変なの
てにをは
変なの
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おはよう…。おはようさん!…最近の朝はおはようの挨拶に溢れる。宿での生活に安心したのか、それともソフィーの睡眠時間が変わったのか…アイムより先に起きて、宿屋の夫婦に挨拶回りをするのがルーティンになったソフィー。最早普通の人間の女の子、これが人が生きるという事なのだろう…。朝ご飯を向き合って食べるアイムは静かにパンを頬張りつつソフィーを見つめた。彼女は少食だがスープは好きだと認識した女将は、いつも小さく整形されたパンと美味しい日替わりスープを出してくれている。
いいな…ソフィーにも聞こえない小さな声で安寧の吐息を零す。後はカチャカチャと食器の音だけ優しく響いた。
「一人で出かけるだと?」
昼を前にした午前中、ソフィーは籠を抱えてじっとアイムを見つめた。
「スープ…、ポタージュの…また作って欲しいから…」
どうやら馬鈴薯を調達してお世話になっている女将に渡したいらしい。そんなものはどうせ宿で買い足されるだろう!とアイムは反論したが、確かに最近ポタージュは出ない。夏だから避けているのだろうが、どうもソフィーはあれを気に入ったらしい。ダメだと一喝しても、いつもの張り付いた笑顔で籠を抱えたままアイムの傍を離れない。窓から外を眺めると、広場の向こう側に手押し車に野菜を詰んだ露店が見えた。そこなら近い…大きく溜息をついて、寄り道をしないと約束させて、ソフィーは初めての買い物へと出かける事となった。
部屋から宿屋の玄関を出るまでに女将がいたが、ソフィーは咄嗟に籠を隠した。あら?お出かけ?の問いかけも無視しつつ、いそいそと外へ出た。
大きな円状の広場。中央には大きな蛍石…緑の優しい色と、古くて重い特別な波動を感じる。そこから目を外して露店を見つける。大きな広場を横断するように、小さな足は進み出した。時間はもう昼へと進んでいこうとしている。人々は食事のために建物へと戻っていく。数名が外食へと出かけている程度で広場は比較的人が少ない。無事に店にたどり着いたソフィーは、まだ野菜のパウンドケーキを食べていた店主から馬鈴薯を買い取る事が出来た。やれやれ、と息つくことも無くソフィーは体を翻して宿へと戻る。道草を食うな…アイムとの約束だ。しかし、そんなソフィーの足を子供の声が止めた。
「おい、お前…夏なのになんでそんな暑い格好してんだよ。変なの!お化けみたい!!」
その声にソフィーと彼の周りにいた友達も目をやる。猫の獣人だろうか?友人が彼にぞろぞろと集まる。
「…何?」
「誰だよ?子供のくせに児童院で見た事ないな。革ローブなんて着てるのお前だけだぞ?変なの!」
変なの!!他の声もそれを追いかける。たくさんの好奇の目…よく分からないが、あまり気持ちが良くはない気分…籠をぎゅっと抱きしめた。
「暑いだろ?腕まくればいいじゃん…あ…」
1人が籠を抱きしめる腕を掴むと袖を肩まで引っ張った。すると生き物にはあるはずのない妙な関節が顕になる。
「…何だよ…これ…!」「お前、呪具?人形?うわぁ」
誰かが1人呟いた…気持ち悪…すると感情は病魔のように感染する。気持ち悪い、気持ち悪い…吐き出される言葉と嫌悪の目。ソフィーはただただどうする事も出来ず、張り付いた笑顔で彼らを見ていた。心が染まるような、落ちるような、感じたことのない感覚…このまま、全てが消えればいいのに…
「眠れ、眠れ、哀れな羊よ。全ての悲しみは、全ての喜びは、その眠りに解けて消える。誘えヒュプノス、記憶も届かぬの酩酊へ…」
誰かがソフィーの袖を直ぐに戻すと、退化した水掻きがキラキラ光る手がソフィーの横へ伸びた。子供達はバタバタとその場に倒れ、眠りに落ちた。アイム?という前に、彼はソフィーを抱き抱えて宿まで走り去った。背中で倒れた子供に気づく騒ぎが聞こえていた。
「…アイム」
アイムは着ているローブを壁に掛けながら黙っていた。
「…ごめんなさい」
「それ、渡してやれ。女将さん喜ぶだろう…」
二人はそれ以上何も言わずにいた。アイムの背中にパタンとドアが閉まる音が刺さる。
待ちわびたポタージュ。お礼だろうか?クルトンや槍の葉のパセリまで散らしてある。なのに、こんなにも心が重い。アイムはさっさと食べ切ると、先に部屋へ戻ってしまった。いつまでもスープを飲みきれない姿に、女将さんは心配そうにアイムの座っていた席についた。
「…美味しくなかったかい?クルトンもっと長く焼くべきだったかしら、それともクレソンを添えるべきだったのかしらねぇ…」
頬に手を添えて、はぁ…とため息をついた。ソフィーはブンブンと頭を横に振る。
「これ…好き」
「…そう?じゃあ何かあったのかしら?パパと喧嘩?」
話すのは得意ではないソフィー、ゆっくりとだが買い物での出来事を彼女なりに説明した。そして、それからアイムが話してくれない事も。
「うんうん…。腕に傷があるのかしら?よく分からなかったけど…。私もねぇ、昔から体が太いから、よく馬鹿にされたものよ!誰でもそういうのはあるの」
「変じゃない…女将さんは」
「あははは!ありがとう、優しいのね。ところで、その子たちはかっこよかった?」
「分からない…だけど…目が小さかったり…笑い方が変だった…気がする」
「そんなもんよ!どんな人でもね、だいたい変な所って絶対あるもんなのよ、お嬢ちゃんだけじゃないのよ?なのに偉そうよね、皆が変だって言うとその人だけ変な人って事になるの。みーんな変なのにね」
ソフィーはポタージュを啜りながら静かに聞き入る。
「でもね、人と付き合うって残念ながらそういうものでもあるの。一人で生きていれば愛されない代わりに嫌われないし傷つかないわ。沢山の人と出会うと、楽しい事も嫌な事も運んでくるの。どちらがいいって話ではないけどね。誰かと会えば、誰かの大事な人になるし、誰かの悪人にもなる…」
出会う人はもう次の瞬間二度と合わない人。旅を続けて人間関係ができているのはアイムだけ。そんなソフィーにはなんとも実感しがたい話ではあった。
「その子達にはお嬢ちゃんは変だったかもしれないけど、私はお嬢ちゃん、大好きよ!馬鈴薯ありがとうね!」
「私も…好き。女将さんも…スープも」
おやすみなさい…ソフィーは部屋へと戻った。
ベッドに横たわり眠ろうとすると、アイムのベッドから声が聞こえる。
「お前がオートマタと知られるのはまずい。直ぐに魔法をかけられたから、きっと記憶と夢の判断が出来ないまま忘れるだろう。それだけの事なんだが…すまん。年甲斐もなくガキに腹を立ててしまってな。お前に当たりたくないから話す事が出来なかった。怒ってない…お使い、よく出来たな。おやすみ…」
「…アイム…」「ん?」
「…変なの」
ええ!?普段出さない大声をだして飛び起きたアイムだったが、残念ながら、ソフィーは眠りに落ちていた。
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闇のマナを手に入れた。
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