哀温ノ詩
エマ・ヴェルデ
哀温ノ詩
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哀温ノ詩
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📕南方 清美(CVヒイロ)
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🗝綾部 律子(CV柚葉)
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🗝堪えた涙 流したいなら
溺れるくらい 流し切ればいい
📕いつか今日を 思い出したら
誰かに優しく ただなれればいい
🗝千歳越 輝く愛を
📕千里越 想い込めるから
🗝📕侘しい旅奏で 包み込みましょう
温もりを伝え 誰よりそばで
歌っていこう
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宝政ユキは、宝政家の主人の、妾の子であった。幼くして実の母を亡くした彼女は、父の厚意で宝政家に引き取られることとなったが、継母であるウメは彼女を心底嫌っていた。体裁を装い、表向きには仲の良い母子を演じる一方で、家の中では酷い虐待が行われていた。ウメは、洋服で隠せる箇所だけを重点的に、殴ったり、叩いたり、火で炙ったりした。時には歩けなくなるほど、動けなくなるほどの体罰。解雇されることを恐れ、お付きの若い侍女たちも、ウメの暴力に加勢していた。
麗しくまっさらなユキの心は、身体と同時にみるみるうちに壊れてしまった。寝込むことが多くなったユキは、扉の向こうで「心配だわ」と悲しげに言う継母の声を聞くだけで、その日一日何も食べることが出来なくなってしまった。
そんな折の事だった。いつものように仲良い母子を装って舞踏会に出かけさせられたユキは、その会場で、一人の男に出会った。広い屋敷の中で迷い込んでしまったユキに、その男は、血塗れた手を差し出して微笑んだ。
篤史と名乗ったその男は、大日本帝国の裏社会で名を轟かせる、唯一無二の殺し屋だった。
「私に、私に殺しを教えてください。お母様を、殺せるように」
いつの間にか、ユキは彼に縋り付いていた。救世主が、神が、現れたのかと思った。篤史は、咽び泣くユキをそっと立たせると、優しく頷いた。
「可哀想に。自ら手を汚したくなるほどに、傷ついてしまったのですね。……けれど、美しいあなたにそんな汚れ仕事をさせる訳には行きません。殺しを見届けたら、すぐに忘れると、約束してくださるのならば、引き受けましょう」
その日から、篤史はユキの『殺人』の師となった。
列車には、ウメ以外にも、有名な資産家たちが乗り込んでくるようだった。他の依頼者達から狙われている彼らも、まとめて始末してしまおう。篤史はそう言った。ユキはただ、自然体のまま見ているだけで良いと言われたが、篤史と過ごすうち、ユキは彼に、高揚にも似た確かな愛情を感じ始めていた。
『犯人は女である』
探偵の前で、初めて嘘をついた。少しずつ、彼女の歩んだ道のレールが、崩れ始めていた。
『二人の少年を幽閉した』
独断で行った事だ。篤史の殺害方法は派手で、隠れる気などさらさらないように感ぜられた。焦燥のあまり、彼女は少年達を閉じ込めた。
しかし、彼女が篤史に肩入れすればするほど、篤史は段々と手の内を隠さなくなってきていた。いつバレてもおかしくない、いや、まるで、探偵達に早く見つけて欲しいと言わんばかりに。
ユキは、そんな篤史の行動が許せなかった。篤史は、既にユキにとって師以上の感情を湧きあがらせる人物となっていたのだ。ユキは、篤史を守る為、最後の賭けに出ることにした。
「でも、あの人は、最後まで私を無力な娘として扱った」
机を挟んで律子の反対側に位置した彼女は、そう言ってぽろりと涙を零した。
「初めは、お母様さえいなくなれば、それでよかったの。篤史さんが捕まろうが、途中で恨みを買って殺されようが、私には関係ないと思ってた」
でも、と続く声は震えていた。
「あの人の事を、どうしようもなく好きになってしまった。……私には、愛してくれる家族はいないし、晴美さんのように愛を誓い合った人も、洋介さんのように全て分かち合える親友も、輝夫さんのように何でも話せる兄弟も、何も無かったの。…………けれど、篤史さんと出会って、私はその全てを知ったような気がしたわ。私たちがしていたのは、絶対に許されない事。でも私にとっては、この時が、一番幸せだった」
全てをこらえるように、ユキは話を締めくくった。そして、どう切り出そうかと律子が思案する間もなく、にっこりと笑って見せた。
「もう、悔いはありません。あの人と共に行けるなら、どんな刑でも、構いません」
晴れやかに言い放つユキ。すると、その言葉をかき消すかのように、部屋の扉が大きく開け放たれた。
「あなたは無罪ですよ」
冷静で淡白な声が、辺りに響く。困ったように微笑みながら、篤史はユキを見下ろしていた。
「師弟は似ると言いますが、あなたも僕に似て、大概無茶をしますね」
「篤史、さん……」
篤史はそっと立膝をつき、彼女と目線を合わせると、頬に手を当てて言った。
「あなたは、僕にたぶらかされてしまった可哀想な被害者であるより他無いでしょう。刑を受けるのは、実行犯であった僕のみ。君は保護観察をつけられながらも、今まで通りの生活を送ることになりました」
「どうして……探偵さん! 何故!」
ユキは、篤史の後ろに佇んでいた右響を見やる。右響は真顔で肩を竦めると、くるりと踵を返した。
「私は知らん。警察に今の事柄をそのまま告げるだけだ。胸に秘めた思いは、自分の口から言えば良いだろう」
去っていく右響。その不格好な歩き方を見て、律子は思わず微笑んだ。情状酌量の余地は無いと言いつつも、あの男は情にとことん弱い。償いはきちんと受けさせるが、二人の仲は見て見ぬふりをしてくれるようだった。篤史は、帽子をとってその背中に深くお辞儀をすると、ユキに向き直った。
「どこから、話したらいいでしょう」
彼の表情はまるで、初恋を自覚した少年のようで、非道な殺人鬼とは思えない程に赤らんでいた。
「初めて君と出会った時、僕は面白い顧客が釣れたと思ったんです。おまけに宝政家の娘だ。成功した暁には、一生暮らしに困らないほどの大金が得られるだろうってね」
面白そうに笑いながらも、篤史はユキから手を離さない。それが最後に交わす言葉であることを、良く心得ているようだった。
「けれども、君と過ごすうち、僕を師と呼び慕ってくれる君を見た時、僕はどうしようもなく、君に恋をしてしまったんです」
篤史は目に涙を溜めていた。いつもうっすらと笑っているその顔が初めて見にくく歪んでいた。
「一度自覚をしてしまったら、もう終いでした。君を巻き込みたくない、一刻も早く終わらせて、君を、解放してあげたいと。人にこんな感情を抱くのは初めてでした」
「ユキ」
心の内側から滲み出るような、柔らかな声が、ユキの体いっぱいに響く。
「君が僕と共にありたいことは分かっていました。けれど、今の僕にはそれを許容する事が出来ません。……僕らが殺した彼らには、こうして愛する者と最期の時を迎えることすら許されなかったから」
二人が永遠に分かたれる。それこそが、彼らに課せられた本当の罰だった。それは、人によっては甘いと非難するような事かもしれない。けれど、二人の空気に同調していた律子には、それが何よりも残酷な罰であると理解した。
「次は、もっと違う形で出会いましょうね」
篤史の発した次、という言葉が、一体いつの次元の話なのか、ユキには全く分からなかった。分からなかったけれど、泣きじゃくりながらも、彼女は笑顔で小指を差し出した。
「はい、約束、です」
固く結ばれた小指が再び離れる頃、列車は終点の長崎へと辿り着いた。
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絵:日向ひなの
伴奏:蝶 様
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寝台特急連続殺人事件編・第二夜
https://nana-music.com/playlists/3714322
#紅華探偵團
#虹ヶ咲学園 #スクスタ
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