを手に入れた
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