「囚われの文化財(りく)」
秘密結社 路地裏珈琲
「囚われの文化財(りく)」
- 74
- 14
- 0
「心配で俺は昨日から飯が喉を通らない」
「大丈夫だってば!絶対稼ぐ、私、おっぱい自信あるから!!」
「あのなぁ......いいか、水商売は夢を売ってやるんだ、くれぐれも現物で自分を安売りしたり、近づきすぎて夢ごとぶち壊すなよ」
いつものパーカー姿はどこへやら、すっかり名ヘアメイクとして活躍するようになったバリスタの3人に付き添われ、歩き慣れないピンヒールで現れたりくに、俺は正直面食らっていた。化粧と髪型で女は変わると、散々若かりし頃に思い知ってきたはずだったが、普段隣で猫を追い回しては床に転げている妹分の晴れ姿は、格別の変化だ。
サトウさんの伝手で、国境付近の繁華街にしばらく潜り込み、りくが男客から手っ取り早く稼いで来ると言い出した時、俺は真先に引率を名乗り出たが、こいつあろうことか一刀両断に拒否しやがった。いつもは来るなと言っても、俺の後をついて回るくせに、なぜこうも妹というのは、兄の言うことを聞かない生き物であろう。しかし、イチロウに手を引かれて出てゆくりくの姿は、精一杯澄ましていて、俺に黙って活躍を見ていろと言いたい事はよく伝わってきた。独り立ちをする妹を追い回すようでは、兄として不甲斐ないことくらい、自分で心得ているつもりだ。それなのに......俺は結局最後まで、何度もあれは持ったかこれは持ったかと、分かりきった確認を白々しく繰り返したのだった。かつて、サトウさんが星干しを外回りに送り出した時のように。
「思い出すね、初めて出会った日に踊った、君の初々しいワルツ」
「あー、黒歴史だからできれば出勤前にその話は控えて欲しいかな」
「そうかい?でも、あれくらいたどたどしい方がいいよ。狡猾な獣を手玉に取って、無知に尽すフリをするんだから。そのヒヨコみたいな愛らしい歩幅は、とても魅力的」
「ひよこ.......」
「......すずめがいい?」
イチロウとの噛み合わない会話をBGMに、黙り込む。いっそ派手にやらかして、すぐ戻って来ればいいのにと願う俺の期待は、ついぞ叶う事はなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
りくちゃんが、200万の札束を手に帰還しました。
Comment
No Comments Yet.