§夢幻ノ箱庭§ 第六話~神域、それは七色ノ華~
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§夢幻ノ箱庭§ 第六話~神域、それは七色ノ華~
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§夢幻ノ箱庭§
第六話~神域、それは七色ノ華~
七ノ国の中心に位置するその台地は国の神域であり、
<七色ノ華広場>と呼称されていた。
その地に無条件で立ち入る事が許されているのは、五名の神官と祭典で試合に出る各都市の隊士のみだった。
広大ながらも静かなその地の中央は各都市の職人の手により舗装された道の敷かれた庭園になっている。
中央には大きな円形の噴水が作られ、真上に鎮座する七色ノ宝石の光をその水面に反射させて輝いていた。
方角の北に位置する場所には円柱状の小さなレンガ造りの小屋がある。
中には円形テーブルに、五つの椅子が規則正しく並べられていた。
その小屋の中で話す人物が二人いる。
白ノ神官である光姫と、黄ノ神官になったばかりの朱だった。
~~~
「…ではこの予定は今月の祭典後に行う予定でいきましょう。
今回の祭典の審判はこの部隊に任せる方向で。」
朱が黙々と確認項目にレ点をつけていく。
「そうですね~。あ、そうそう黒ノ神官様から新規隊士の申請もらってたの忘れてました!
どうやら治安統括の都市として保安組織の宣伝も兼ねたいみたいですよ。
保安組織から隊士を参戦させるんだとか…」
「そうなのですか?わかりました、では新しい隊士の名を予め確認して…」
朱は書類の文字を追っていた視線を光姫へと向けると、
光姫は穏やかな笑顔で七色ノ宝石とその周囲を舞う加護を見つめていた。
「…朱さん、守って行きましょう。未来を。」
「ええ、もちろんです。姫様。」
朱もつられて笑顔になる。
優しい日差しが窓から差していた。
~~~
朱は書類を鞄に詰めて立ち上がる。
「それでは私は都市に帰りますね。まだりんさんへ業務の完全な引継ぎが済んでないのですよ。」
「おや、ならば私もそろそろ城へ戻………」
光姫も立ち上がろうとして、言葉が途切れる。
視線を窓の方へと向けたまま黙り込み
しばらくすると、クスリと小さな笑みをこぼした。
「…どうされました?」
「いえいえ、大丈夫です。
やはり私はもう少しだけここでサボってから戻るとしますん♪」
「まりーさんに怒られますよ…」
朱がやれやれと苦笑する。
「では、<祭典の後、満月の夜>に。
ミツヒメ(満月姫)様。」
「ええ、それまでお互い上手くやりましょう朱さん…いえ、神官様?」
小屋を後にする朱の目には、決意の光が宿っていた。
朱を見送ると光姫も立ち上がる。
そしてゆっくりと噴水の方へと向かって歩き出した。
~~~
ブティック【Reika】から走ってきた強盗団の主犯格である大男は、物陰から神域への入口を覗く。
台地の上へと続く階段への道は、門が閉じられていたが見張りがいる訳でもなく、容易に侵入できそうだった。
「へっ、警備もお粗末だな。」
軽々と柵を飛び越え、階段を駆け上がって行く。
(神域の地図が無いから台地の上がどうなっているかは解らない。ただ真っ直ぐ宝石の真下まで進めば…)
大男は赤ノ都市から盗んだ円形魔法陣の解析データの入った手のひらサイズの記憶媒体を握りしめ、走り抜けた。
階段を登りきり台地の外周を囲うように生い茂った木々の間を縫う様に進んでいく。
視界が開けた先で大男の目に飛び込んできたものは、ただ一言に[美しい庭園]だった。
様々な都市の花が区画ごとに咲き誇り、
舗装された石畳の道は中央に位置する円形の白い石造りの噴水へと真っ直ぐ繋がっていた。
宝石の散りばめられた細かな装飾の黒いベンチが一定間隔に配置されており、
夜になれば炎がつくであろう自動検知式の外灯は艶やかな赤色をしていた。
ベンチの側で枝を伸ばしている若木は自然の日傘のように程よい日陰を作り出している。
絵に描いたような美しい景色に足が止まっている事に気が付く。
我に返り、まっすぐ噴水の方へと進んでいくと、1人の人物が立っている事に気が付いた。
黒い長髪と共に、白い和装の服が風でなびく。
大男はその人物が白ノ神官である光姫だと即座に見抜いた。
いや、今や国内で知らぬ者はいないであろう彼女を見間違うはずがない。
大男の額に冷や汗が滲んた。
待っていたと言わんばかりに光姫は笑顔を向ける。
「…ごきげんよう、不法侵入者さん?
ここは一般の方は立ち入り禁止ですよ?」
「…警備が1人も居なかったぞ。不用心だな。」
大男は体内に埋め込んだ魔石へ力を集中させていく。
自身の<咆哮サイレント>の有効範囲内の中でも確実に相手を仕留められる距離まで怪しまれないように近づく。
「いつも隊士の誰か、または私がいますので警備は定時巡回のみなんですよ。
間違えて入ってしまうことはまずありえませんので。
で、この場所に不法侵入した目的はなんですか?
御帰り頂く前に聞かせて下さい♪」
「それは…」
大男は光姫との距離が自身の魔法範囲の有効範囲だと確信すると、不敵な笑みを浮かべありったけの息を吸って声を張り上げた。
声の振動で噴水の水面が小刻みに震える。
光姫は突然の大声に驚きの顔をみせ、両手で耳を塞ぐ。
男が声を出しきり荒く呼吸をする。
光姫は耳に当ててた手をどけて不思議そうに周囲を見渡している。
「………?…???」
(よし!耳が聞こえなくなったな!!)
大男は笑顔で光姫の元へとズカズカ歩み寄り、光姫の腕を掴みあげる。
「油断したな神官様よお。歌えないあんたはこれでただのか弱い女だ。
俺はここで七色ノ宝石の駆動原理の情報と赤ノ都市の自動防衛システムの情報を手土産に隣国へ亡命する!
情報を持って行けば相応の地位と一生遊んで暮らせる財産が手に入る!!くははは!!!」
光姫の腕を掴む手に力がさらに込められていく。
「そうだ、あんたも連れて行けばさらに報酬は上乗せされるかもしれない。
魔法も使えない小さくて非力なあんたを力づくで連れて行くなんて簡単な事だ。
まあ聞こえてないか。おら、ついてこい!」
大男が腕を引っ張ろうと光姫を見たその時、
「……サワルナ。」
大男の右頬を掠りながら、眩しい光が放たれた。
即座に掴んでいた腕を離し、飛びのく。
状況が理解できずに光姫へと視線を向ける。
光姫の周囲には大小さまざまな光球が次々と生まれていた。
「なぜ魔法が使える!?」
大男は訳がわからないと言わんばかりに声を張り上げる。
光姫は笑顔を作ったまま一言も発しない。
かわりに掴まれていた手とは反対の手に持っていた物を見せる。
それは、大男が持っていたはずの記憶媒体。
「な!?か、返せ!!!」
大男が掴みかからんと歩を進めようとしたその時、
目の前を覆い尽くすかのような眩い光が降りそそいだ。
耳を劈くような轟音が庭園に響き渡る。
「い、一体何が……!?」
光で目の眩んでいた大男は、次第に視力が戻るとそのまま腰を抜かし座り込んでしまった。
足先数センチから光姫までの間にあったはずの地面が消し飛んでいた。
「な…な…!」
驚きと恐怖で言葉も上手く紡げない様子の大男に光姫はゆっくりと光球を近づけていく。
逃げようと立ち上がろうにも身体がまるで内側から拘束されているかのように動かない。
「た、頼む…命だけは…!」
顔面蒼白になりながら懇願するが、返事は返ってこない。
光姫はにこやかにほほ笑むと手を振り下ろす。
男へ向かって無数の光球が降りそそいだ。
「ぎゃああああああ!!!」
光は男の身体をただすり抜けただけだった。
しかし目の前で地面が消し飛ぶ程の威力を目の当たりにした大男は、自分も消されると錯覚。
そのまま泡を吹いて仰向けに倒れた。
~~~
大男の悲痛な叫びが空から神域へと入る二人の男子学生の耳に届く。
「今の声…!」
「噴水の方からだね、急ごう。」
地面に降り立ったボブとそうまが走ってその場にたどり着くと、大男は白目を剥いて失神しており
そのそばで光姫が呆れ顔で立っていた。
「未久さん!!」
「姫様!!」
ボブが駆けより光姫の肩を掴む。
「お怪我は!?何もされておりませんか!?」
「…?っ…!…。」
光姫は首を横に振りながら必死にジェスチャーでボブの口と自身の耳を指さし、指でバツの形をつくる。
「どうされたんです!?」
「ボブ落ち着いて~」
大男が完全に気絶している事を確認したそうまが、ボブと光姫の間に割って入る。
「姫様、もしかして今音が聞こえてないのですか?」
光姫のジェスチャーから察したのか、学生手帳に文字を書いて見せると光姫はうなずいた。
「大変だ!すぐ診てもらわないと…!」
「大丈夫よ。」
焦るボブの後ろから声がかかる。
転送ゲートから現れたのはレイカだった。
「ああ、無事で良かったわ。
ボブくん落ち着いて、姫様の耳が聞こえないのは魔法による状態異常効果。
一定時間たてば戻るわ。」
「そう…ですか、良かった…。」
ボブとそうまが安堵したように胸をなでおろす。
「レイカさんも姫様の身を案じて来たんですか?」
「いいえ?私が心配したのはこの泥棒さんの方よ。
盗まれた物ごと消されたらどうしようかと思ってきたけど、大丈夫だったようね。」
レイカは笑みを浮かべながら広場に開いた大穴を見つめる。
「私もこの男の魔法を不覚にもうけてしまったから解るんだけど、効果は
あくまで[耳が全く聞こえなくなる]だけで、魔法が封じられる効果ではない。
脳内詠唱が可能な姫様には全く無意味だったということよ。」
「成る程…ん?」
ボブは光姫の腕に痣が出来ている事に気が付く。
「未久さん!やはり怪我されてるではありませんか!!」
「!?」
「病院に行きますよ!」
「…!?…!!?」
光姫は首を必死に横に振るがボブはそれを無視して光姫を抱き上げる。
そのまま走り去ってしまった。
そうまは胸ポケットにしまわれたしおりを無意識に触りながらボブ達を見送る。
レイカはそのどこか寂しそうな笑顔の真意に気づくも、ただ黙っていることにした。
ボブの姿が見えなくなった頃、まりーが全速力で走って来た。
「ひーめーさー…って、あれ?
そうまさんとレイカさん?」
「あ、まりーさんコンニチハー☆」
「まりーさん、おたくの姫様ならボブくんが連れて行ったわよ。」
「え?え?一体何があったのですか??」
仕事と光姫捜索に追われ、一人だけ強盗事件を把握していなかったまりーは状況が理解できずにいると、
「あ!まりーだ♡」
遅れて現れたていなんが横から抱き着いてくる。
「てぃー様!?どうしてこちらに…」
「それは…ほら、僕達の切っても切れない赤い糸が手繰り寄せた運命…?」
何のために来たのか完全に目的を忘れたていなんが甘い言葉をまりーへと囁く。
「ねーみんなー!!さっきそこで姫様担いで走ってるボブを見たんだけど…って何この状況???
なんで地面に穴があいてるの???」
夜蝶がカメラ片手に茂みから現れる。
ジェイドが主犯格を確保しに来るまで、集まった隊士達の雑談は続いた。
その頭上で静かに浮かぶ四色の加護の光が怪しく揺れた事には誰も気づかずに…。
…それが何の予兆なのかを知る者は、その場にいなかった。
~~~
強盗団事件は主犯格の身柄確保により幕が降ろされた。
祭典へのカウントダウンが始まる。
【第一章】五つの都市 完
…第二章へ続く。
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