炎の半神 アグル
Bill Xtilldiex Muir
炎の半神 アグル
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どんな街であれ仕事であれ、長居した場所には情が湧くのが人の性だ。アグルは街を出る際、気持ちがざわつくと思い出す記憶がある。
親を亡くし、自分も死の淵を彷徨っていたところを裏世界で生きていたドワーフに拾われた。親を亡くしたショック、街を破壊した戦乱、表立って歩けない生活、裏世界に関わってしまった故の危険…幼い彼にはとても処理しきれない理不尽が一気に襲った。怒りとも、怨みともつかない黒い感情が心の奥で燻っていく。ドワーフと暮らし1年が経とうとする頃だった。アグルは限界を迎え、ナイフを手にやり場の無い感情をぶつけた。
夕飯の用意をしている最中だったドワーフは避けきれずに背中を刺された。ひっ!と己のした事に怖気づき、アグルは尻もちをつく。背中は赤く染っていくが、ドワーフは何事も無かったように立ち、部屋に響き渡る笑い声を上げた。
「いいじゃあねぇか!親代わりの俺に牙立てるたぁ…元気でよろしい!!手前ぇの声にしっかり耳を傾けて、行動を起こした。その感覚、忘れんなよ?絆や縁、恩、義理…勿論曲げちゃあいけねぇ大事な道理だ。だがな、この世界を生きて回すのは誰でもねぇ手前って事を見失うな」
ドワーフはゆっくりと振り返り、震えるアグルを優しく見据えながら、背中のナイフを抜いた。
「手前の頭で考えて、手前の心で感じて、手前の手を動かせ!…でな、それで生み出しちまったもんから、絶対に逃げるな」
優しく語りかけアグルの頭を撫でると、慈愛に満ちた表情を崩さぬまま、床がめり込むほどの力でアグルの頭を地面に叩きつけた。
「これが今お前が生み出しちまったもんだ。この俺に牙を立てるなんざぁ…千年早ぇ…って、聞こえてねぇか…」
失神したアグルに毛布をかけて、彼の分の食事を机に置いた。
育て方が正しいのか甚だ疑問ではあるが、この記憶は今でもアグルの教訓として、彼を支えている。どうしようもない運命、大切な絆、自分の欲や怠惰…理由なんてゴロゴロあるが、結局は自分がどう考えて、どう行動するかなのだ。
「あー、楽しかったな。手間のかかる連中ばっかりで、飽きる隙すらねぇ街だった」
演習で手合わせした時は心踊った。一人一人が全く違う戦法をとり、苦戦を強いられた。下手なお喋りなんかより、繰り出される一撃の全てが、その為人を物語っていた。仕事の斡旋もまた思いもよらぬ展開を迎え、普段では関わらない様な人物すらも巻き込むことが出来た。思い出せばキリが無い…だからこそ…
「楽しかった。だから…俺はここを出てくぜ。捕まったら、もうこんな楽しい事出来なくなるからな!それに…」
新しくタバコを口にくわえ、花炎石の指輪で火をつける。
「また必ず俺はここに戻る。まだ…まだこの街には可能性が眠ってる気がしてならねぇ。長年この仕事してる俺の鼻は確かなんだ」
ふーっと煙を吐き出す。心は決まった。これが自分で考え、自分で感じ、自分で行動した決断。警告に従う訳でも、無下にキリエでの絆を諦める訳でもない。彼が選び出した、彼だけの道。せっかく拾った命、納得して楽しまなきゃ生きている意味が無い。ちまちま後悔してる暇は1秒たりとも無いのだ。行動したら、生み出してしまった結果を受けなければならない。その結果に、「人に言われたから」やら「自分は嫌だったが仕方なく…」なんて思いたくない。
「いいのか?お前ぇを堅気じゃねぇ俺が育てちまったのはあるがよ…お前ぇはこの先、どんな未来を選んだっていいんだ。何も二度とお天道様のあたらねぇ道を歩む事なんざねぇんだぞ?」
アグルが自分の道を決め、独立する為に今まで暮らした家を去る直前、ドワーフは親として最後の言葉をかけた。その言葉にアグルは答える。
「手前の頭で考えて、手前の心で感じて、手前の手を動かせ…それで生み出したもんから、絶対に逃げるなって…覚えてるか?親父。アンタが昔俺に教えてくれた生き方だ」
アグルはゆっくりと振り返り、ドワーフを優しく見据えながら、言葉を続けた。
「親父よ、俺はアンタに感謝しても仕切れねぇ。絆や縁、恩、義理…そりゃあ、大事な道理だ。でもな、この世界を生きて回すのは誰でもねぇ俺って事を認めてくれよ」
そう言うと、泣き出しそうな自分を必死に堪えて、アグルはドワーフを殴り倒した。
「これが俺が生み出した結果だ。この俺の世界を止めるなんざぁ……千年…早ぇ…」
ドワーフは立ち上がると、出会った頃から少し衰え、心無しか細くなってしまった腕で力一杯アグルを抱き締めた。
自分で決めて、自分で進んで行く…人はこの生き方を我儘だと言うかもしれない。しかし、誰のせいにもせず、誰かに肩代わりもさせない。生み出した結果が素晴らしい未来だという保証などどこにもない。喜びも痛みも逃げずに受け止めて走り続ける。選択は待ってはくれない。アグルはスノウを連れキリエの街を去った。
イフリートの半神は己の炎に従い、燃え続ける。
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アグルがキリエを離れる関係で、2期目開始まで「アグルの窼」は停止致します。
尚、これをもちまして、現在所持する柘榴石のカウントは消滅します。
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