「囚われの文化財」(姐さん)
秘密結社 路地裏珈琲
「囚われの文化財」(姐さん)
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https://nana-music.com/sounds/05430e7d
スパイ映画でよく見る展開なら、そこそこ履修済み。手っ取り早く稼ぐなら、銀行口座のハッキング、悪いやつの元に眠る汚い金こそ最適だ。持ち主を失って迷っている、足跡を消された迷子なら、洗い直す手間も省けて一石二鳥だとプレゼンしたら、経営陣に揃って“どこぞの誰かにいよいよ似てきた”と苦笑された。当の似せた本人は“ブラボー!”だなんて偉く感動して、拍手喝采のベタ褒めのうちに、早速実働部隊を結成してくれた。時代は所謂テレワークの風潮、タナカが意気揚々とチューンナップを完了させた元ゲーミング用マシンが、ホールの一角に鎮座している。
隠し口座というのだろうか。この界隈に足を踏み入れて知ったのだが、反社会的な組織が、国を超えてあちこちからプールしている隠れ家は、意外と沢山存在する。どこから手をつけようかと、リストに目を走らせていたら、それと一緒に寄越された封筒で、先月分の報酬が届いていることに気がついた。
「...幾らだったっけ」
不意に姐さんの指が止まった。これは30日掛けて貯めた、苦労の結晶。紙幣に名前は付けられないけれど、稼いだあの日のことはよく覚えていて、とても愛おしい。口座に並ぶ数字に化けてしまったら、いよいよその存在は希薄なものになってしまうけれど、それでも特別なものであることに変わりはなかった。
姐さんの中で、いつぞや押し込めた疑念が浮き上がった。自分は義賊かもしれない。少なくとも正義に寄った存在だけれど、時々この世の観測者か、神様でも気取っているのかと、胸の内で誰かが問うのだ。正義は強くなくては務まらず、時に残酷。指先ひとつで、虚しくもこの数字の群れすら、何処かに流してしまうのだ。
これから先の事を思えば、一昨日の夕飯が思い出せなくなるような、そんな気軽な感覚で、自分もいつかこのお金をたやすく扱ってしまう人間になるべきなのだろうか?迷った姐さんの指を差し置いて、背後から伸びてきた指が、そっと走りかけのプログラムを中断させた。黒地に白い文字の羅列が浮かぶ画面の中で、姐さんの曇った表情と、微笑むタナカが並んでいる。
「無理は、禁物です。人の幸せのために、姐さんの心を砕くのは、僕の計算上コスパが悪いので」
「ごめんなさいね......緊急事態なのに」
「大丈夫。そういう時こそ、あの悪魔みたいなわがまま経営者様が頑張ってくれます」
差し出された優しいカフェオレの湯気に、ふうと詰まりかけていた呼吸を吹き返したら、奥のテーブルから、聴き慣れた高笑いと“ざまぁみろ!”の決め台詞が聴こえてきた。ちょっと戯けた、キザなウインクを添えて。
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結局良心が痛んだので、お金を持ち主に返してしまいました...
姐さんの心はプライスレス、後続に期待しましょう。
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