「囚われの文化財」(ダンデ/はこまて)
秘密結社 路地裏珈琲
「囚われの文化財」(ダンデ/はこまて)
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「レモネードの宅配をやろうと思います」
あの日も、こんな夏の予兆が漂う午後だった。
青い葉の匂いに包まれて、風が吹き抜ける木陰。真っ白の風船を白銀が膨らます隣で、無限にも思えるくらいに折り鶴を折り続けながら、ダンデが、ポロ、と呟いた。
「……何かの間違いで、彼女にそのまま届いてくれないかな」
彼女、水彩画の少女と最後に交わした会話は、”初恋の味”についてだった。
物を食べる習慣ができたのは、絵の外に出て以降。食わねば朽ちるなんとも面倒な身体を手に入れてしまったと、初めこそ恐怖すら感じて居たが、言葉を発する以外に使い道の無かった舌が、こんな豊かな感動をもたらしてくれるのかと、あっという間に食い道楽の趣味を得た。
たまたまテレビの街頭インタビューで見た、あなたの初恋の味は?という問いかけは、最高だったと思う。五感を結びつけ合って思い出を共有するなんて、人という生き物はなんとロマンチックで愛おしいのだろうか。彼女とダンデは、それからしばらくの間、おやつの時間がくるたびに、初恋の味を探して居たのだった。
そして、彼女が一生懸命、覚えたての人の言葉で語ってくれた初恋を、ダンデはようやく見つけた。レモネードだ。一方通行の思いが胸をつく、爽やかな痛みと、交互にやってくる一喜一憂の甘苦さ。それを手作りで用意できたなら、額縁の中の世界には無かった、新しい感覚で、きっと彼女を驚かせられたはずだった。だけど今、飛空挺の部屋にあるのは、大きな大きな、蜂蜜にとっぷりと浸されたレモンの瓶詰と、彼女の痕跡が揺れる、ロッキングチェアのみ。
「私もこのまま、飛んで行きたい」
「……ダンデ、それはいけない」
「もしかしたら、この先に彼女がいるかも知れないのに?」
「否、帰ってくるかも知れない。その時、ダンデここに居なくちゃ。ダンデは、彼女の帰る場所」
いつかフリードが言って居た。会えない時間が心細く、愛おしくて仕方が無い相手、いつも隣に居て欲しい者が現れたら、それは恋かも知れない、って。泣きそうになって、鼻の奥がつんとして、喉のすぐそこまで上がって来ていた泣き言を、試作のレモネードで全部押し流した。折りかけの鶴を放り出し、抱きとめる準備のできた白銀の胸に飛びこんだら、ダンデの震える後ろ頭を、細長くも武骨な指が、優しく優しくなだめてくれた。
晴れた午後2時の空を、季節外れの小さな小さな入道雲のような物が泳いでゆく。紙バッグが結ばれた、不思議な空飛ぶ雲クラゲと、それを先導する白い鳩の群れ。あっという間に風を掴んで、レモネードを待つ人々の家まで、ひとっ飛びだ。鼻の頭が赤いダンデと、両隣に寄り添う背の高いシルエットに、大手を振って見送られ、初恋の味は遠く遠くに消えて行った。
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ダンデちゃんの、姿の見えない不思議なレモネード屋さんは、話題性抜群。別のダンデちゃん達も増援して、200万稼ぎました。
水彩画ちゃんの行方を見つけてきたのは、もちろんダンデちゃん。
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