寄り道: 「お腹を空かせた彼らへ」
BGMは、ことさん
寄り道: 「お腹を空かせた彼らへ」
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「...嫌いではない。むしろ好ましい。」
「うん?何がです?」
「今年の生徒は意思表示がはっきりしている。私は夢を語れる人間が好きだ。」
「先生顔アレですけど、中身と〜ってもパァッショーン!!って感じですよね!」
ビスケット卿と向かい合ってコーヒーをすすって居た、オーバーリアクションな若者。彼の胸には、銅板で模した名前入りの板チョコが輝いている。
「へいへーい、フランツチェックはいりまーす」
軽妙、というよりは素っ頓狂な声を発しながら、生けるギリシャ彫刻がレシピの束をひったくった。
紙面をソーダ色の眼に移す間、彼はずっとぶつぶつと口に出してそれを読んでいた。時折「ああ」とか「うう」とか言いながら、目が宙を彷徨う。彼の脳裏には、レシピの持ち主と、彼女達が授業で試作した菓子の色、匂い、質感、全てが組み立てられて蘇る。
彼こそが、史上最年少で教授に就任した奇才、フランツ=ザッハである。
「僕、この子達のレシピが完成したら試食呼んで欲しいです。」
「ああ、もちろん.........完成したらな。」
そろそろ夜がやってくる。
部屋の窓から見下ろす、レンガ造りの愛らしい街並み。
小さな野ネズミの後をつけて一歩踏み込めば、そこには各々の物語で香り付けされた、住人達の営みがある。
飢えた路地裏の猫使い。
道行く人に声をかける、マッチ売りの少女。
隔たりの先、貸切のカフェでにこやかにクッキーを摘む、小綺麗な青年。
青い顔をしたいかつい労働者。
足早に帰路を急ぐ、強面の警官。
迷子の老婆と、彷徨う影。
「なあ、この街は、きっと彼女達を待っている。私はそう思うのだ、フランツ。」
「そうね、きっとそう。」
サッと、カーテンが閉められた。
「授業の準備がある。フランツ、また明日。」
閉まる扉の音を背に、ビスケット卿はもう一度だけ呟いた。
「この街は、彼女達を待っている。」
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課題提出が受付完了しました。
随時教員が、コメント欄に巡回して参ります。
しばらくお待ちください。
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