大きな森の小さな片隅で
LiSA
大きな森の小さな片隅で
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風邪で煽られる踊り子の衣装。いつも笑顔と野心が覗く鋭い眼光が光るカレンが珍しく静かに森へと入っていく…。いく先は、この世界の聖地の入口。夏の熱気と踊ったあの場所へ…。
何度か迷子になったが、やっとたどり着いた。木漏れ日が落ちる、緑化した岩がある場所。種を見つけたんだっけ…周りを見渡す。種も、人影も、何も無い。静かに意識を集中する。カレンは静かに驚く…最初に入った時とまたリズムが変わっている…!確かに複雑すぎて追うことができないリズムが渦巻いているのは変わらないが、あの日に入った時と、もうリズムが変わっている。説明が難しいのだが、まるで空のように天気や時間で表情が変わる…きっとまた違うタイミングで訪れたら、また違うリズムを感じるのだろう…アッシャーとゲヘナの柱…各地の聖地とは格が違う。…カレンは長く息を吐く。
負けたのだ。島では最強だった…カレンに踊りや戦い方を教えたあの姉弟ですら、憑神と踊る事はできない。この力は自分で掴んで、体がボロボロになるほど踊り続けて掴んだ能力…。疲労骨折して立てなかった日々もあった。それでも掴んだ己の力。皆は詠唱すればいいと笑ったけど…あのお二人は褒めてくれた、称えてれた…半神の目で微笑んで教えてくれた。ペレも踊っているよと…。その日、私は強く誓った。…見ないように生きていた、何も出来ない自分、それでも笑って生きればいいと逃げていた自分、勉学も生活も適当で不真面目なフリして誤魔化した自分…それを全て捨てると。そして、私を踊り子として拾ってくれたこのお二人の為生きようと。どんなに反抗しても私への教育を諦めなかった恩人とその技こそがこの世で最強なのだと、この私が知らしめる事を…
「なのに負けた!!うちは負けた!!なんで!?うちは島で最強だったんだ!誰にだって負けない!負けちゃいけないのに…」
ランダ神の力が支配する聖地とは格が違う世界樹を前にして崩れ落ちた…。踊りだけでのし上がった存在は、多様の武器と戦略を使う戦い方を知らない…世界は残酷なまでに広いのだと思い知らされた。目と前に見える木すら、これは世界樹ではないのかもしれない。世界樹本体はさらに奥、沢山の根から伸びる新たな幹やこぼれ種から生える新しい苗、この環境に適応した植物達…それらが複雑に生えて、近づけば近づくほど世界樹が何処なのかどれなのか…分からなくなる。まるで今のカレンのようだ。遠くから見た時は天に届くあの大木が世界樹だと分かるのに…「最強」になるって思った時は、あんなにも簡単に思い描けてたのに…。近づいてわかる…私などあまりにちっぽけな存在だと。
「わかんねぇっす…ねぇ様…うちは…どうすれば…うちバカだから…わかんねぇんすよ…ねぇ様」
項垂れたカレンの膝にポタポタと涙が落ちる。
「立てよ、踊り子…また踊りを見せてくれ」
ハッと顔を上げるカレン。あの時の…すぐにわかった。木陰の中で、まるで日光にジリジリ焼かれるような感覚と風と虫の声が頭に響く…酷く恋しいあの漣の音も…。
「我らが主が寝床に戻られる。もう、秋の使者がこの地を支配するだろう。あぁ、娘よ…夏の祈りの少ないこの地でどうか、慰めにまた踊ってくれないか」
カレンは海の民、常夏の島の住民…夏の従属への敬意と祈りは深い。だから声が聞こえるのかもしれない。…でも今は自信が無いと零すと、強く祈れと声がした。カレンはバドンの風景を思い浮かべて祈りを捧げると、目に熱が走る感覚がした。静かに目を開けると、日に焼けた屈強な体、髪は蜃気楼で揺らめく夏の精霊が立っている。
「立てよ、バドンの娘。我らが主の懐の民よ。共に踊れ、過ぎる季節の為に」
南風が巻き上がり、木漏れ日がザワザワと乱れる。カレンは差し出された手を掴むと、立ち上がった。南風がカレンに襲いかかると、カレンはいつもの癖で踊りながら身を翻した。それに合わせて精霊もステップをふむ。すると焼け付く光がカレンを追いかける。…そうだ、神や精霊は詠唱をしない。己の力で魔法を繰り出す為に身振り手振り、そして声で力を生み出す。バドンの知恵もランダ神や従属する精霊から伝わったと伝説がある。私は今、先祖が受けた学びを受けているのだ…。カレンは力強く手を振りあげて地面を踏みしめた。
精霊とのダンスはなおも続く…。まるで決戦のような緊張感。精霊は息一つ荒れない…。涼しい顔のまま、様々な力を生み出す…バドンの先祖はこんな恐ろしい時間を耐えたのか…。泥だらけで疲れに震える足を何とか動かすカレン。二人の顔が頭をよぎる。
「バドンの巫女は、我の様な末端の精霊ではなく神と常に対峙し、舞うと聞く。流石はバドンの踊り子、汝もまた巫女の従者なのだな。楽しかった…我もまた主の元で眠ろう…また新たな夏が目覚めたら会おう、踊り子よ…」
ステップを変えてカレンに体を翻すと、カレンの体を優しく抱き締めて日光の中溶けて消えた。
カレンは抱きしめられた姿のまま、また静かに涙を流した。神と踊るランダの事、その従者だと認められたダンス。…私もあの精霊も末端の存在…それでも…。
「強くなりたい…強くありたいよ…ねぇ様」
強くなれる理由を知った。
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闇のマナを手に入れた
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