強さというもの
LiSA
強さというもの
- 10
- 0
- 0
金の髪をかきあげて静かに微笑むと、今度は無表情で出張所の外を見つめた。このまま二度と逢えなくなるのかも…理由のない不安すら心に起きるほど美しく透明な佇まい。振り返ってニフに向き合ったヤミィは、透けるような儚さを纏う。…美しい種族だと言われるエルフ…その姿はこうも鋭く、儚く、透明なのかとニフは思った。いつものヤミィとは違う、「彼」がゆっくりと口を開く。
「アップルパイを食べたから…が答えかしらね」
神々しさすら感じる彼の美と、意味不明の言葉に、ニフは困り顔で眉間に皺を寄せた。
「私、生まれた時からメイクしてたのよね…ちょっと、笑わないでよ。ホントなんだから!…なんでなのかは思い出せない、子供の頃の記憶は曖昧なの。でもやらなきゃいけない事で、幸い私にはその才能があった。好きとか嫌いじゃなくて、メイクは呼吸、生活の一旦、当たり前の事だったと覚えてるわ。そんなある日、私の家に女性が現れた。美しい…でも、不思議と彼女の顔が思い出せないの。その彼女が私の才能を認めて、メイクの世界に私を引き抜いてくれたの。嫌よね、恩人のはずなのに顔も忘れてるなんて…震えてる?寒いからかしらね。
アヴァロンの有名サロンの新人として働いたのだけど、残念ながら学ぶ事はあまり無かったな…大体の事は出来たし、新たなスキルも直ぐに覚えてしまった。…あの頃から私は勘違いしたのかもしれない。『世界はつまらない。みんな私よりセンスがなくて、学ぶ事なんてない』って。…飽きた私はサロンを転々としたけれど結果は同じ。私の中の傲慢は肥大して、誰もとめられなかった…ついには私自身も…。
気づけば私はフリーのアーティストとして、世界を駆け回っていた。私の技術に誰もが目を丸くするの。…喜びなんてなかったわ。何処で、誰に、何をしても賞賛される。あーあ、知ってますその反応…そう思ってたわ。…ねぇ、酷いって分かってる!そんな目で見ないでよニフ!…己に溺れてたと同時に、絶望してたのかもしれない。刺激のない世界、喜びのない世界、色のない…。
でもね、水面下で異変は起こってたの…いつしか何処へ行っても聞く名前が出てきた。どうせ私以下のメイクアップアーティストでしょ?…そう思ってた。けれど、いつしかその子の活躍を耳にするようになると同時に、私の仕事が減っていった…。仕事を盗まれた!とすら思ったわ。…違う、あの子の方が腕が良かっただけ。焦った私がまともな仕事が出来る訳もなかった…ついに、大口のお客様に無様なメイクを施してしまったの。怒りを買った私は、メイクの世界から追い出されたわ。
何も出来ないまま、手元のお金が続くまで1人閉じこもって絶望し続けた。地獄のような日々よ…外に出る足も心ももがれたように、部屋の中でうずくまって…。最初はホッとしてた。私を呑みこんでいたメイクから離れて、自由になれたって。でも、メイクは呼吸なの。息をしないと死んでしまう…。仕事と思っていたメイクの存在を改めて思い知らされた。でも…私は…サロンに戻れない…独立も出来ない…私は…」
ヤミィの声がほんの微かに震えた。
すっと深呼吸をして、ヤミィは不意に微笑んだ。いつものヤミィの顔と空気が戻った気がした。
「こんな私を見抜いていた、生意気な小娘が居たのよ。バリバリ働いていた時に、私のメイクをケバいって言ったのよ!?…でも、その通りだと思う…。不意にそれを思い出してね。メイクを取り上げられた恨みと怒りと、見透かされた恥ずかしさが混ざって…ずっと家から出なかった癖に、思い出したらいても立っても居られなくて彼女を探しに行ったの…そう、ここキリエに…。
自尊心の化け物になった私に、なんにも知らない彼女は手作りのアップルパイを差し出してきたの。なんか気が抜けちゃってさ…バカみたいに怒り狂ってた自分が…。1口食べたらね…いや、パティシエでも何でもないわ、ニフも知ってる子よ…ふふ。だから、フツーのパイ。なのに…ひどく胸打たれたの…。そのままでいいじゃないって。業界から追放されようと、メイクをする。それが私なの!私という強さなんだって…理由だって。
そこからはキリエの宿に泊まりながら、手当り次第メイクをさせてもらえるよう頼み込んだの。最初は断られてばかりだったけど、次第に頼まれるようになった、ファンもできた。…嬉しかったわ…ファン1号が今では副長としてでかい顔してるわ、ふふふ。貯めたお金でついに店舗を買い上げて、正式に移住したの!それがちょうど今日…」
気づけば外は赤焼けに染まっていたが、ヤミィの話にすっかり時間を忘れてしまった。本当にここに来てくださってありがとうございます、ようこそ!とニフは涙目で微笑んだ。
帰り道、昔話の余韻に浸りながら歩くヤミィは過去を思い出していた。あの時は辛かったなぁ…そうそう、あんな事もあった…頭の中を巡るあの日の風景…しかし不意に気になった、ある事…
「私を追放した業界人…私が戻った頃には誰も居なくてラッキーって思ったけど…なぜ誰もいなかったの?そういえば、あの時ライバルになってたあの子も…全然名前を聞かない…あ、あれ?そう言えば…私を引き抜いた恩人と…大口のお客様…全く同じ服を着ていたような…まさか…」
『残念だわぁ…期待してあの時、貴方を×××…』
ドン!すれ違う人と肩が当たった。いけない、考え事しながら歩いてはダメよね…。ヤミィはいそいそと家路についた。
‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦
移住した理由をニフに話しました。
(その声と歌に、心より感謝を…
Comment
No Comments Yet.