額縁の向こう側で
BGM:とぅちゃん / 台本:空付碧
額縁の向こう側で
- 85
- 4
- 1
#声劇台本
漆喰の壁に描かれていたのは
夜を渡る大きな魚だった
細い三日月に照らされながら
オーロラのような輝く鱗を見せ付けるように
優雅に夜空を泳いでいく
それはそれは見事な絵だった
大きな筆を持った少年が目の前にたっている
薄汚れた、だぼたぼのTシャツ一枚で
惚けて絵の前にいる
彼がこの絵を描いたのだ
芸術だとか売るためだとか
そんなものさえ投げ捨てて
彼は描きたいと思ったから描いたに違いない
でないと探さなければ見つからない路地裏に
絵なんか描いたりしない
殴り描いた魚は生き生きとしていて
対して少年は疲れ果てたように魚を見ていた
私は駆け寄って彼を抱き締めたくなった
凄いね、他の誰にもこんなの描けないよ、と
誉め讃えたかった
けれど私には彼と繋がる言葉がない
彼はどこまでも魚を見ていて
私に気付いてすらいないようだ
魚はぴちゃんと真空を蹴りあげ
水素の飛沫をあげて泳ぎ
星座の瞬く海へ消えた
そのまま帰ってこなければいいのにと
一握りの酷いことを思いながら
私は少年を見守った
少年の筆はまだ乾いていなかった
Comment
1commnets
- 二十番T@ハタバンお借りしました_:(´ཀ`」 ∠):