#エスタシオン事務所
「私は、──ああ、わたしは、どうしてこんなにも無力で、何も出来ない、…どうして。」
■木更津 さあや:飴兎
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「御前はきっと、あの娘と長く居れば必ず後悔するぞ」
──御爺様は、初めて早苗を見た時にそう仰いました。私と早苗が地上波のとある音楽番組に出た時のことです。ぽつりと零されたその言葉の意図を聞き返せぬまま、御爺様はテレビの前を後にされました。御父様は私がアクエリアスとしてアイドルをされていることを応援してくださっているのに、どうして御爺様はそうしてくださらないのだろう。私は、そんな日和見のようなことを考えるばかりでした。…そう、私はてっきり御爺様が早苗のことを快く思っていないだけなのだと、思っていたのです。
その考えがそうではないと知ったのは、アクエリアスが様々な方から沢山の応援を頂くようになった頃でした。御爺様は私を部屋に呼びつけて、あの日のようにぽろりと零しました。
「アイドルは、辞めんのか」
「…御爺様。お言葉ですが、私はアクエリアスを辞めるつもりはありませんわ」
「御前が不幸になると知ってもか」
「不幸…? 以前も思いましたが、それはどういう、」
そう私が返した時でした。御爺様は自分の机の一番下にある鍵付きの引き出しをそうっと開け、中から一つの書類を取り出したのです。それは、何枚かの写真と役所や病院からの書類のようでした。差し出されるままにそれを手に取り、私は愕然としました。自分の中の何かが瓦解するような、そんな心地でありました。私はふるえる声で、御爺様にこのことを御父様が知っているかを聞きましたが、御爺様は首を横に振りました。
「それを知っているのは儂と、その娘の母親ぐらいだろう。…御前も知っているだろうが、その娘の母親は、」
「知っています。…自分を──早苗を産んだ時に、亡くなっていると、」
「…これで分かっただろう。御前の相方という…如月早苗が、御前の腹違いの妹だということを」
神様、これは何かの嘘でしょうか。それとも、日和見にも楽しいことばかりを甘んじて受け続けた私への罰でしょうか。こんなことを早苗に話すわけにはいかない。けれど、私はこれを知っても尚、早苗の隣にいる資格などあるのでしょうか。
「…御爺様。わたしは、」
私は、早苗の隣にいることを許されるのでしょうか。
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「ねえ、さあや。わたし、ぜんぶしってたよ。」
■如月 早苗:黒蜜
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初めてそれを知った時は、許せないと思った。私の境遇がどうとかじゃない。あんなに頑張って私を育ててくれた父さんが本当の父さんじゃなくて、私を産んですぐ亡くなった母さんのことをなんにも知らずにのうのうと過ごしている本当の父がいるっていうことが、本当に許せなかったんだ。
それを知るきっかけになったのは、亡くなった母さんの遺品を詰めた箪笥を開けた時だった。父さんはそれを開けると辛くなっちゃうからってあんまり開けることはなかったけど、私はたまに母さんのことを少しでも知りたくて開けることが度々あったんだ。ある日、一番下の引き出しの荷物がたくさん詰まっている奥底。隠されるみたいにしまってあったのは一冊のノートで、開くとそれは私を産む二年半前から付けていた日記みたいだった。母さんがまだ父さんと付き合う前、母さんの家の問題で夜の風俗の仕事をやっていたこと。そこに訪れたお客さんとの間で妊娠してしまって、仕事を辞めたこと。赤ちゃんを堕ろす決断が出来なくて悩んでいる時相談に乗ってくれた長い付き合いの友人である父さんが、母さんも赤ちゃんも絶対に支えると約束してくれて、付き合うのをすっ飛ばして結婚を決めたこと。母さんはその赤ちゃんを本当に愛していたこと。そして、その赤ちゃんの名前を「早苗」と名付けた、こと。
母さんは、その後私を産んで亡くなった。出産の時、大量出血で医者から母体を諦めるか子供を諦めるか選択せざる得なくなって、母さんは父さんに赤ちゃんを優先してって言ったんだって聞いた。この日記から考えて、父さんは私が血の繋がらない子供だと知っていたはずだ。それでも一人でここまで育ててくれた。きっと父さんは、血が繋がってなくても私を自分の子供だって思ってくれていたのかもしれない。そう思うと涙が出た。それと同じくらい、母さんに望まない妊娠をさせたその客──本当の父が許せなくなった。誰か突き止めることくらいは出来るんじゃないかと思って、私は一人でそれを調べることにしたんだ。出来ることならその本当の父に、私という娘がいることを知って小さな復讐が出来ればと、そう思っていた。
…それが数年もしないうちに見つかって、本当の父には既に家庭があって、一つしか変わらない娘が居て。その娘に近付こうとしたらどうしてかその娘とアイドルになることになってしまって、──それがひどく楽しくて、心地よくて、娘は本当に何も知らないいい子で、私が片親でも気にしないくらい私を友人だって言って笑ってくれるような子で。…私にとってさあやは大切な親友なのに。私が復讐するためにさあやに近付いたって知ったら、さあやはどんなに私のことを嫌いになるんだろう。
──私はきっと今この時でさえ、大好きで大切な親友を裏切り続けている。
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