雨とペトラ
₊*̥𝙰𝚜𝚝𝚛𝚊𝚎𝚊☪︎₊*˚
雨とペトラ
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__𝔸𝕟𝕟𝕠𝕪𝕚𝕟𝕘 𝕣𝕒𝕚𝕟 𝕤𝕠𝕦𝕟𝕕𝕤, 𝕝𝕒𝕦𝕘𝕙 𝕒𝕨𝕒𝕪!✩₊*˚
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小刻みな呼吸の音が、脳を揺らしている。瞼が熱い。雫が滴り落ちて、袖を濡らしていく。
光の射さない部屋の窓に、くすんだ色のカーテンが揺れている。
ずいぶん遠くで、雨音が鳴っている。コンクリートに叩きつけられる雨粒が、地に落ちて散っていく。
湿度の高い空気のせいか、身体が重くて仕方ない。頭が軋むように痛んだ。
この辺りに雨が降ったのは、いつ以来だろうか。
こんな風に涙が止まらなくなったのは、いつ以来だろうか。
星巫女として務めを果たすようになって、身体に異常が起きるようになってから。
自分を上手く取り繕うことが出来なくなっていた。
誰にも迷惑をかけないように、出来るだけ普段通りの柊葉を装おうとする度に。
心の弱い部分を抉られるような、じわじわと削り取られるような、そんな痛みが走る。
柊葉の心にあったはずの痛覚なんて、もう死んでしまったと思っていたのに。どうして今更戻ってくるのだろう。
大人の望む「良い子」になれなくなった。それは即ち、柊葉の受ける精神的なストレスも増すということだ。
両親の𠮟責に心を殺し、自分が悪いのだと頭を下げて。
周囲の求める優秀な柊葉でいるために、息を止めて笑顔を作って。
助けを求める騒音や、血の止まらない傷口を無かったことにして。
そうやって塞いできた感情が、とうとう決壊した。
涙の理由もきっかけも分からない。いつも通りに両親の話を聞かされた後、自室で一人きりになって。
急に身体から力が抜けてその場に倒れ込み、気付くと涙が頬を伝っていた。
泣いている。
そう認識してしまえば、嗚咽が止まらなくなって。
身体を起こすこともままならない状態で、柊葉は泣き続けた。
何が辛いのか、何が悲しいのか、何も分からない。
普段通りの呼吸が出来なくて、不規則に鳴る喉に体力を奪われて。
今まで抱え込んできた負の感情に押し潰されてしまいそうだった。
このまま消えてしまえれば、きっと楽なのだろう。
そう思っているはずなのに、それでも死の恐怖は柊葉を捉えて離してくれない。
咲羽の最期が、瞼の奥に焼き付いている。
温度のない真っ白な肌。二度と開かれることのない瞳。
自分よりもずっと幼い少女が目の前で死んだという事実は、想像以上に柊葉の心に傷を与えていた。
生きていたくない。死ぬのが怖い。
そんな二律背反から顔を背けて、こんな世界に生まれ落ちたことを恨んだ。
どれくらいの間、そうしていただろうか。
降り止む気配のない雨が、夕暮れを隠している。
自室のドアを叩く硬質な音に、沈んでいた意識が覚醒した。
「柊葉」
誰かが、柊葉を呼んでいる。
耳を塞ぎたい衝動に駆られる。喉が引き攣って、声が出ない。
降り止まない雨の音が、全て搔き消してくれれば良いのに。
そんな虚しい期待も叶わずに、苛立たし気に再び名前が呼ばれた。聞き慣れた父の声だった。
ドアを開けるために立ち上がろうとして、指先が震えているのに気付いた。涙は止まる気配を見せず、身体に力が入らない。
嫌だ。
見られたくない。
独りで泣くことくらい、許して欲しい。
これ以上何も聞きたくない。
もう笑顔を作りたくない。
一度決壊した感情は、元には戻ってくれなかった。
今まで従順だった娘がドアの奥でそんなことを思っているなんて、想像すらしていないのだろう。
再び乱暴に扉を叩かれ、しばらくして金属音がした。
鍵が、開けられようとしている。そう気付いて怖気が走った。
泣いているところなんて見られれば、何を言われるか分からない。
嫌だ。怖い。助けて欲しい。
そう願ったって何も起こらないと分かっている。
せめて少しでも苦痛から逃れようと、柊葉は固く目を瞑り――
――馴染んだ浮遊感が、柊葉を襲った。
ゆっくりと目を開ける。一点の曇りもない星空が、世界を包んでいる。星天界に召喚されたらしかった。
目元に残った涙を拭い、ゆっくりと息を吐き出す。
身体の震えはいつの間にか収まっていた。
顔を上げると、尖った金色と目が合った。
紅愛、藍空、そして刹那。今回は三人の星巫女が星天界に呼び出されているらしい。
柊葉の方を一瞥した藍空は静かに一瞬瞼を落とし、刹那の方にその鋭い視線を投げかけた。
数日ぶりに会った刹那は、最後に見た日と同じように、薄い笑みを浮かべている。
「霊安室の話を聞きました」
チラリ、と一瞬だけ視線をこちらに投げかけ、藍空が告げた。
冷静を装ってはいるが、その声は以前聞いたものよりも僅かに弱く、震えている。
「どこでその情報を知ったんですか」
はっきりとした敵意を隠す気のない、刺々しい視線が刹那に向けられる。
藍空は召喚されてすぐの頃から、他の星巫女に対して慇懃無礼な態度を取っていると感じてはいたけれど――こんなに冷静さを欠いた彼女を見るのは初めてだった。
自分の命がどうなってしまうのか分からない不安の中、どこかに敵意を向けていないと潰れてしまうのかもしれない。
柊葉がさっきまで、負の感情に飲み込まれそうになっていたのと同じように。
「あの日――魚座の彼女が死んでしまって以来ずっと、私は星巫女について調べていた。彼女を地下まで運んだのは私だ。あのままでは、いずれ死体の劣化が始まるだろうと思ったからな。何か資格を持っているわけではないから断定は避けるが――死因は恐らく衰弱死だろうと思われる」
衰弱死。つい半年前は全く馴染みの無かった言葉が、鼓膜を揺らす。
施設育ちの二人は、今までにそうやって死んでいく人間を見てきたのだろうか。
動揺を隠せていない藍空の横でただ立っている紅愛には、刹那の話が聞こえているのかいないのか。
いつもと同じように、焦点の合っていないような紅の瞳を宙へ向けていた。刹那の言葉は続く。
「現実世界の方で伝手があって、調べてみたのだが…彼女の遺族には死因が伏せられていたようだ。
だが、私の想像通り、歴代の星巫女に任期中に死亡した少女がいるという記録は残っていた。それも数件ではない。ここ十年で、数十人の死者が出ている。
星巫女は、神の力をその身に宿して世界を守っているのだが――そのことで、身体と精神に過度な負担をかけている。このままでは、身体が衰弱し、精神が摩耗してやがて死に至ることになるだろう。私達に、それを止める手段はない」
教科書に書かれた文章をなぞるかのように、淡々と刹那は語った。
その事実は、到底受け入れられるようなものではなかった。
遺族に、星巫女の死因が伏せられている。
即ち、何者かによる情報操作が行われているということだ。星巫女が生け贄であることを隠すことで、世界の秩序を保つために。
そんな存在なんて、一つしか思い当たらない。
中央政府が情報を統制し、都合の悪い事実を隠蔽しているのだろう。
扉越しに聞こえた自分の名前を呼ぶ父親の声が思い出され、吐き気がした。
星巫女達本人にも、その家族にも、真実は伝えられない。
星巫女は世界を守るために歌う、光のような存在として喧伝されるのだ。
それを、クーデター以降中央政府はずっと続けてきた。
星天界で死んでいった少女達の存在を、踏みにじって無かったことにして。
抵抗する手段さえ持たせずに、自分達のために少女達を神に捧げる。
そんな巫山戯けたことがまかり通っているのが、この世界だった。
藍空にとっても、刹那の話は衝撃だったのだろう。
瞳の奥に静かな怒りを燃やし、耐えるようにして唇を嚙み締めている。
刹那が悪いわけではない。彼女だって、それは分かっているだろう。
しかし藍空の怒りの矛先は、刹那に向きつつあった。
自分がいずれ死んでしまうと分かっていてもなお、微笑みを絶やすことのない刹那が理解出来ないのだろう。
このままでは星巫女が皆死んでしまうという事実を、一切の躊躇も戸惑いもなく話す刹那が恐ろしく思えるのだろう。
「…どうして、あなたはそんな風にっ……!」
自らを押し潰そうとする恐怖に、理解出来ない刹那の態度に、耐えられなくなったのだろう。
藍空が声を荒げ――その言葉は押し留められた。
ただ黙って話を聞いていた紅愛が、今にも刹那に掴みかかろうとした藍空の右腕を強く掴んでいた。
じっと藍空の方を見詰めた紅愛は、静かに首を横に振った。
それ以上はいけない、とでも言いたげに。
月色の瞳を大きく見開き、信じられないように自分を制止した紅愛を見た藍空は。
言いかけていた言葉を飲み込み、静かにその場を後にした。
「……どうして藍空を止めた?」
刹那が静かに訊ねる。彼女にとっても、紅愛の行動は腑に落ちないものだったらしい。
大抵の事柄について刹那は自分で結論を出し、抱いた疑問を口にすることがない。
「刹那はルールだから」
返ってきた答えは端的だった。
たったそれだけの言葉で、刹那には伝わったらしい。
自分のしていることが正しいと信じて疑わないような表情で、出会った日と同じように薄く笑っていた。
自らの死の可能性について、星巫女の中で誰よりも知っているというのに、どうしてそんな風に笑えるのだろう。
刹那が何を考え、何を思っているのか。少しも理解出来なくて怖くなる。藍空も、きっとそうだったのだろう。
だけど、彼女が普段通りであることに、自分が一種の安堵を覚えていることもまた事実だった。
𝕋𝕠 𝕓𝕖 ℂ𝕠𝕟𝕥𝕚𝕟𝕦𝕖𝕕...
₊*̥┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈☪︎₊*˚
✯𝕃𝕪𝕣𝕚𝕔✯
🔥誰かが言った いつか空は灰になって落ちるって
⚜️妄想の世の中で 日々を喰らっている
⚖境界線を引いてしまうのも 共感覚のせいにして
⚡街の灯の海で 居場所を探している
⚖🔥何処へ行くにも この足は🔥退屈に染まって動かない
⚡⚜️少しだけ先の景色が⚜️見たいだけなのにな
🔥⚡⚖⚜️雨が降ったら 雨が降ったら
きっと 頬を濡らしてしまう
⚡枯れてしまった 色ですら 愛しくなるのに
🔥⚡⚖⚜️目を瞑ったら 目を瞑ったら
もっと 遠く霞んでしまう
⚖煩くなった雨の音 笑い飛ばしてくれ!
✯ℂ𝕒𝕤𝕥✯
♋︎Cancer #星巫女_紅愛
🔥紅愛(cv.未蕾柚乃)
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♌︎Leo #星巫女_柊葉
⚡️柊葉(cv.希咲妃)
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♎︎Libra #星巫女_藍空
⚖藍空(cv.くろ)
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♐︎Sagittarius #星巫女_刹那
⚜️刹那(cv.ハナムラ)
https://nana-music.com/users/8640965
₊*̥素敵な伴奏をありがとうございました☪︎₊*˚
➴狐のリサ様
https://nana-music.com/sounds/0263632f
✯𝕋𝕒𝕘✯
#Astraea #星巫女
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