嘘つきの世界
すこっぷ/キャプション:マツダイラ
嘘つきの世界
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#七色連歌 #ぼくらのイシ
ガイオ:スライムてきながくせい
あの時繋いだ手の感触を、温かさを、きっと俺は一生忘れることなど出来ないだろう。最早今では永遠に叶うことのないもの。幻とも妄想とも自分の中では取り違えてしまうことすらできる、けれど確かに思い出として残り燻ってしまっているからこそ、半永久的に苦しみ続けるのだろうと今からでも予期することが出来るもの。残酷で、無慈悲で、悲哀的だ。
──例えば、俺が普通の人間だったらこんな思いを抱えなくても良かったのだろうか。あの日見つけてしまったこの口の中の猛毒を除去しきれていたのなら、こんなに平凡を愛したいとさえ思うことなどなかったのだろうか。常々日和を繰り返す世界に揺蕩いながら、周りの人間のように爆弾を抱えるようなこともなくいられたのだろうか。そんなことをひゅうるり、ひゅうるりと思考して、ただ瞼を伏せることしか出来ない。結局それは、俺にはもうないものであると理解しているからだ。最終的にこの「特異」であることが「普通」に変わり果ててしまった世界では、望んでいる普通など得ることは出来なくて、歪んでしまった「普通」の中で更に「特異」になってしまった俺がどう曲がりくねったとしても「普通」に成り得ることはもう難しいことなのだ。
「存外、狂った世界だな。本当に」
静寂に包まれた図書館の片隅で、一冊の小説を捲る。……皮肉なことだ。本の中でさえ、普通の中にある特異は贔屓されている。何もかも、目に映るものは全て「特異であること」に過敏で、特視されている。皆そうであるかは分からないが、少なくとも「特異」である俺はこんなにも「普通」であることを望んでいるというのに。神様ってやつは酷く不幸好きで、性格が悪いらしい。
けれど、多分。ぱたりと閉じた本の表紙を撫でて、その手に嵌る皮手袋を見つめる。──多分、これは世界の残虐さを憂いようとも、嘆こうとも、悲観しようとも、どうしようもないことなのだろう。確かに出来ることなら一生出会いたくないような運命に文字通り選ばれた俺だけれど、意識的にも無意識的にも選択を踏んで歩いたのも間違いなく俺自身なのだ。あの日現れた悪夢を切り取れなかったのも、母さんに何も言わなかったのも、この皮手袋を嵌めるようになったのも、全て。世界の掌の上で踊らされた結果じゃなくて、俺が決めたこと。そう考えなければ、今にも頭がおかしくなってしまいそうだという、だけなのだけれど。
休館日の図書館で、一人本を片付ける。この静けさの外できっと、今日も憂いて嘆き、悔しんで怒る誰かがいる。それでも、──それでも、俺たちの上に広がる空は今日も憎たらしいくらいに真っ青だ。狂っていて、嘘つきだらけな世界で、これだけは綺麗だと心の底から思えるもの。その下で俺たちは、今日も自分の「意思」で、何かを選んでいく。
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