ある探求者の手記
不明
ある探求者の手記
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どんどん記憶が失われていく。先日はついに最愛の妻
と出逢った時のことも忘れてしまったようだ。毎日の
ように自分で長年つけてきた日記を読み返してみても
どれもまるで他人事のようだ。最近では思った事は全
てこうして文字として残すようにしている。記憶を失
う事はまるで自分の今までの人生を消されているよう
でとても虚しい。だから私はここに書き記す。私が生
きた証を、築いてきたものを残すために。私の人生の
多くはある5人の魔女について知るために世界中を旅
していた。しかし分かった事はほんの僅かに過ぎなか
った。しかしこの先私のように魔女を、この世界の深
淵を探求する者が現れた時、その足掛かりとなれるよ
う私は記さなければならない。5人の魔女について。
【篝火の魔女ルージュ】
この魔女はある土地では滅びの象徴とされ恐れられて
いる。魔女の操る炎はこの世界の全てを飲み込み、海
は干上がり、森は焼け崩れ、生命の殆どが死に絶えた
という。しかしまたある土地では救世の太陽とも謳わ
れているのだ。最初はこの2つの言い伝えの魔女は別
物だと考えた。しかし、
『フルクトゥアト・ヴィクルム』
意味は異なるものの、この全く同じ言葉がまじないと
して2つの土地に残されていた。やはりこの2つの伝承
の魔女は同一人物なのであろう。
【大地の魔女ユグドラシル】
ユグドラシルとはこの世界の中心にある、あの巨大樹
の名前だ。その樹齢は数千年を超え、世界最古の森で
あると言われている。神々しいまでに巨大な神樹は硬
貨にその姿を刻まれるほど有名だが、実は未だ誰一人
として広大な森の中心にそびえる神樹まで辿り着いた
者はいないという。一説によればユグドラシルは人間
を酷く嫌っていると伝えられている。あの森に踏み入
れたが最後、戻ってきた者はいないのだ。なぜ生命の
神秘に溢れたその姿とは裏腹にユグドラシルは人間を
受け入れないのだろうか。
【冥海の魔女ラプラス】
昔々、あるところに二人の男女がおりました。二人は
恋人同士でそれは仲睦まじく幸せに暮らしておりまし
た。しかしある時男は罪を犯し処刑されてしまいます。
死んだ者の魂は海を漂い、清く美しい魂であれば神に
掬われ空に輝く星となる。しかし罪で穢れた男の魂は
永遠に掬われることの無いまま暗く冷たい海を漂い続
ける事になります。恋人を失った女は嘆き悲しみ海に
身を投げました。そして今も男の魂を探して海を彷徨
っている。だからね、男は海へ行く時は気を付けなく
ちゃいけない。もしも魂が穢れていれば、魂ごと女に
攫われてしまうからね。
_____とある海辺の街にて。老婆の御伽話より。
【審判の魔女ソロモン】
監獄アルカトラズの主ソロモンは、きっと私がここに
記す魔女の中で最も人々に知られた存在であろう。
「悪い事をするとソロモンに連れて行かれるよ」と誰
しも一度は母親に言われたことがあるはずである。悪
政、殺戮、傾国、復習、破壊、搾取、裏切り。かつて
世界で起きた歴史に残る大事件の首謀者達は全てアル
カトラズへと投獄されたという。しかし一体何故魔女
は罪人を連れて行くのか。何故監獄アルカトラズを作
ったのか。アルカトラズは何処に存在しているのか。
名前だけが先行し、詳しい事は何も知られていない。
【約束の魔女ナディア】
私の大叔父はこの魔女に会い、そしてある契約を交わ
したのだという。もう何十年も前の子供の頃に聞いた
話で、大叔父が何を得て何を差し出したのか、詳しく
は憶えていない。しかし今思えば私が魔女という存在
を知り、興味を持つきっかけとなった話だった。大叔
父は晩年には随分痴呆が進みその人生の殆どの出来事
を覚えていなかった。しかし死に際に私に魔女の話を
語った。風化して殆ど読めなくなった壁の文字を途切
れ途切れに読み上げているようであった。遺伝なのだ
ろうか、私の父も歳を取るにつれて記憶を失い、死ぬ
時には自分の名前も忘れていた。
そして私もまた記憶を失いかけている。
記憶を失う事はまるで自分の今までの人生を消されて
いるようでとても虚しい。先日はついに最愛の妻と出
逢った時のことも忘れてしまったようだ。最近では思
った事は全てこうして文字として残すようにしている。
私はここに書き記す。私が生きた証を、築いてきたも
のを残すために。それは魔女だ。魔女について書き記
さなければならない。
―手記はこのページで終わっている―
Comment
2commnets
- ななし
- レル@初心者の館最後の一節で没入感だいぶ出る(◍•ᗜ•́)✧センスを感じる! 👏👏✨