灰色の火傷、青の痛み
米津玄師 菅田将暉
灰色の火傷、青の痛み
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「全く、我々はもういい歳なんだぞ!?手紙を送る時に先方のことを考えてだなぁ…」
腕を組んで不満を述べるみりんの前には男が笑って座っている。漆喰の塗られたアパートメントの一室、お世辞にも広いとは言えない部屋の窓辺に置かれたテーブルに2人は向き合って座っている。机に世界樹の葉のお茶が揺らめく。
「あははは、変わらないなぁ同期よ。名家出身の天才が田舎町の一門番になったと聞いたから、色々変わっちゃったかと思ったが…」
光さす窓に目を移して、お茶を啜る。
「…まぁ、お前らしいよな…その選択」
入隊した時から彼は浮いていた。軍人独特の性格や雰囲気に欠けていた。どこか軽いというか、気が抜けた空気を常に纏っている。しかし、どんな新人よりも鋭く光る眼光…一瞬見せる厳しい表情は誰よりも怖かった事をみりんは覚えている。リラックスしながらお茶を啜る今も、窓を見据えたその視線は衰えていない…もっと研ぎ澄まされている気すらした。お茶を持つ手に酷い火傷の跡。
「お前に言われたくないな!そもそもだ、お前が本来なら軍師になるはずだった。戦略や戦法を考える重要な参謀。私に最も合わない役職だ!お前が就任する直前で軍を抜けたから、私に回ったんだからな!誰よりも抜け目なく思慮深いお前が!大体、あの時はアヴァロン軍は人員不足で…」
ハッとした顔でみりんの口が止まった。窓に顔を向けたまま、彼は目だけをギロリとみりんに向けた。しかしすぐ目を瞑り、ハハと笑いだす。
「いいじゃないか…軍師には後輩達を育てる任務もある…。お前のシゴキのお陰で軍は未だに世界樹エリア最強を誇ってるじゃあない?」
みりんはゴモゴモと聞こえない程の小声で口篭り、ごめん…と呟いた。
「らしくないな。気にしないでくれよ…俺はあの日のおかげで道を見つけたんだ…」
中の空気など知る由もない、明るい笑い声が窓の外から聞こえた。
2人の成長は目覚しいものだった。数十名もの新人の中で、この二人は誰よりも早く任務を任せられ、成功率も高かった。武芸に長けたみりんと知略に優れた男…タイプも性格も全く違うふたりは時に競い合っては成績を伸ばし、気づけば小隊の隊長を担うまでになっていた。好敵手を得たみりんは順風満帆な生活を生き生きと謳歌していた。そんな時だった…。
スルト。黒の者、古の火、炎の剣で世界を焼き尽くす巨人…一柱の魔王が世界樹の枯れ落ちてしまった幹の解れを破り、このアッシャーへと現れアヴァロンを襲った。魔王は神堕ちや悪神に並ぶ災害、無論アヴァロンは国を上げて闘わざるを得なかった。その闘いの壮絶さは筆舌に尽くし難い。三日三晩休む事も許されず続けられた攻防、アヴァロンは軍の魔法とスルトの放つ業火で闇夜が訪れなかったと語られている。魔王に破れ死んでいった者、その戦火に巻き込まれた者…被害は只々膨れ上がるばかり。世界樹エリアの最大首都であるアヴァロンの1/3以上が壊滅的な被害を被った。このまま進めば街は死ぬであろう…誰もが絶望に打ちひしがれた。沢山の小隊が殲滅され、ついには新参小隊である二人にもスルト討伐の命が下った。
民間人の救出を主に回っていた二人の小隊は装備を固め、ついに黒く爛れたマグマの巨人に立ち向かった。あちらこちらで聞こえる叫び声、断末魔…肌が焼けるような熱さに耐え、懸命にスルトへ攻撃を放つ。みりんの小隊は足場を冷気と斬撃で攻撃し、同期の小隊は飛行魔法と弓矢を使い頭部を狙った。
…あれから何時間、攻撃を続けただろうか…自分が育てた後輩が何人も負傷し退いてしまった。彼の兵たちも…。疲れと熱さと痛みで朦朧とする頭で同期の小隊を見やった。すると、何かを叫びながら彼がみりんへと飛んできた。
「みりん!手だ!!魔王の炎の剣は奴の手に空いた穴から生み出されている!あの穴に一点集中すれば倒せるかもしれない!!」
そう言うとワイバーンに乗り戦い続けている幹部達を指さした。スルトの手から剣のように鋭く放たれる火柱の根元をよく見ると、確かに穴が空いていた。そこに攻撃が当たると、ボロボロとスルトの黒い体がひび割れ落ちていった。
「みりん!お前らは水や氷の魔法が得意な奴が多いよな!?俺ら全員でみりん小隊に飛行魔法を唱える。攻撃を放つ直前に一気に畳み掛けろ!」
「それは1度部隊に報告した方が…!?」
「これ以上長引かせると街が持たん!」
みりんの元へ降り立った同期の必死の顔。後ろにはアヴァロンの住宅と理事会本部、ほか様々な施設が集まっているエリアが見えた。ここを死守しなければ、再建は不可能になるだろう。悩む暇はない…みりんは隊員を集め、彼に力強く頷く。
同期の小隊は魔法陣を地面に書き上げ、全員で憑神へ詠唱する。浮き上がるみりん達の体、仲間の期待を受け、スルトの手元まで飛びあがる。目の前の幹部達目掛けスルトがまた手を開き出す。
「全員!詠唱構え!!」
みりんの鋭い号令に合わせ、氷龍と追随する沢山の魔法がスルトの弱点を捉えた。状況を察知した幹部達も一気に加勢する。あと一押しというところで、みりん達の陣形が崩れた。見下ろすと同期の小隊がスルトに踏みつけられていた。しかし、苦しみながらも皆は詠唱をやめない。
「今助ける!」「来るな!倒すんだ!いけ!!」
踏み殺され動かない者もいる。彼もまた火傷を負い、血を吐きながら魔法を唱え続けている。みりんは振り返るのを止め、トドメの一撃を放つ。スルトは口から叫びと共に業火を吐き出し崩れていった。
「今の俺でも、あの選択をしただろう。それに、死傷者はお互いの部下に出たんだ。もう…あれは逃れられない災害なんだよ」
「…お前はアヴァロンの復興を見届けた後、軍を出ていった。私は何度、もっとお前の小隊を気にしなかったかと悔いただろう。皮肉にもお前の席にこの私が座る事になったんだ…お前は」
「俺な」
みりんの言葉を遮って男は笑った。
「俺、ネゴシエーターになったんだ。悪神や魔王と交渉して、可能な限り戦わずにゲヘナへ戻すよう促す仕事…。あの日から何度も思ったんだ。戦う以外に策はなかったかって…な。そしたら、この火傷も、お前の心の傷も救えたかもしれない。過去は変えられないが、これからは変えられる。だから」
いつもの軽くて気の抜けた笑い声。あの日の痛みと虚しさは消える事は無い…それでも。
「お前に出会えて良かったよ。互いに頑張ろう、新人ネゴシエーター…」
みりんもまた、優しく笑った。
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幸運のコイン使用の為、強制クリティカルとなります。
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