君という神話
十六夜マリオネット
君という神話
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Episode.1 「醒めない夢と幻人形」後編
階段を上りきった先に見えたのは、様々な色に彩られた蝋燭の群れだった。
乱雑に投げ捨てられた湿っぽいマッチが、大戦後の世界を象徴しているかのようでやりきれなくなる。
その異様な光景に、躊躇したようにシェリーが足を止めた。それに構わず、ライラは進み続ける。
ライラが願いを叶えるためには、シェリーよりも先に蝋燭に火を灯さなければならなかった。
シェリーが現実を――指揮官の死を受け入れなかったのは、何らかの防御装置が働いたからだろう。
ライラとシェリーを製造した国は、人口こそ少ないものの技術力は高く、ほとんど人間そっくりに作られていた。理由は分からない。
人間と同じような悲しみや苦しみを、兵器に経験させることに何の意味があるというのだろう。前線でも自分の身を犠牲に戦えるよう、痛覚は与えられていないというのに。
自分が、シェリーを壊してしまうかもしれない。
そんな恐怖から目を背け、ライラは足を進めた。
シェリーは壊れていた。指揮官が死んだ日からずっと、壊れていた。だから、目を醒まさせなければならない。元に戻さなければならない。
今度は、自分がシェリーの支えになるのだ。絶対に死なせない。
自分のしようとしていることは、間違っていない。
祈るように念じるように、声にならない声で繰り返しながら、ライラは火をつけた。
薄暗い塔の中に、鮮やかな赤色が浮き上がる。
ライラの国で、炎は夜の象徴だった。夜が来ると、街中が一斉に炎を灯した。
もうそんな光景を見ることもない。あるのはただ、数分もあれば消えてしまう、覚束ない炎だけ。
願いを叶えるため、夢を醒ますため。
ライラは目の前の蝋燭に、そっと点火した。
「……シェリーを、夢の世界から取り戻せますように」
祈るように呟き――言葉が最後まで紡がれる前に、ライラの身体に衝撃が走った。
大戦中に何度か経験した感覚だった。二度と味わいたくないと思い、味わうことなんてないと思っていた。
真っ暗な眼をしたシェリーが、銃を抜いていた。銃口はライラの方を向いている。
――それを認識すると同時に、ライラは崩れ落ちた。
人形の身体は頑丈だ。人間に比べて、遥かに打たれ強い。
だけど、傷付くことがないわけではない。ライラと同期だった人形も、沢山死んでいった――人形に対してだから「死」よりも「故障」という形容が近いのかもしれないけれど――大戦中、沢山の人形が二度と動かなくなった。
相手の武器に耐え得る頑強な人形が出来れば、それを破壊するための新たな武器が作られる。永遠に終わらない鼬ごっこだ。
帝国製の人形の身体は、どんな武器でも傷付けられない。帝国製の武器は、いかなるものも破壊する。そんなキャッチコピーを、過去に数度聞いたことがある。
酷い矛盾だった。そして今回、どうやら矛が盾に勝利したらしい。
「ごめんね」
シェリーの声が聞こえたような気がした。
前線で戦っていた彼女と同一人物とは思えないほどに、か弱い呟くような声だった。
意識が急速に遠のいていく。闇に呑み込まれていく。決して醒めることのない夢に、ライラ自身が誘われようとしていた。
胸に提げていた十字架のチェーンが千切れ、転がった。
ライラの願いは叶わなかった。
せめて、シェリーには最期まで幸せでいて欲しい。たとえそこが夢の世界であっても構わないから。
諦めと同時にそんな思考が浮かび、ライラは静かに目を閉じた。
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✨きみと同じ世界を観る
☂それはどうか 美しいか
✨きみと同じ時を刻む
☂それはどうか 許されるか
✨知らないままのほうが
よかったことなんて山ほどあるけど
☂研ぎ澄ませ 祈り捧げ
命運を紐解け
✨新しいゲートが今音を立て開く
✨☂それはきみへと続く道
✨☂眩しさに目覚めた朝は
☂きみの足跡を追いかけた
✨☂この世界が終わる日には
あの旋律を口ずさんだ
✨きみすら遠く遠く遠く遠く小さくなっていく
☂まだ行かないで遠い遠い遠い果てで待っていて
゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜
✨シェリー(cv.あかりん)
https://nana-music.com/users/912797
☂️ライラ(cv.立花なる)
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゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜+.――゜
#十六夜マリオネット
SS:柚乃
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