覚悟は出来たか?
daughnuts hole / 椎名林檎
覚悟は出来たか?
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美しい黄金の3人の女神が穏やかに微笑む、この街最大の目玉である時計塔の大時計。観光客達が楽しそうに見上げている。その横を俯いた白衣の男が、地下に続く通路へ消えていく。
「…ここ禁煙だから、来るの嫌なんだよねぇ」
手品のタネが目立つ所にあるというのはよくある話である。有名な観光地の下に、アヴァロンや理事会、裏社会の人間達も注目する技術開発が行われているなど、誰が思うだろうか?
「今の首領になってから倫理が最優先になったから協力してるが…前の奴は悪魔だったな」
冷たい研究所、アグルの吐く息が白く散った。
「貴方が首領様がお呼びした観察員ですか?」
振り返るとアグルと同じ白衣を着、大きく目を見開いた背の低い男が立っていた。…憑神がいない…半神なのだろう。
「ふふふ…お待ちしてました。ついに研究所の成果と現状、問題点を見て下さる日が来た!どれだけ待ちわびていただろう。おっと、失礼しました。さ、こちらへ。着いていてください」
全ての研究所、研究員を見て回ったが、怪しい人もグレムリンも出てきていない。…本当に実験体が逃げただけ?ふむとため息をついた。
「最後に1番見て欲しいものがあるのです。ささ、こちらに」
男は足早に地下から出ると、大時計のある最上階の機械室へ向かった。研究所から出て何を?アグルは顔をしかめて着いて行った。
「…!これは…?」
「…美しいでしょ?ノルンの加護を受けた大呪詛。そして、最強の兵器なのです」
時計塔に研究所があるのは目を逸らす為ともう1つ、時計塔を建設した際に「時」に関わるカミツキや半神達が集い、この場を祝福したからである。時計塔に危害が加わる際に時間に歪みが起こり、被害を抑えるものである…はずだった。
「こんな素晴らしい呪詛をお守り程度にのさばらせるなんて馬鹿馬鹿しくないですか?ずっと時の魔法も、この呪詛も聖域として触れてはならなかった。けれど『時』を支配出来たら?誰しもが思ったはずです。時を自由に出来たらって。この呪詛…いや、時間軸制御装置さえあれば思いのまま」
呪詛を見渡す。魔法陣の上に見慣れぬ装置や祭壇、様々な時計と…
「前の首領様の時はよかった。あの方は広い視野をお持ちでした。タブーとされたこの呪詛を有効な装置に変える事をお許しになり、人柱も用意してくださった。確かに研究は壁にぶつかっていたが後少しなのだ!なのに…無能なエルフめ」
人柱の成れの果てだろう。特殊な呪詛や装置に組み込まれた骨や血文字が散らばっている。
「この研究が如何に有意義で有効か!今の首領が如何に無能か!それをお伝えしたく…その…」
男の顔にヒビが浮かび上がる。ヒビはかなり広がっていた。目は虎のように鋭くなり、辺りはピリピリと静電気が走っている。物陰からグレムリンが湧き出した。
「電気を好むこいつらを…ひひっ呼び寄せたんです。そうすれば誰か上の者が来てくれるって…さ、殺されたくなければ…首領によって止められたこの研究の再開要望を通してください。きっと皆喜んで飛びつくでしょ?権力があれば尚の事…それに僕見つけたんです。最適の人柱をキリエって街で…これできっと…ガッ」
同じ様に顔にヒビを走らせ、口から炎を吐き出すアグルが、鬼の形相で男の首を絞めた。
「てめぇなら俺が同族だって分かるよな?つまり、その見つけた奴ってのも…分かってるはずだよなぁ?半神!!??」
「僕だってここまで無理に魔法を使って死にかけてる。この装置と化した命だって…パーツでしかないのさ。時と運命に翻弄されて幸不幸の右往左往から解放され、未来を変える装置になった。栄誉なことじゃないか!同族の好?未来の為ならドブに捨ててや…」
焼き殺しそうな衝動を必死に堪えていたアグルだったが、男は地面から無数に生える氷の棘に貫かれ、息を引き取った。
「お前が見せたくなかったのは…これだな?」
「すまないアグル。我が主が首領になってから凍結したプロジェクト…相当な数の犠牲者が出たと聞いている。これを知ってるのは、街の上層部、一部の権力者、そして…」
冷気を纏った燕尾服のエルフが立っていた。
「生き残った2人の開発者のみ。きっとアキネという女性が探していたのはその男と…これだろうね」
そう言うと緻密で小さな鍵を差し出した。
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「アグルとの約束」使用。(消滅)
探し物がついに見つかりました。アグルの話を聞き、鍵を受け取ってください。
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