特別短編「半分こ(祝杯を交わそう)」(軍事国家の黒幕カップル+姐さん)
秘密結社 路地裏珈琲
特別短編「半分こ(祝杯を交わそう)」(軍事国家の黒幕カップル+姐さん)
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もう、すっかり冷め切った愛だと思っていた。
お互いが繕って見せ合っていたものは、歪な愛だったのだと、他所から突然現れた彼らに突きつけられて、失望したのだ。ただ自分でも意外だったのは、その失望の先が、相手に向かず自分に向いたということだった。
謹慎処分で軟禁状態。することもないから、狭いワンルームで行ったり来たり。地位も名誉も剥奪されてようやく、なんて愚かな人間に成り下がったものかと、鏡に映る自分を見詰めてひとり嘆いた。
不思議なもので、あんなになんでもかんでも欲しかったのに、スカーレット総帥に久方ぶりの説教を受けて以来、欲の大概は消え失せてしまった。日々の食事、献立ですらどうでも良くなった。それでも、一日に朝晩それぞれ唯一許された外出、宿舎フロアの一階、中央にある売店での買い物に通っていたのは、他でもない。私が一番逢いたい彼女に、逢えるかもしれなかったからだ。
今朝は、滅多に入らないチラシがポストに入っていた。新商品の缶ビールが入ったとかなんとか、晩の8時から陳列するとあるが、閉店間際に何事だろう。もとよりあの売店は、当番のものが店を番するだけだから、あまりやる気がない。また上から来た要望を、適当に役目済ましする為であろうと思いながら、滅多に出向かないその時間、私はそっとドアノブに手をかけた。
彼女の何が好きだったのだろう?見目麗しく、誰からも欲しがられるところ。仕事の腕があって、ミステリアス。自分の家庭を差し置いてまでのめり込んだのは、それだけか?彼女は私の何が好きだったのだろう?地位と名誉、財産、背伸びをして演じた余裕のある男の像。だとしたらどれも、私のものではなかった。
似たような銘柄の缶をさまよう指と目が、今の私に良く似合う。
結局ひとりでは答えを出すことも出来ず、空虚な問い掛けを繰り返して、件の缶ビールに辿り着いたら、遅れて指が伸びてきた。
「......あぁ」
薄化粧で、困ったように微笑む彼女は、すっかり別人だった。長らく追い続けていたあの女豹みたいな姿はやはり幻想で、また彼女が見ていた虚像の私も、同じようなものだった。
「あら、並べたてだっていうのに、一本しかないのね」
「...本当だ、譲るよ」
私たちは、今なら変われるかもしれない。
「半分こ、しましょう?」
今日はお祭りだと聞いた。廊下の中腹にある談話スペースは、きっと誰もいない。一度も聞いたことのなかった、半分この響きの優しさが苦しい。私は今晩果される、懺悔と、答え合わせと、正しい別れの挨拶に想いを馳せながら、レジの見慣れぬ桃色髪の女性に、缶と小銭を差し出し、全てを悟った。
「薄いけど結構美味しいんですよ、これ」
「......そうか、ありがとう。」
罵り合ってもいい。ほろ苦いそれを飲み干すのは、君でも僕でもなく、僕らだと思った。
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「...アンナ、君は何度生まれ変わっても聖女だね」
「あら、あなたのせいで悪巧みが上手くなっちゃっただけよ」
姐さんは悪者だって見捨てない。
捻れ切った愛は、二人で飲み干して空っぽに。
缶ビール一本、ご馳走様でした。
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