その背中に憧れたのは
戸松遥
その背中に憧れたのは
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「こ、こ、こ…こんにちは…トロールさん…」
人間から見ても壁のようなトロール、まして小柄なちぇりにとっては恐ろしい山のように見えただろう。恐怖で栗色の尾がピタリと体に張り付く。無論、挨拶など通じるはずもなかった。普段は大人しく森などに生息するトロールだが、騒がれてしまったせいか興奮しており、ずっとゾッとするような唸り声を上げ続けている。嫌でも感じるピリピリとした殺気に、過去モンスターに襲われたトラウマが疼き出す。
助けてくれた旅の剣士に憧れ、その姿を追う事にどこか満足していた。今まで戦闘の稽古や訓練をしてきた訳でもないし、見よう見まねで剣を振り回しているが、手練と組み合った事も強大な魔族と戦った事も、モンスターの群れに立ち向かった事も正直ない。襲われたあの日以来、真の死闘を体験した事など無いのに…どこかで剣士もどきの自分に酔っていたと痛感させられた。
「るるるるぁぁあああ!!」
トロールはついに雄叫びをあげて、丸太ほどの太さのある棍棒をちぇり目掛けて振り下ろした。必死に避けるちぇり。棍棒は土煙を上げて地面にめり込む。こんな攻撃まともに受けたら一溜りもない。逃げたい、帰りたい、ここから早く消えたい…浮かぶのは弱音ばかり。それでも、それでもちぇりは逃げなかった。涙で目が潤んでも…トロールと対峙することを辞めなかった。
トロールは攻撃が当たらない事に苛立ち、耳を劈く程の大声を張り上げながら棍棒をぶん回し始めた。猛攻にどんどんと押しやられるちぇり。ついに逃げそびれた人達の所まで下がってしまった。逃げ惑う人々、しかし一人の少女が足をもつれさせながら転んでしまった。理性を失っているトロールは的として目に止まった少女に蛮力を込めて棍棒を振り下ろした。
「高潔なる真光は揺るぎなき正義に宿る!!浄化せよ!ヴァーチャー!!」
雷とも炎ともつかない高熱を放つ光がトロールを襲った。あまりの光と熱に、トロールは叫びながら倒れた。ガタガタと震えながらも少女を抱きしめ盾となったちぇりが、息を切らしながら魔法を放った。そう、その姿は殺されそうになる寸前でちぇりを抱きしめ、盾となりながら剣を振るったあの剣士そのものであった。そうだ…確かにカッコよくてあんな剣士になりたいと思った。思ったけれど…本当に憧れたのは…
「大丈夫?歩けそうならどうか逃げて!ここは私が絶対何とかしてみせるからね!」
少女を見送って、ゆっくりと立ち上がる。トロールもまた立ち上がった。攻撃の報復をしようと目が血走っている。ちぇりは相変わらず恐怖でガクガク震える体でふーっと深呼吸をした。本当に憧れたのは、正義のために堂々と立ち向かうその心そのものなんだ。
先程よりも更に強い力で振り回される棍棒を必死で目で追いながら、剣を振るう。基礎の出来ていない無茶苦茶な剣さばきだが、小柄な体型を生かした殺陣で少しずつ攻撃を加えていく。徐々に追い込まれたトロールは最後の力を振り絞り、最大の力で棍棒を振り下ろすと、棍棒はついに力に耐えられず大破した。バランスを崩して倒れ込むトロール目掛けちぇりは叫ぶ。
「天の守護、力天使ヴァーチャー!仇なす者に鉄槌を!勝利の奇跡を!!」
トロールの頭に叩き潰す様な打撃が飛び、顔面から地面に打ち付けられ、トロールは失神した。
しばらくの沈黙。しかし、トロールを撃破した賞賛が、やがてこの沈黙を破った。ヘナヘナと地面に座り込むちぇり。ポロポロと涙が零れた。助けた少女が泣きながら抱きついてありがとうと繰り返した。…そっか、旅の剣士はこんな恐怖を背負って尚立ち向かってたのか。だからその背中は…
「剣士のお姉さん!ありがとう!すっごく、すっごくかっこよかった!!」
ちぇりはまたポロポロと涙を零した。
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トロールとの死闘を制しました。
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