第二話「戦え、バリスタ戦線!」(エピローグ)
秘密結社 路地裏珈琲
第二話「戦え、バリスタ戦線!」(エピローグ)
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さて、その後一体この騒動はどうやって終息を迎えたのだろうか。
堂々とドアを打ち破って、討ち入りを果たしたスカーレット総帥が、挨拶がわりに放り投げたのはひとつの無線だった。
それが、諜報部の女スパイのものだとは、愛人の彼のことだから、ひと目見ただけですぐ分かった。
向こうから誰かが組み合う息遣いが響く。立て続けに椅子がガタンと鳴る音に混ざって、女が呻く声聞こえた。途端に大将の顔色が一瞬で土色になって、床に這いつくばる。拾い上げたそれに一心不乱で呼びかけるも、聞こえてくるのは取り込み中の、聞いたこともない怒声だ。彼女の全てを知っているのは自分だけだと思っていたのに...顔色が、今度は困惑でちょっと赤みを帯びた。今まで麗しの女狐を気取っていた彼女の、とても書き表してはいけない、ひどく下品な暴言。もしや、自分と居る時にも心の奥底ではそんな事を?と、いたたまれなくなっても、この無線に待ったをかける術はなく、腕組みをして仁王立ちを決めた星干しもまるで、止めに入る気配などない。スカーレット総帥、いや、サトウの英才教育でメンタル攻撃に磨きがかかったバリスタ達の仕掛ける、“無慈悲な悲しみ”というやつが、ついに始まったのだ。
「おやおや、お帰り!また、無様だねぇ〜、これって形勢逆転ってやつ?最高にわくわくするなぁ、さっき僕のこと散々殴りつけてた女王様ヅラが、これから台無しになっちゃうんだもんなぁ、はは...」
「......おい、おい待て、お前一体人の女に何してる!!止めろ、やめさせろ!!」
「嫌よ。残念ね、彼は人がヒンシュクを買うからとやらない事を、敢えて率先してやる......とんでもなく卑劣なクズで愉快犯!あなた達に引導を渡すには最適の人材だわ!!」
イヤイヤと叫ぶ声に、サトウの高笑いがやかましい。猫被りの限界を突破した女スパイの、憤怒と屈辱からくる野太い叫び声がマイクを割った。公私に渡って良いように女を使った身勝手な男と、人の心を売って儲けた強欲な女の最期は唐突に訪れた。最悪のタイミングで手元の携帯が鳴る。軍部の通信タイムラインへ、画像ファイルの着信を告げるそれに、大半のが考えることはひとつだろう。スキャンダラスな何かが、サトウの手によって撮影されたに違いない、と。
「ほらほらァ、大好きな彼に、もっと恥ずかしいのよーく見て貰おうねえ...僕がしっかり撮ってあげるから」
聞こえて来るとんでもない台詞に、ワナワナと震えが定まらない手。でも開かずにはいられない。こんな衝撃の画像に写っていたのは、雑に印刷されたデート中のパパラッチ写真で顔を隠してピースするサトウと......
「......君のその、どうっしようもない詐欺メイクを!半分ひっぺがしたドすっぴんをなあ!!」
原型を留められず、左半分が別人と化した女。
「やめてえぇえ!!」
やーい、お前のつけま剛毛毛虫!を皮切りに、小学生並みの思考と、大人の語彙力から繰り出される、高等な悪口。よくも、こんな面倒臭い男を尋問とはいえ殴ったものだ。しばらく黙っちゃくれないし、徹底的に面子を潰し終えるまで、彼女とその男は彼のストレス解消優良物件として、これからしばらくいびられ続ける未来が待っている。タナカの棒読みで、連日いちゃついて送り合っていたメッセージが朗読されては、それが引っ切り無しに転送され続けるタイムラインを、地獄以外になんと称しよう。取り落とした携帯は打ち付けられて、びしりと嫌な音を立て砕けたが、冷たい床で延々と振動している。動揺の末崩れ落ちた大将は、もはや何を口にすることもなかった。
完全勝利。その四文字を確信して、スカーレット総帥がようやく、“星こちゃん”の笑顔で姐さんに親指を立てて見せたこの瞬間から、軍事国家に新しい時代の幕開けが訪れる。無闇に怯えて疑って、武器を振り回す生活から、彼ら健気な兵隊達は解放されるのだ。でもまだ、しばらく忙しい日は続きそう。スカーレット総帥最後の大仕事、この国が自信をもって武器の要らない営みだけで回っていくための、国民を勇気づける名演説が待っている。それも今度は部屋に篭らず、日の当たる通りを歩きながら、おいしいものを両手にそれを考えなくてはならないんだから。
ひとまずの終戦宣言が、この茶番に幕を引いてくれたら、明日の朝まず望むことは、すっかり住み慣れたあの小さなベッドで朝寝坊と、美味しいトーストに珈琲の朝ごはん。それで決まりだ。
「サトウさ〜ん、もうその辺で大丈夫よ!お仕事お疲れ様」
「パパ、手伝ってくれてありがとー!かっこいいー!!」
星干しが発した“帰ったら肩揉みしてあげますね”の一言で、サトウの声が一気に甘く色気づいた。この小さな世界を回すのは、女の子なのかもしれない。
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第二話「戦え、バリスタ戦線!」end
〜第三話予告へ〜
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