うれしいひなまつり
サトウハチロー/河村光陽
うれしいひなまつり
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題名どおり、ひな祭りを歌った曲。1935年(昭和10年)、サトウハチローが娘に雛人形セットを買ってやった前後に作詞したとされる[4]。それに河村が曲をつけ、1936年(昭和11年)2月にレコードが発売されている。
楽しい行事を歌った曲で、題名にも「うれしい」とあるにもかかわらず、西洋音楽的に分類すれば短調である。ただし、唱歌の多くは日本古来のヨナ抜き音階を用いて作曲されており、短調の曲も多い。この曲についても、短調としたことにより日本情緒がよく表現されているとも評されている[誰によって?]。
一方で、歌詞の中に官女から嫁いだ姉を連想するくだりがあるが、これについては、嫁ぎ先が決まった矢先に18歳で結核で亡くなったサトウハチローの姉のことを歌っているものであり、この曲が短調なのはハチローの姉へのレクイエムだからであるとの解釈もある[5]。
サトウハチローが作詞した楽曲の中では最もよく歌われるものの一つともいわれ[6]、日本では広く知られた曲となっている。一方、歌詞には雛人形を歌った内容としては不正確な描写が含まれており、作詞したサトウハチローはこうした誤りを気にし、晩年までこの曲を嫌っていたという[7][6]。具体的には、男雛と女雛(一対で内裏雛)を「お内裏様とお雛様」と呼ぶのはこの歌から広まった誤用で、また右大臣を「赤い顔」としているのも誤りである(実際は左大臣)[6]。
エピソード 編集
1944年(昭和19年)1月にキングレコードから、この曲に加藤省吾作詞の全く異なる歌詞がつけられた「うれしいひな祭り」が中根庸子の歌で発売された(『日本年中行事童謡集』収録)が、無断で「替え歌」を作られたことにサトウハチローが激怒し、発売停止に追い込まれた[8]。
あかりをつけましょ ぼんぼりに
おはなをあげましょ もものはな
ごにんばやしの ふえたいこ
きょうはたのしい ひなまつり
おだいりさまと おひなさま
ふたりならんで すましがお
およめにいらした ねえさまに
よくにたかんじょの しろいかお
きんのびょうぶに うつるひを
かすかにゆする はるのかぜ
すこししろざけ めされたか
あかいおかおの うだいじん
きものをきかえて おびしめて
きょうはわたしも はれすがた
はるのやよいの このよきひ
なによりうれしい ひなまつり
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