第5話 悪党編4「バベルの塔」(アヤ)
秘密結社 路地裏珈琲
第5話 悪党編4「バベルの塔」(アヤ)
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※本シリーズは、お話の都合上暴力的なシーンが続きます。閲覧は自己責任でお願いいたします。
苦手な方は閲覧を控え、後日投稿される完結編をご覧ください🙇♀️
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「...どういう、ことですか!?」
「だから言ってるじゃねえか、ここに足を踏み入れた時点でお前らの負けだ。そりゃ最初は驚いたさ、あのお魚ちゃんにサトウの野郎がついているとは......作戦立てるのも捗るってもんだ。お前らが、なんのためになら自己犠牲を働いて、どう動くのか。いずれ決着を付けるつもりで構えちゃいたが、戦力を最大限に活用できるホームでやりあえるなんて、ツイてんなぁ〜...」
一通り、打撃の応酬と、凶器の追いかけっこで体力を消耗し切った頃だった。
BAR “in the box”、複数階層で構成される酒場の最上階で、床に膝をついたアヤが見たのは、地獄だった。監視カメラのモニタに写っているのは、さっきまで一緒にいた戦友たちが、これから死に至るまでのプロセスの全てである。
戦いはもっともっと、はるか昔に始まっていた。彼らは最初から、テルが珈琲屋と接触した時点で全ての準備を始めていたのだ。旅の道中に起きた小競り合いが、ちょっとした選択を迫られる出来事が、全てこいつらの差金だったとしたら...。
思考も、戦力も、全部筒抜けな状態で仕組まれた最悪の舞台で、彼女たちは踊るのだ。立ち止まればすぐそこには、奈落が口を開けて待っている。
バーのトップに君臨する、“悪徳ディーラー、KT”は、見るからにカタギの人間ではなかった。せっかくの伊達男ながら、不健康に痩せて尖った鼻と頬、年齢に見合わぬ枯れ古木のような姿雰囲気、何より眼が物語る。
彼が、何を取り扱うタイプのディーラーかなんて、この部屋の空気を吸い込んだだけで誰でもわかる。3分も経てば平常心を失い、高揚感でクラクラと、平衡感覚が狂ってくるからだ。下層に住んでいたドラッグクイーンならば、煙草の煙のヤニっぽい苦味に見え隠れする薬のミドルノートで、恍惚の表情を浮かべたことだろう。
限界は、呼吸をするだけで近付いてくる。
半ばヤケになって、無理やり立ち上がったアヤが、厳しい声で叫んだ。
「やめさせなさい、今すぐ!!...私のなりはこんなものですが、本気を出せばあなたの首だってへし折れる」
「はあ、そりゃあ構わないけど、お前人の命に優劣つけられるタイプだったかい、アヤちゃん」
「優劣なんかない!!」
KTは、被せ気味に荒れた喉で怒鳴り上げた。
「このセクションに居るのは!!...俺が居なくちゃ生きていけねぇ可哀想〜な連中だ。成り上がって実力を見誤った落ちこぼれが、どうやってこんな地獄に立ててると思う?」
「まさか......」
「そう、“ご褒美“だ。お前が今目を向けた、あの箱いっぱいのお薬は、可愛い可愛いJのモノ。半端もんのKのおいさんは、酒。気丈に見えて、あの熱血弁護士くんだって、煙草のご褒美がなきゃたちまちヒスが抑えられずに自滅しちまう。ただでさえ依存度の高い嗜好品だが、“俺の”はすごいって評判......俺が飼うのをやめたら、お前のせいであいつら3人廃人まっしぐらだけど、仲間さえよけりゃそれでいいってことだよな?」
「それ.....は」
「なあ、アヤちゃん、そうだろ?お前自分で気づいてないだけで強かな女なんだよ」
気がつけば、KTはもったいつけてこちらへと歩み寄ってくるところだった。逃げなければ、そう思っても、足は時々見る悪夢のように、走っても走っても前に進まないし、体が異様に重い。あっという間に片腕で軽々と抱え上げられて、名残惜しむ爪先が、床からふわりと離れた。
全てがスローモーションで、グニャリと歪み、使い物にならない視界。歩き始めた方向的に、部屋の奥にある、ウォークインタイプのワインセラーへ連れ込まれることだけは確かだろう。武器になるものがあれば、まだ勝機はある。
音が一層こもって、ひんやりした空気が、獣みたいな男の呼吸と体温を余計に際立たせ、不安は満ちる一方だが、アヤはそれでも、反撃の機会は諦めるつもりなんかない。強く瞼を閉じ、視界を自ら遮ったら、その様子をせせら笑うKTの声が耳元から頭の中に滑り込んできた。
「んまあ、でも...俺は、嫌いじゃないぜ。そういう女のこ。仲良く一杯やろうや」
とてつもなく甘く、吐息っぽく鳴る、使い込んだ大人の喉。
煙に巻かれた思考のせいか、それとも心細さがそうさせたのか、アヤの脳裏に、いつぞや垣間見たスズキの笑顔が浮かび、揺らめくように、イトウの笑顔に成り代わる。
力強く抱くこの腕は、もしかすると今助けに駆けつけた彼のものなのだろうか?
そんな儚い夢を踏みにじって、首筋に接触した下品なリップ音と、後頭部の締め付けが襲う。
次の瞬間、アヤの頭は勢いよく、割られた木製樽いっぱいのワインの中へ、叩きつけるように沈められた。ざぶんと聞こえたっきり耳が詰り、濃いアルコールの海で呼吸と肺が侵されるのは、この上な恐怖であり、閉塞感は死をチラつかせた。
「っははぁ!!クソが!!!ほらお澄ましは得意だろ、お行儀よく飲めよ、虫唾が走る...!!」
もがいて水面の境でゲホゲホと咳き込むのもお構いなし。
「ここは、他人の心配しながら生きて行けるような甘い場所じゃあない。体で覚えて帰んな...!それとも、忘れっぽいお花畑ちゃんは、毎日目で思い出せるように、焼き印でも欲しいか。なあ、おい」
強引に引き上げて、嫌だ嫌だと首を振るのを見ては、興奮した様子で、鷲の爪みたいに骨張った掌が、また彼女を沈める。
深く、深く、もう戻ってこれない...
そんな寸前まで追い詰めた、意識が飛ぶギリギリのところで、彼はあっさりと彼女を解放し、自制の効かない体に任せ、床にごとりと転がした。
アルコール、ニコチン、謎の恍惚感。与えられた全てで出来上がった、物言わぬ...否、言えぬ人形と化したアヤの頬をぺたぺたと触りながら、猫が触れてくるほどの無駄な抵抗を楽しむ彼の顔は、とても満足げ。それでいて、”ほら見たことか“という嘲笑を過分に含んだ表情である。
「簡単に殺しゃしねえよ」
“仕事が済んだら、ゆっくり可愛がってやろうな”、クックと震える小さな笑い、それはだんだん大きく育ち、ひいひいと鳴る笑い声となって溢れ出て、やがてアヤの涙が、頬を伝った。
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部屋の主
“in the box統括、 ディーラーKT”
アヤの運命やいかに?
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