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歩くたびに軋む床が、この洋館の古さを物語る。
玄関を抜けてすぐ奥にある重厚感のある扉を案内人が開けると、その向こうには映画やアニメでしか見ないようなレトロな洋風のテーブルと椅子が整然と並んでいた。
その様子を歌撫はポカンと口を広げてただただ眺める。
「歌撫さんはお客様ですからこちらへ」
案内人に指し示されたのはいわゆる誕生席と呼ばれるテーブルの端の1番目立つところだった。
「えっあっ私はそんな……できれば目立たないとこ……」
「じゃあ、真ん中にしましょうか」
案内人はそういうと、長いテーブルのちょうど真ん中の席の椅子を引いた。
(うっ……ここも目立つ……)
そうは思いながらも、何回も断るのも悪いと考え、歌撫は素直にその席に座る。
「今準備していますので少々お待ちください。他のメンバーもそろそろ来るかと」
「他の……メンバー?」
歌撫が小さく首を捻ったその時、彼女がやって来た時に開けっ放しでいた扉の方から、カツカツと木の廊下を踏みしめる足音がいくつも響いて近づいてきた。
「噂をすれば……買い出しに行っていたLUCID組が帰ってきたみたいですね」
案内人が扉の方に視線を向けると、その向こう側から数名の声が聞こえてくる。
「ただいまー」
「今帰りました」
「おい、案内人、さっきそこで……」
声がクリアに聞こえたかと思うと、数名の男女が部屋の中へと足を踏み入れてきた。
歌撫はその中の、少年の手にもたれた見覚えのある鞄を見て思わず声をあげる。
「あっ!私の鞄!」
「あ、さっきの不審者」
落とし物を拾ってくれたお礼を言おうと口を開いた歌撫だったが、「不審者」という言葉に閉じた唇をへの字に結んだ。
「お帰りなさい、奏弥さん。歌撫さんとどこかでお会いしたんですか?」
「あ?さっきここに来る途中の道でボーッと突っ立ってたから声かけたら変な声あげて逃げやがったんだよ」
「持ってた荷物ぜーんぶ放り投げてね!」
「あまりの声に私の方が逃げ出したくなったわ」
奏弥の隣に立つ少女は白い歯を見せて悪戯っぽく笑い、その隣の女性は肩をすくめると首を数回横に振った。
「そうだったのですね。奏弥さん、りんさんもauruさんもお疲れ様です。ありがとうございました」
案内人が彼女たちから買い物袋を受け取ると、奏弥はぶっきらぼうに持っていた鞄を椅子の上に置いて踵を返す。
「あ、奏弥さん、もうすぐお茶が入りますよ」
「いい。疲れたから寝る」
そう言い残して部屋を出ようとする奏弥に、歌撫は礼を言おうと立ち上がりその背中に声をかけた。
「あっ!あの!急に大声出してすみませんでした!鞄ありがとうございます!」
奏弥はその声に一瞬立ち止まったものの、小さな声で「別に」と呟いただけで振り返ることなくそのまま部屋を出ていってしまった。
「……怒らせてしまった……」
「ううんー違うよー奏弥くん元々あんな感じ」
しょんぼりと眉を下げた歌撫に、りんは楽しげに笑って話しかける。
「ねえ!その制服、近くの音楽科のある高校のだよね!もしかしてBAKU志願者さん?」
りんは玉子の装飾のついた髪を揺らしながら、その場でぴこぴこと小さく跳ねる。
「ば……く?志願……?」
「あれ?違うの?じゃあ普通のお客さん?」
「あ、えっと……」
「りんちゃん、お客様困ってる。質問責めは良くない」
椅子に座って気怠げに頬杖をつくauruに嗜められて、りんは口を尖らせるとそれでもその言葉に従って自分の定位置の椅子に腰掛けた。
「うるさくてごめんね。こんなのがもう数人いるから後少ししたらもっと騒がしくなるよ」
「こんなの!?auruちゃんその言い方は酷い!」
りんが頬を膨らませて抗議の意を示すと、auruは「はいはい、ごめん」と感情のこもってない声で返した。
歌撫がそんな二人のやりとりを苦笑いで眺めていると、部屋の外から再び人の声と足音が近づいてくる。その数はさっきよりも多くて、この大きな屋敷にはそれなりの人が居るようだった。
「ウェーイ!ティーターイム!」
「今日のお茶当番飴村さんとあいみんさんだよね?二人のお茶美味しいから楽しみ!」
「お茶菓子ロカボ系のクッキーまだあるー?」
「あたしお茶アイスのがいいなー」
「うおっ!知らない女の子がいる!誰!?」
ゾロゾロと年齢も性別もバラバラの集団が部屋に入って来たかと思うと、最後尾にいた少年が歌撫に気付いて大きめな声をあげる。
その瞬間、その集団の視線が一気に歌撫へと注がれた。
色とりどりの瞳が歌撫を捉えると、一瞬にしてその部屋の空気が静まり返る。
ほんの数秒の出来事だったのかもしれないけれど、その場にいた人間にとってはとても長く感じた。
その誰も声を上げられないその状態で止まった時を動かしたのは、キッチンからティーポットを持って現れた案内人の一言だった。
「un ange passe!それとも森の妖精が通り過ぎたかしら?」
何か呪文のような言葉で時を動かした案内人は、両手に持ったトレーをテーブルに置くと言葉を続けた。
「さあ、皆さん言いたいことがあるのはわかりますが一旦お席につきましょうか。
美味しいお茶でも飲みながら、ゆっくりお話ししましょう」
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