特別短編「パンドラの箱」(テルさん専用)
秘密結社 路地裏珈琲
特別短編「パンドラの箱」(テルさん専用)
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新月の晩、時計の街から僕らはまるで夢であったかのように姿を消した。別れの寂しさは勿論あれど、忽然と姿を消して白紙に戻る魔法のような瞬間が、またたまらないのである。だって僕らは、秘密結社。秘密の共有が醍醐味であり生き甲斐、てなもんだ。
まあ、そんな事はさておき、残念な知らせがある。例によってとんでもないことになってしまった。まず、今僕の手の内には失った記憶を取り戻す秘薬なるものがひとつだけ握られている。そして、それを持ったまま、大変な衝撃に打たれて、声を失い立ちすくんでいる。正確に言うと、声と共に立ちすくむ程の脚力すら失って、スズキさんの逞しい腕で支えられ、やっとの事でこの場に居られる...といったところだ。
だって、もう二度と会うことなどない思っていた、僕のトラウマが目の前に突然現れたのである。ノースセレスティア記念博物館の元館長で、街の有力な議員、そして、絵画だった僕を非道な手段で長い間見世物にして大喜びしていた、極悪かつ強欲な人間。グリード。
事の発端は、街を出て翌日、山間部の村に立ち寄った際の出来事だった。この辺りは古くに交易の拠点としてされた名残から、掘り出し物の蚤の市が散見すると聞いていた。そこで、記憶が戻る薬が売りに出ていたって先発隊のタナカが興奮気味に言うから、興味本位でテルちゃんを連れて、出掛けたのだった。偶然にも古美術品を取り扱う一団に出くわして、呑気に寄り道したが運の尽き...そこに、グリードは居た。ただし、どうにも様子がおかしい。僕どころか、イチロウくん達とも真正面からばったり顔を合わせたというのに、まるで初対面みたいに、余所余所しく“いらっしゃいませ”と頭を下げて挨拶したのだ。全員驚愕のあまり、返事なんかできやしなかった。今まで当たり前のように土下座を強要していたグリードの面影はなく、絵はお好きですかと好々爺の顔で笑いかけてくるんだから当然だろう。寒気と疑念で睨み返した僕に、戸惑った微笑みが返ってきたので、“ああ、こいつついにボケてしまったに違いない、ざまあみろ”と胸の内で悪態をついたら、側で様子を見ていた男性が、これまた恐ろしい事を告げてきたのだった。
「もしかして、知り合いかい?この人、先月行き倒れて居たんだけれど、記憶が無いんだよ」
弱った事になってしまった。グリードを助けた男性は、僕が手にしていたそれを見るなり、頭を下げて涙ながらに薬を譲ってくれとせがんできた。グリードは、記憶をなくして独りっきり、瀕死の大怪我を負って倒れていた所を助けられ、その日から男性の元で恩返しをと身を粉にして働いているらしかった。このまま記憶を持たず、独り寂しく終末を迎えるのはあまりに可哀想だと、彼は言う。けれどこっちだって事情が事情だ。それを言うならテルちゃんだって似たような境遇である。この先長い人生を、彼女は手探りで生きていくのだから。それに、相手が悪すぎる。仮に薬が本物で、グリードが記憶を取り戻して元の極悪人に戻ったら...一体どんな結末が待っているかなんて、おぞましくて考えたくも無い。そもそもこの薬の効果なんて誰も保証してくれないのに、飲めるのだろうか?
「その子にはあなた達がいる、でもこのお爺さんには誰も居ないんだよ」
何も知らない善良な彼に、動転した僕ではまともな説明なんてできなかった。隣で“いいんだ、気にしないで”と仕切りになだめるグリードの申し訳なさそうな顔が、余計に僕の胸を荒らして揺さぶりをかけてくる。
そんな中で、だ。おもむろに、スズキさんの後ろで話を聞いていたテルちゃんが進み出て、そっと僕の手から小瓶を引き剥がしたかと思ったら、ラベルを見つめる彼女に、スズキさんが言い放った。
「テル...お前が決めろ。その薬、なけなしのバイト代で手に入れたんだろ。権利はお前が持ってる。決めきれないなら、俺が選ぶ」
薬をこの場で飲み干すか、それとも譲るか、はたまた棄ててしまうのか......僕が持て余したこの運命に、果たして彼女が出した答えは......
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※テルさん特別短編※
薬を“飲む、譲る、捨てる”のうちどれかひとつ行動方針を選んで、この曲のコメント欄に、1曲自由に音源を提出してください。選んだ回答と、歌のイメージや内容によって、物語の結末が変化します。
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