クリスマスコラボ企画「路地裏パティエル3」
秘密結社 路地裏珈琲
クリスマスコラボ企画「路地裏パティエル3」
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「...ど、どうしたんですか!?大丈夫!?」
アヤの足元に、次々買い物袋が散らばって、悲鳴に近い呼びかけをしたにも関わらず、彼女の返事はそっけないものだった。
細い細い路地裏の、小さな仮住まい、間借り店舗。その更に奥の部屋から、息も絶え絶え姿を現したのは、パティシエの“ふぅ“だった。
材料調達班の仕事は日に日に過酷さを増している。ふぅの背中をさすりながら、ドアの向こうを覗き込めば、机からだらりと吊られて不気味に揺れる電話の受話器越しに、人の足が見えた。
ギョッとして踏み出したら、ふぅの手が絡まって制してきたが、言葉のまんま、枯れた蔦が絡まったくらいの強さで、このまま振り切ったら千切れてしまうような気になって、アヤは恐る恐る足を戻した。
「...今眠ってるよ、あの子達、ここ数日早朝から青果市場の競りにかけつけて回ってるもんだから。もうすぐ仮眠を終えて、また出てく...」
「競りって...朝一番の競りは3時、6時に終わってそこから往復したら...寝てるうちに入らないじゃない!」
市場には、当日の朝まで何が揃うかわからないものだ。ふぅの手には、近隣市場の電話番号一覧から、おそらく普段の仕事で取引があるであろう仲買の連絡先まで、びっしりと書き込まれた紙が握られている。魂の燃やし方には色々あって、アヤと星干し、そしてルースィが足で稼いでいる間、彼女は目当ての品の入荷情報を、競りの直前に端から端まで聞いて回っていたようだった。
当然、彼女も寝ていないことになる。
これではまずい。みたところ補給も怠って疲弊がひどい。
とりあえずは、本拠地である飛空挺から何か栄養のありそうなものを...と考えていたら、幸か不幸か、店先に聞き慣れた騒々しい足音が聞こえた。それも、嗅ぎ慣れた香ばしい匂いを纏って。世間ではそろそろ、朝ごはんの時間だろう。
ばあん!と体当たりで扉を押し開け、ベルが神社の鈴並みにガラガラ音を立てる中、両手いっぱい紙袋を抱えた、珈琲屋の面々がなだれ混んでくる。ケネディ、鬼灯、浅葱、更にその後ろから、パティシエ服のまま飛び出てきたしゃきと棗。
朝っぱらから、この目が覚めるどころの沙汰ではない勢い、サトウかスズキに出くわしたら確実にイエローカードだ。一旦落ち着いてくれ!そう両手を広げて通せんぼしたアヤの腕を、軽々ひょこひょこくぐり抜け、彼女達はさながらカーレースのピットインよろしく、あっという間にふぅを取り囲んで紙袋の中身を手にした。
「ソーリー大変お待たせしましたお客様ぁ!」
「蜜蜂便です!辻斬パティエルコラボ、元気の出る差し入れの配達に参りました!」
「その名も私しゃき監修、ドッキリドッキリDONDONシュークリーム!!」
「あの、み、みんなで試行錯誤を重ねた結果...!!」
「重ねすぎて最終的に何を入れたかは、ぶっちゃけ忘れたYO!!」
「そっ...それ絶対ダメなやつーーー!!」
例えば、びっくりするような不思議な力が湧いちゃうかもしれないし、何かはよくわからないけれど、すごく素敵なことが起こるかもしれない。犬も食わない、というか猫が本能的にそっぽ向いて逃げ出すような恐ろしい事態もありうるし、とにかく、今までの経験上、これから起こりうる事態にろくなことが無いのだけは確かだ。
徹夜明けの消耗感と空腹に促されるまま、頭を抱えたアヤの目の前で、大変美味しそうな見た目のヤバいシュークリームを思いっきり頬張る、ふぅ。
良かれと思って、やったのだ。
達成感に溢れた輝かしい笑顔でそれを見守る、5人の曲者。
しばし、黙々と咀嚼音と珈琲が喉を通る軽やかな音だけが小さな店内に響き、穏やかな沈黙が場を包んだ後。5人の襲来を遥かに凌ぐ爆音とともに、ドアを跳ね飛ばし、ふぅが飛び出していった。続けて、寝起きにシューをキめた一匹と一人も、高らかに“行ってきまあす!!”と宣言して。
「......どこに!?」
もはや収拾不能、呆然と、いってらっしゃいなんて手を振っている場合ではない。ダン、とカウンターに手のひらを打ちつける音と、わざとらしい咳払いに、全員の肩が飛び跳ねる。
振り向けば、薄気味悪いニコニコ笑いを浮かべて立っているサトウの姿があった。しゃきと棗の手前であるが故、流石に通常運転とまではいかないものの、どこからどう見たって、ご機嫌は傾いているという事で間違いない。
「おはよう、いやァ〜朝っぱらから元気がよくって何よりだね。ちょっと聞きたい事があるから、そこの聡明そうなパティシエさんと、奥ゆかしいパティシエさんには残ってもらおうかなあ」
“それで、君たちは...”、そう前置きして、しゃきと棗を店の奥に押し込むと、サトウはワントーン落ちた声で詰め寄り、胡散臭い笑顔のまま、短くびしりと指を突きつけたのだった。
「...お説教は後回しだ。わかってるよね?」
「「「「イッテキマス」」」」
ドッキリドッキリDon Don、不思議な力が湧いてしまったからには、どうしようもこうしようもない。道標になるのは、路地の向こうから聞こえている彼女たちの異様に元気な歌声だ。ことが起きる前に回収しなければ、大変なことになる。
12月23日、クリスマスまで後2日。
朝日が差し込む路地裏を、足音の群れが慌ただしく駆け抜けて、猫たちが真っ白なあくびをふわりと吐いていた。
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「おっかしいな、元気になるはずだったんだけどなぁ」
「そうですねぇ、ド元気になっちゃいましたね...」
「あれさー、タナカの薬品レシピ間違ってたんじゃねぇの」
「もー、そもそもタナカさんのレシピはお菓子に混ぜちゃいけません!」
〜続〜
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